終章 八王子編 村、そして双子

私がその村に呼ばれたのはその村のこけし職人が亡くなったためだった。

その村にとってこけし職人とは敬うべき人物。

そしてこけしとは崇拝の対象。

この世に生を受けたときに与えられる人型はいわば己の半身ともいうべき存在だった。


村に着き始めに通されたのは村長の屋敷だった。

明らかに他の民家とは違う立派な建物。

湖を隔てた地にあるその場所は完全に村とは隔離されていた。

この様子から村長宅が村を支配している図は容易に予想できた。


村長宅にて座敷に通される。

出てきた長は厳格そうな顔をした長老だった。

私を胡散臭そうな目で見て嫌悪の表情を浮かべる。

始めは誰もが私の様相に怪訝を覚えるものだ。

私はそのような態度には慣れていた。


それから長老は長々と時折嫌味を交えながらこの村においての心得を語り始めた。

が、全て説明すると長くなるので要約するとこうである。

村には必要以上に関わるな。ただこけしだけを作れ。

それだけを言われ私は小屋へ帰された。


山の頂上にあるこの小さな小屋が私の仕事場である。

村とは随分離れた場所である。

村長の関わるなという言葉の通り関われないようにこのような場所に用意されたのだろう。

だがそれは私にとっても好都合であった。

もとより私に村に関わる気はなく、逆に何故ここまで来てしまったのだろうと思っている。


正直に言って私は石榴との約束はもういいのではないのかと思ってしまっているのだ。

黄昏が死に、私の中身は空白になってしまった。

私にとって黄昏はそれほどまでに心を占めていた存在だった。

石榴はそうなるとは言ってくれなかったではないか。

それがひどく…悔しいのだ。

ここにいるのがいくら黄昏の子供達とはいえ私には関係ないと思った。



村での生活は単調なものだった。

極力人と交わることもなく、黙々とこけしを作り続ける。

次第に私の心は死んでいった。

しかしある時転機が訪れた。


「うわあああああああああ!!!!」


声の限りに叫ぶ声。

うるさくて敵わなかった。


「い……いやだああああああ」


声のする場所へ向かうと子供がいた。

その子供の姿を見て、愕然とした。


黄昏…まさか…。


しかしすぐに違うと分かる。

もし黄昏だとしても目の前のその人物はまだほんの少年。

しかも黄昏と比べその子供は小柄でとてもかつての彼には似ていない。

だというのになぜこんなにも懐かしいのだろうか…。


「な…何事だ!?」


「うわあああああああ!!」


「そ…そんなに泣くな…。一体…どうしたらよいのだ……」


ただ泣きわめく子供を前にして狼狽える事しかできない。

村の子供なのだろう。

貧相な服装は裕福にも見えない。

とにかく村へと連れて帰ることにした。


「…村に戻るぞ。立てるか?」


首を振る子供。

腰が抜けてしまっているのか一向に立ち上がる気配がない。


「……しょうがない」


私は子供を持ち上げ背に乗せた。

意外な重さに少々驚く。


「や…やめろよ!!」


しかしそのせいか子供は余計に騒ぎ出した。


「おとなしくせんか!ここに居られてはわたしが迷惑なのだ」


私の剣幕に怯えたのか子供は黙る。

やがて癇癪も治まっていき、大人しくなっていった。


「……なんだよあれ……ぜったい変なやつだこいつ」


まさか…あれを侮辱したのではないだろうな。


「おい…聞こえているぞ」


あれを侮辱するのだけは許さない。

たとえ相手が子供だとしても…。


山を下り、村に着いた。

子供を背から下ろす。


「お前は…どこの家の者だ?」


「…ん」


童子は無愛想だが、私の手を取ると引っ張ろうとする。

場所まで案内しようというのだろうか…。

やがて藁葺き屋根の小屋に着いた。

どうやらここがこの子供の家のようだ。


入口には子供の母親と思われる肌の白い少し病弱そうな女性。

そして、もう一人の双子と思われる少女がいた。

その時私は久方ぶりに感情が高ぶるのを感じたのだ。

なぜならその少女はひどく私に懐かしい感情を抱かせたのだ。


石榴…。


その白い肌も、細い体も、何もかもが彼女を髣髴させる。

二人はひどく心配している様子だった。

しかしその気持ちを裏切るように子供が騒ぎ出す。


「こいつ馬鹿なんだぜ、俺の家知らねえのに連れて行こうとしてさ」


ごつん!


