四章 真霧編 私を人形でなくした責任だ

「真霧様」


外から呼びかけられる。

ここで私を呼ぶものなど護衛以外にいないけど。


「…何?」


「少々面倒な事が起こりまして…」


こういった奥歯にものを挟んだ言い方は私の癇に障る。


「はっきり言いなさい」


「村の小僧が一人ここに迷い込みました。ここに来るまでの階段で足を踏み外したらしく気を失っております。そのまま放っておくのもどうかと思いまして…。真霧様のご助言をいただきたく思う所存です」


この男は私の言葉なしでは何も出来ぬというのかしら…。

仕方ない。


「放っておいて面倒が起こってもこちらが迷惑するだけよ。丁重に手当てしてやりなさい」


「はい。分かりました」


そして護衛の気配はなくなる。

しかしその小僧とは一体何者なのかしら。

普段他人に関して必要以上に興味を持つ事などなかったけど、なぜか気になった。

部屋から出ると入口の方に向かって進んでいく。

入り口では護衛たちが小僧…少年を抱え運んでいた。


「真霧様?」


護衛の一人が私に気づく。

私は構わず近づいた。

そして少年の姿を見て激しい衝撃に襲われた。

頭を真紅の姿が掠める。

少年の顔は真紅に瓜二つだった。


「その…少年は?」


動揺を隠しつつ護衛に聞く。


「先ほど伝えました小僧です。すっかり気を失って伸びてしまっています」


しかし私の頭に護衛の言葉は入ってこなかった。

少年の姿に目を奪われすっかり思考が止まってしまう。

その呪縛もやっと解け私は護衛に言う。


「その少年は私が面倒を見るわ。私の部屋へ連れて行きなさい」


「し…しかし…」


護衛たちは騒然とする。

それも当たり前だ。

私が自ら介抱をしようなど普段の私からはまったく考えられない行動なのだから。

しかし私には確かめたい事があったの。


「何をしているの?早くしなさい」


「は…はい」




次にあの可笑しな仮面の男と出会ったのは次の日の昼だった。

激しい雨が洪水のように轟音となり降り続ける。

再会を望んだのはこの男の方。

この雨の中、わざわざ神社へと足を運んできたのだった。


護衛達は騒然として八王子を追い返そうとしたけど、私は構わず付いていく事にした。

こうして二人っきりで湖のほとりに佇む。

ただし離れたところからは護衛が見張っている。


奴の傘に入る。

何を話したいのか様子を伺っていた。

わざわざ私から切り出すことでもないもの。


「私は…私以外でそのような特異な体質な者を見たことがなかったのだ」


何を聞いてくるかと思えば、あの子のことじゃないのね。

しかし昨日のこの男の驚きようといい、私に何を感じているというのかしら。


「何を言っているの…」


「その色素の薄い髪と目。肌の色も白く。まるで人形のようだ」


先程と同じ問いを繰り返す男。

何を言いたいのかまったく要領を得ない。


「これは…この私の容姿ゆえにつけられた呪印…」


何を思ったか男は突然仮面へと手を伸ばす。

男の顔の素顔が晒されていた。

私はその姿に思わず眉を潜める。

それほどに見るに耐えない様相だった。


「………」


「君があの神社に幽閉されているのも、同様の理由だと推測できる」


仮面は今までどおり男の顔へと戻っていた。

この男は…試すような真似を…。

怒りとも恐れともわからない、妙な感情が内に渦巻くのを感じる。


「……ならば聞かせてやろう。

産み落とされてすぐこの神社へと隔離され恐れられて来た…この哀れな娘の物語を」


そう言って手を広げる。

話してやろう。

立場は違えど私と同じこの男に…。

もう一人の私に!


