終章

終章 八王子編 序

これは私がまだ幼いほんの小さな子供のころの話だ。

その頃私は都に住んでいた。

私は孤児であったがとある劇団に買われそこで稽古をつけられていた。

その劇団はそこそこに長い歴史を持つようだった。

意外な事にそこの団長は私に才能を見込み、それからはより手厚い稽古を仕込まれていった。


私はそれを苦しいともうれしいとも感じて居なかった。

なぜなら私にしてみればその劇団に入った事は自ら望んだ事ではない。

ただ生きるために言われるままにしているに過ぎない事だったからだ。

しかし劇団の中には私のそのような待遇を面白くなく思う者も居たようだ。

あるときその者達の処罰が私に下った。


私はいつものように楽屋にて準備をしていたところ、

どこからか焦げた匂いがすることに気づいた。

その原因を探すとなにやら棚の上段に何かを包んだ風呂敷から煙が出ることに気づいた。

あっと思ったときには時すでに遅く、

風呂敷が破れそこから熱い石が私に降りかかってきたのである。

その時のことは今も忘れる事ができない。


私は何が起こったのか理解できずにただ痛みにのた打ち回っていた。

遠くからは「まずい」や「しらねえぞ」などと言った声が聞こえたように思う。

ただそんな事よりそのときの私にはこの痛みを早く取り去って欲しいという切なる願いしかなかった。


その後私を見つけた他の団員が騒ぎ立て、医者に連れて行かれ治療を施された。

だが私の顔には醜い火傷が残ったのである。

団長は激しく怒った。


「今までよくしてやったというのにこんな仕打ちで私を辱めるとは」


そのような事を言われ私はそこを追い出された。

その際あの私を貶めた団員達が「せいせいした」「当然の報いだ」などと言っていた。


その事よりも私の心を占めていたのはこの先の生活の心配だった。

早々に仕事に就かなければ飢えてしまう。

その事が何より私の心配事だった。

医者の治療により私は顔を包帯で覆っていた。

しかし私は街を回っていたところ人々に遠巻きにされていた。


「うちは間に合ってるよ」

「他所に行ってくれ」


それが不気味に映ったのか街の人々は私を避け、私はなかなか次の職にありつくことが出来なかった。

途方に暮れ石段に座っているとふと声を掛けてくる者が居た。


「お前何そんな辛気臭い顔してんだ」


見上げるとそこには年の頃は私より少し上くらいか…。

たくましい体つきの少年が居た。


「私がこのような様相だからか誰も私を雇ってくれぬのだ」


私の言葉に少年はふうんというと何かを少し考える仕草をした。


「お前職なしか、まあそんなおっかねえ様相じゃ仕方ねえかもな」


少年は納得するように言った。

そしてまた考える素振りをすると私の方に向き直った。


「じゃあさ、お前俺の働いてるとこに来るか?」


「え?」


そう言うと少年は私が答えるのも聞かずに私の腕を掴み引っ張っていった。


「来いよ、案内してやる」


私は何もいう事が出来ずただ少年の導くままに連れられていった。

その間私は自分の身に起きていることがはっきりと理解できずにいた。

このような好機に突然見舞われた事にただ唖然としていたのだった。

やがて少年は一軒の店の前にたどり着くと止まった。


「ここだ。おーい俺だ、帰ったぞ」


そう言って無遠慮に少年は店に入っていく。


「俺だ、があるか馬鹿者」


そう奥から声がして出てきたのはこの店の主人と思われる男だ。


「んん?何だそいつは、ここは遊び場じゃねえんだ他所行け」


そう言って男はしっしと追い払う仕草をする。


「こいつ誰も雇ってくれねえって言うから連れてきた。ここで働かせてもいいだろ」


「ああ?なんだって?」


男は怪訝そうに私のことを見回す。

私はといえば先ほどからの展開に頭がついていかずただぼーっとしていることしか出来なかった。


「なんか使えなさそうな餓鬼だな。大丈夫なのか?」


「んー俺も知らねえ。まあとりあえず置いてみりゃいいじゃん。

使えなかったら追いだしゃいいんだし」


勝手に話が進んでいるようだが、ここで私はやっと職にありつけることに気づき自らも申し出た。


「お願いします。ここで追い出されたら私はどこに行く事もできません」


私の言葉を受け男は「あー」とぼやきながら頭を掻き。


「まあ、いいだろ。しばらく置いてやる」


「ありがとうございます」


私は感動して深く頭を下げた。

するとどんっと勢いよく私の背を叩き「よかったな」と少年が言ってきた。