しかしその言葉は女性の拳骨によって遮られた。

見た目に反してその女性は以外に行動的だった。

子供は痛そうに目に涙を浮かべている。

が、むしろ痛いのは女性の拳の方なのではないかと思う。

手の甲が赤く腫れてきている。

そして母親と思われる女性が私に声を掛けてきた。


「あなたは…どちら様?」


「私は…」


他人と話をするのは一体いつ以来だろうか…。

うまく言葉が出てこなかった。


「こけし職人…八王子だ」


なんとか自分の正体を告げる。


「ああ…あなたが新しい…。暁が大変迷惑を掛けたみたいですね。申し訳ございません。こけし職人様」


そう言って女性は子供…名前を暁というようだ。

無理矢理頭を下げさせる。

やはり私は村の者たちにとって嫌煙する相手なのだろう。

表立っては敬っているが、態度がよそよそしい。


「今後は…気を付けて…」


「はい…」


私も私でうまく対応できない。

これ以上は特に話もないのでそろそろ去ろうかと思った時。

無意識に私は少女の方に目を向けてしまった。

少女はまるでその場に似つかわしくなかった。

その佇まいは神秘的。

あの石榴の病弱な白さから来る神秘性にどこか似ていた。


目を向けたのは一瞬のことだった。

しかし少女は目ざとく私の視線に気づき…。

恭しくお辞儀をする。


「はじめまして八王子さん。私は真紅といいます。暁を連れてきてくれてありがとうございました」


そう言って少女は微笑んだ。

その笑みは石榴と似ていなかったがその妖艶な表情にぞくりと背中が疼いた。

私の心臓は掴まれる思いだった。


「似ている…」


「え…ええ。そうです。双子なんです」


無意識に出た私の言葉に母親は困惑気味に答える。

しかしそれはこの二人が似ていると言う意味ではない。

あの、私の記憶に今もなお色あせることなく思い起こされる、双子の姉弟。

この双子の父親とその姉にとても良く似ていた。


気づくと周りの村人たちも何人か何事だろうかと見に来ていた。

これ以上目立つのはごめんだと思い早々に立ち去ることにする。


「では失礼する」


そしてその場に背を向ける。

しかし何かに引っ張られる感触がして私は踏みとどまった。

見ると暁が私の着物の裾を掴んでいた。

一体どうしたと言うのだろう。


「じろーすまなかったな」


暁がぽつりと漏らす。

今のは一体なんだ。

私は少々混乱した。


「ねえ真紅。今のは一体どういう事なのかしら。暁が素直にそれも面と向かって謝るなんて、明日は雨じゃないのかしら」


「きっとそうよ母さん。明日は雨よ。暁がこんなに素直なところ見たことないもの」


と親子は二人揃って言っている。


「……なんだそのじろーというのは………」


とにかく真っ先に気になった部分を指摘するのを優先にした。

そもそも私は名前は名乗っていないはずだ。

だというのにこの子供はどうしてそれを知っている。


「はちおうじなんて呼びにくいだろ。だからじろー」


散々人を動揺させておいて、それが適当だっただと。

もういい…勝手にしろ。


「…………」


そして今度こそ私は止まらずに立ち去る。


「どうもご迷惑お掛けしました。じろーさん」


「ありがとうございました。じろーさん」


「またな…じろー…」


背後からは続々と言葉が浴びせられる。

だからそのじろーというのはなんなんだ。


「じろーさん。ちょっと…変わっているかしらね?」


「お母さんそんな事言ったら聞こえるわよ」


「変なやつ…」


そのやり取りを聞いていて私は黄昏、石榴、親方達を思い出してしまった。

どこか懐かしかった。




「じろー…。お袋…死んじまったよ…」


「………」


双子の母親が亡くなった。

私はその葬儀に参列する事も、双子の家に顔を出す事もなかった。

当然の事だがそれは双子の、特に暁をひどく怒らせた。

私はこの家族に良くして貰っていたと周囲の者達も同様の見解である。


私は恐かったのだ。

この双子に関わる事がこの上なく恐ろしかった。

私の元を訪れた暁はあれから数年たつというのにあまり背が伸びたようではなかった。

元より小柄な体質なのかも知れぬ。

この双子は母親似なのかもしれない。


そして共に来ている真紅といえばますます石榴に似てきていた。

これがたまらなく私を恐ろしくするのだ。

まるで石榴がたびたび私の前に姿を現している様なのだ。

あの日の約束を成就する事を見届けようとしているかのように錯覚してしまう。

それが恐ろしくてたまらない。

私は一体いつまで石榴の影に付きまとわれなければならないのだろう。


「お前…どうして…来てくれなかったんだよ…。お袋はお前に散々よくしてくれたって言うのによ!」


小屋に来た暁は私にそう言った。

しかし私は黙ったままだ。


あれ以来、何故かこの親子たちは私と関わろうとしてきた。

私と言えば相も変わらずこの小屋から出ずこけしばかり作っていた。

正直疎ましく思っていたのだが、あまり邪険にすることもできなかった。

たぶん…父を早くに亡くした子供達の父親代わりを期待されていたのかもしれない。


しかし…私は…。


「暁、もうよしましょう。八王子さんにも事情があるのよ」


あまりの剣幕で暁が怒るので真紅は傍で止めようとしている。


「そんなので納得できるわけねえだろ!」


真紅は私を八王子と呼んでいる。

この娘にも私を以前のように親しく思っていないことが分かる。

暁はすっかり頭に血が上ってしまっている。


「………」


真紅はもう駄目だと諦めたのか後は言いたいようにさせていた。

このときの私はまるで暁の言に心揺さぶられる事もなかった。

これはもう決めた事なのだ。

私は私の考えを変えるつもりは毛頭ない。

暁は罵詈雑言の限りを尽くしてもなお応えない私についには失望の念を見せる。


「八王子…俺はもうお前に何も期待しない…。二度と会いたくない!」


そう言って出て行った。

真紅は始終黙って成り行きを見ていた。

そして去り際にぞっとする妖艶な笑みを浮かべ言ったのだ。


「八王子、あなたが何をしようともう後には引けないのよ。全て決まっている事なのだから」


この娘は何を言っているのだろう。

背筋の凍る思いに私は恐怖を覚える。

この娘に分からない事などないのだろうか。

真紅が立ち去ってもなお私は身に粘りつく恐怖に身を震わせていた。

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