「もういい…すまなかった」


男の手が私の言葉を制する。


「最後に…私と同じ者が…共感できる者が欲しかったのだ」


私からも男からも言葉は消えた。

後はただ雨音だけが傘に当たり煩わしい音を立てる。

気が付くと私は社へと戻る階段を昇ってた。

このまま…またあそこに篭もる事になるわね。

もう…何にも関わることはない。

何もない…空虚な生活に戻るだけ。

しかし…。


「真霧!!」


その声が私を引き止めるまでは確かにそう思っていたのだ。




「真紅…いるの?」


夜になって、私は動き出した。

雨は上がり月夜が雲の合間から屋敷を照らす。

その明かりによって屋敷の内部は所々が鮮明に浮かび上がる。

そこには血の跡。

血だまりの中心に変わらない姿で少女は佇んでいた。


「…真霧?」


真紅は意外そうな顔をしていた。


「あなたが来るなんてね。どういう風の吹き回しなのかしら」


これが真紅の素顔。

やはり、今までの私に対する顔は嘘だったのね。


「真紅…。貴方の片割れが私の所に来たわよ。今は社で眠っているわ」


私の言葉に真紅は怪訝な顔を隠さない。


「……どうして暁があんたのとこにいるって言うのよ」


これが真紅の本来の姿。

私への配慮はとっくになくなっていたわ。


「貴方に会いにきたに決まってるじゃないの。

あの少年は何も知らないのだからね…。

まあ、空回りをしているようだけど」


「………」


真紅は黙ってしまう。

その顔には困惑した表情を浮かべているわ。

あの少年への想いを巡らせているのかしら。

真紅…。

貴方は今まで一度だって私に対してはそんな表情してくれなかったわよね。


「それで、どうしたって言うのよ。私を連れていくつもり?」


それでも平静を装って私に対してくる。

私の言葉では心が動かさないとでも言いたげね。

だから私は最後に…最後位は対抗したかった。


「いいえ…私はどうしようかと思ってるの。

今あの少年を殺してしまえば真紅は私のものに出来る。

こんな機会やすやすと逃す手はないわね…」


「真霧…あなた!」


怒りをあらわに食って掛かってくる真紅。

ああ…これで一つ貴方に勝った気分だわ。


「……真紅。貴方が悪いのよ…。

貴方が私を裏切ったりするから…。

私はいつまでも真紅の事だけ…真紅と一緒にいたかったのに!」


気が付けば私の方が取り乱していた。

どうして…私はこの子に対しては平静ではいられないの。

胸が…苦しいのよ。


「どうしてよ…」


「忘れなさい」


しかし真紅の答えは冷めたものだった。


「あなたなんて私の計画の中の駒でしかなかった。それだけ…。

でも、あの子に手を出してみなさい…。

そのときはあなたは憎むべき相手になる。

あの子に手を出す奴は誰だって許せない!」


私はかつてない戦慄を覚えた。

おかしな話よ。

無関心でいられるよりは憎しみの感情を向けられるほうがいいだなんて…。

どんな感情でさえ真紅に想われることになるのならば、今の言葉を実行してもいい気さえした。


だけど…やっぱり嫌。

私は真紅の悲しむ顔の方がよっぽど見たくない。

私のためにではなく…そうさせる顔になど…。

その方がよっぽど耐えられないのわ。


「ならば…あなたがその手で片をつければいいわ」


そう言って差し出す。

私と同じ名の、間切りという名の短刀。

魔切りともいうわね。

神様を魔なんて言うのは罰当たりかしら。

そう…この刀こそ変化を起こすのにふさわしいのよ。


「これは…?」


最初はこれで真紅を私のだけのものにしようと思った。

だけど…あの少年と話して感じたもの。

それは真紅といるときとはまた違う…不思議な感情。

そう、これはきっかけ。

長い間閉鎖されてきたこの場所を変えるために、この二人が起こしてくれたのだ。

これで…私は長年の願いがかなうのよ。


「真霧…あなた一体何を考えてるの…」


「真紅」


意志を込めて真紅の目を射抜く。


「貴方の事を想っていたわ。

だから貴方の幸せが私にとっての幸せなのよ」


私は今の今まで彼女のことを理解できるのは自分だと…自分だけだと信じて疑わなかった。

だけど…それは違ったの。

私は寂しかった。

ただ、それだけの事だったのよ。


「ふふ…言うようになったわね。真霧。

今のあなたなら私、結構好きかもしれない」


そう言って笑う真紅の顔ははじめて見る笑顔だった。

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