「君もありがとう。おかげで助かった」


「君なんて気持ち悪い呼び方やめろよ」


「俺は黄昏。お前はなんていうんだ?」


「私は次郎。八王子次郎だ」


その日から私はその店で働く事になった。




「まずはその包帯をどうにかしねえとな。それじゃ皆気味悪がっていけねえ」


親方がそういって用意してくれたのは、顔の上半分を覆う目の位置にだけ通気口の空いた仮面であった。

親方が掛けてくれるとそれは私の顔に丁度だった。

この家には親方のほかに、黄昏、そしてもう一人黄昏の双子の姉が住んでいる。

その双子の姉に私はまだ会った事がない。

どうやら幼少より体が弱いらしく常に床に伏せっているようである。

住み込みで働かせてもらっている以上近々きちんと挨拶をしなければいけないと思っている。


この店はこけし屋であり、親方はそこのこけし職人であった。

そして私はここで親方の弟子として働いている。

大方の仕事は手伝いや小間作業だった。

黄昏というと何故か昼間は店にはおらず夕刻ごろになるとひょっこり帰ってくる。

その事については親方は何も言わず「今日も遅かったな黄昏」と言うきりである。

その日私は黄昏に姉の件について言った。


「ああ、そういえばお前にはまだ紹介していなかったな」


「住み込みとはいえ一緒の家で暮らしている以上何か挨拶をした方がいいと思ったのだが…」


「全然かまわねえよ。それにお前には紹介しておきたいと思っていたんだ」

「むしろ遅くなって悪かった」


そう言って私の肩に手を置く黄昏。

そうして連れて行かれたのは他の部屋とは少し離れた奥にある部屋だった。


「石榴、俺だ入るぞ」


そう言って戸を開ける黄昏。

部屋の中は薄暗く布団が敷かれそこには人が横たわっていた。

布団の中の人はもぞもぞと起き上がろうとしていた。

それを黄昏が手伝い上体を起こした状態になる。

色の白い儚げな少女だった。


「ありがとう黄昏」


そういってからその少女は私の方に視線を向け「その人は?」と黄昏に聞く。


「こいつは家で雇った新しい弟子」


「住み込みになるからお前に挨拶したいってさ」


「はじめまして私は八王子次郎と言うものです。

この先この家ではお世話になると思いますが何卒よろしくお願いします」


深々と頭を下げる。


「まあ、面白い人」


そう言って少女はくすくすと笑う。

綺麗な笑い声だった。


「まじめ腐ったやつだろ」


「まあそういうわけだからこいつの事を見かけても追い出さないでやってくれよな」


「ふふ、次郎さん私は石榴。よろしくね」


少女、石榴は先ほどとは打って変わって随分明るい印象になった。

頬にも赤みが差している。


「石榴。調子はどうだ?」


黄昏が石榴の体をいたわるように聞いている。


「今日は特に悪くないわね。それに次郎さんに会えたからすごく気分がいいわ」


「お、そんなに次郎の事気に入ったのか。

まあこいつはいつも家にいるからいつでも話し相手になってもらえばいい」


すると石榴は困惑顔になる。


「黄昏。あなた相変わらず店を抜け出してるの?」


「じゃあ。あんまり話しててお前の体に障っちゃまずいから俺はもう行くな」


黄昏はそれには答えず早々に部屋から出ようとする。


「あ、もう。しょうがないわね。次はきちんと話してもらうわよ」


「石榴もあんまり起きてないでちゃんと薬飲んで寝るんだぞ。じゃあな」


そして黄昏は部屋から出て行く。

私も慌ててその後を追いかける。

すると「次郎さん」と石榴に呼び止められた。

戸に手を掛けた状態のまま振り返る。


「明日もここに来てくれないかしら。私またあなたと色々話したいわ」


「え…私と…ですか?」


「駄目…かな?」


石榴は少し悲しそうな顔をしている。

何故私にこのようなことを言うのかは大いに疑問であったが特に断る理由もなかった。


「ええ、構わないですよ。それではまた明日」


そう言うと石榴は途端に笑顔になった。


「うれしい!また明日」


そして私は戸を閉め戻ろうとしたところ、その先にはまだ黄昏がいた。


「黄昏…」


「あいつお前の事随分気に入ったようだな」


視線は石榴の寝室に向いたままだった。


「あいつの事頼むな」


そして黄昏は去っていった。

良くは分からないが…。

思った以上に複雑な事情がある事は理解できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る