終章 八王子編 儀式

ある日の夜。

真紅が私の前に現れた。

真紅と暁とはあの日以来、会う事はなかった。

それだというのに何故真紅は私の元へと来たのだろうか。


「一体、何の用だ?。こんな夜遅くにこんな場所まで…危険だとは思わないのか?」


男一人の場所に少女一人訪れて…。

やはり危機感が足りぬように思う。

もとより私にはこの少女をどうこうしようという気持ちなどないが…。


「私、生贄に選ばれたのよ」


「…生贄?」


唐突な言葉。

しかもその内容は穏やかではなかった。

この村には若い娘をいけにえに捧げる風習があるのだろうか。

そのようなことは今まで聞いたことはなかったが…。

どういう事なのか、理解できない。


「一体…何の事を言っているのだ…」


「生贄の儀式というのはね…。湖の主。あしびき様にこの身を捧げるという事。だけど、実際は隠されているの…」


また…だ。

何故この少女は私の心の内が分かるような言い方をするのだろう。


「大人たちは知っている。知られていないのは子供達だけ」


私は部外者だから除外されているのか…。

だが…何故…。


「私には分かるのよ。もしかしたら知られたことを悟られてしまったのかもしれないわね」


先程から私は何も言葉を発していない。

しかし私の心の内を読んでいるかのように真紅は淡々と語る。


「ここからがあなたに会いに来た理由」


それが一番の疑問だった。


「私を助けて。八王子」


とうとうこの時が来てしまったのだ。

なぜ私は関わりたくないというのに相手の方から関わってこようとするのだろうか…。


「君は…私が君のために何かしてくれると…。本気でそう思っているのか?」


だからわざと突き放す言い方をする。

本当は…怖いのだ。

石榴から聞かされたことが、本当にそのまま起こっている。

彼女の手の上で踊らされているようだ。


「ええ」


顔を上げると真紅は真っ直ぐに私を見つめていた。

その眼には強い意志がこもっている。

やめてくれ…そんな目で見ないでくれ。

私には眩しすぎる…。


「ずっと見ていたの。いつか私の暁が離れ離れになってしまうとき、貴方が現れて助けてくれるのよ」


その言葉に確信したのだ。

この少女も石榴と同じ能力を持っているのだと。


「ならば私がどう返事を返すのか、分かっているのだろう」


「ふふ…」


私の返答に怪しい笑みで返す。

私は…ただ少女の前でうなだれているだけだ。


「儀式の夜。待っているからね。八王子」


そう、一方的に言葉を投げかけて、少女は去っていった。

もうやめて欲しい。

嫌だと思っているのにどうしてこうまで私は関わってしまうのだろうか。

これも石榴の思惑通りなのだろうか。


私はもう逃げられない。

これも石榴の予言の通りだ。

ここに居る以上私は石榴の思惑に乗る一方だ。

私は未だどうしたらいいのか自分でも分からない。

誰か教えてほしい。


黄昏…お前が居れば私はこのように悩むことなどなかったというのに…。

なぜ死んでしまったのだ。

ひたすら苦悩する思考に沈む。

私は確かに芽生えた自身の自我に気付いていた。


「私は…私自身は一体どうしたいのだろうか…」




あの夜から私は村長の屋敷の様子を探っていた。

月が煌々と屋敷を照らす。

闇夜に紛れて村の男達が屋敷へと集まる。

儀式のときが来た。


私はひっそりとその場所に忍び込んでいた。

真紅がいた。

村の男衆は顔を隠し逃がさぬようとでもいう様に真紅の周りを囲っている。

真紅は室内に据えられてある水車小屋へと連れて行かれた。

その中で儀式を行なうのだろうか。

早くしなければ真紅は殺されてしまうに違いない。


私は…。


「だから次郎。あなたにお願いしたいの。その子達を守ってあげて、それが私の切なる願い」


脳裏に石榴の声がよみがえった。

それに先日の真紅の表情が重なる。

手には刀を持っていた。

物陰から音もなく躍り出ると男衆の輪に加わる。

顔を隠しあっているゆえに、ここにいるはずの無い者の存在に気付くことはなかった。


唐突に近くにいた男に刀を振るった。

男から赤い雫が噴き出す。

それは私を赤く染めていく。

男の発した悲鳴に、小屋から男がまた数人現れる。


一瞬何が起きたか分からないようだ。

目の前には血濡れの男の死体。

私は闇にまぎれ次の獲物に手をかける。

男にとっては何故突然自らの腹より刃物が生えたのか分からなかっただろう。

奴らと違い、私の目は闇に慣れている。

次々と仕留める。


刺して、切って、脳天を割り、血が溢れだす。

気が付けば私の周りは赤い花に咲き乱れていた。


最後に残されたのは村の村長でもある長老だった。

目の前に佇む私を見据え、顔を真っ青にし今ある状況を汲み取っている様子である。

そして口を開いた。


「貴様…これは一体何のつもりだ…」


当然の疑問である。

村人との交流を絶ち小屋へと引き篭もっている男である。

何故このような行動を起こすのか分かるはずがない。

だから私は彼女らの言葉を引用した。


「これは決まっている事なのだ」


刀が長老の体に食い込む。

そしてこの場で唯一生き残っているのは私と少女、真紅のみとなった。

真紅は死に装束へと着替え目隠しをされていた。

この殺戮の最中この娘は言葉を一切発さず、まったく動揺した様子がない。

私は少女の目隠しを取る。


そこから表れたのはあの私の背筋を恐ろしく凍らせる妖艶な笑み。


「あしびきの秋の紅葉の美しき、暁の日に紅に萌ゆ」


真紅が唄う。

そうか、そうだったのだ。

石榴は自身の行く末にただ絶望し、ふさぎ込んでいた。

しかし真紅はどのような状況に追い込まれようとも、決して希望を捨てなかった。


同じはじまりの唄でもこうまで意味が違う。

このときの私にはそれは恐ろしいものではなく安堵をもたらしてくれた。

ここに来てやっと気づいたのだ。

私にはこの娘を見捨てる事などできるわけがないという事を。


「私はこのまま思い出の中に消えていくの。こいつ等に嬲り殺されるのではなく、私が選んだ結末。私を綺麗なままにしてくれて、ありがとう。八王子次郎」


肌には病魔の跡が広がり、それはなんとも美しい。

秋の紅葉の様に鮮やかだった。

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