真霧ルート

一章 真霧ルート 巫女の介抱

湖での逢瀬を偶然見つけてしまい、おれは二人の様子をうかがっていた。

別れる二人。

おれはどうしても確認したくて少女に問いただすことにした。



八王子がいなくなったのを確認し、おれは階段を駆け上がる。

階段の先に真霧の姿がぼんやりと垣間見えた。


「ま…真霧!…待ってくれ!」


呼びかける。

真霧は足を止めこちらに振り返る。

おれの姿を確認し立ち止まる。


「……貴方は…」


やっと真霧の元まで追いついた。

急な階段を走ったせいで息切れが激しい。

真霧はおれの方を黙って見たままだ。

しかしその表情はひどく険しい。


「…おれ…君に聞きたいことがあるんだ…」


「……貴方………一体何なのよ……」


真霧がおれにくれる視線はひどく冷めたものだった。

それは拒絶。

しかしおれは怯まない。

ここで聞かなければきっとずっと知る事はできない。


「頼む。君は真紅の事を何か知っているんだろう!?

おれは知りたい。いや、知らなきゃ駄目なんだよ。

このまま何も知らないでいるなんて嫌なんだ」


一気にまくし立てる。

しかし一向に真霧の表情は冷めたままだ。

そして拒否の色がより一層濃くなる。


「いい加減にしてよ…。

どうして貴方はそうやって私の心をかき乱すの…。

もう、何にも関わりたくないのよ。

放っておいて頂戴」


どうしてそうまで頑なに拒むのだろう。

だがおれも諦め切れない。

だんだんとぼやけてくる視界に抗い、懸命に真霧に向かって手を伸ばす。


「お願いだ……お願いだよ…」


そして真霧が驚愕の表情を浮かべるのを視界の端に捉え、体がぐらりと傾いた。

急速に近づく地面。

体が激しく打ち付けられ、言いようのない痛みが襲う。

そうして自分が倒れたんだと気づいた。


遠のく意識。

なんだ…どうしてしまったんだ。

理解するよりも先におれの意識は途絶えた。



霞み掛かった意識の中。

段々とはっきりしてくる景色。

薄暗い屋内。

ここは一体どこだろう。


「また、昨日と同じ状況ね…」


近くには真霧がいた。

俺を見下ろしている。


「…おれは一体どうなって…」


「それはこちらが聞きたいわ。

どうすればそのようにひどい熱を出すまで外に居られるのか…。

まあいいわ、今は寝てなさい」


そうか、熱で気を失ってしまったのか…。

自分でも気づかないほど集中していたとは…。


「すまない真霧。

おれはまた君に迷惑をかけてしまって…」


「そのとおりよ…」


真霧は相変わらず冷たい態度だった。

だけどおれをこうして看病してくれたんだと考えると、根は優しい娘なのではないだろうか。


「おれは…一体どのくらい寝ていたんだ?」


「ほんの数刻の事よ」


「少し待ちなさい、今用意してくるから」


何を、と聞く間を持たずに真霧は出て行く。

一体どうしたのだろう。

部屋に一人残される。


よくよく室内を観察してみる。

そこは昨日と同じ薄暗く障子に仕切られた部屋だった。

灯篭内の灯火が唯一の灯りだった。


ここは真霧の部屋なのだろうか。

そう考えるととても女の子の部屋とは思えなかった。

部屋には必要最低限なものだけで、とても殺風景だった。

それがなんだか寂しく感じた。


そのとき戸の空く音がして振り向く。

真霧が盆を手に部屋に入ってきた。


「粥を作ってきたわ。食べなさい」


「え………」


真霧が粥を作ったという事にもそうとう驚いたが、それをおれのために用意してくれたという事がとても意外だった。


「何よその顔…言っておくけど、別に私が作ってきたわけではないわ。

使いの者達に作らせたものよ。

そもそもこう待遇良くされる事に感謝をしてもらいたいくらいよ…」


「ああ、ありがとう」


感謝の言葉を伝える。

だけど一気にまくし立てる真霧がおかしくて、つい顔を綻ばせてしまった。


「何を笑っているのよ…」


「何でもないよ。有難う真霧」


「ふん…」


真霧はおれの態度が面白くないようだ。

用意してくれた粥を食べるためおれは身を起こす。

体の節々が痛んだが耐えられないほどではない。

差し出す椀を受け取る。

真霧はもう自分の仕事は終わったとばかりに視線を別の方へ投げかけている。

おれは黙って粥を口に運び…。


「熱…!」


あまりの熱さに涙を浮かべる。

その声に反応して真霧がこちらを見る。


「…どうしたのよ?」


「う…ごめん。少しこぼしてしまった」


口の中はまだひりひりする。


「貸しなさい」


そう言って真霧はおれから椀を奪う。

そしてふーっと息を吹きかけている。

真霧…一体何をしているんだ?


「冷ましてあげたわよ」


匙に一掬い取ってそれを差し出してくる。

これを食べろという事なのか…。


「えっと…」


「早くしなさい」


せっかくの好意を無碍にする事もできないのでそれを口にする。

粥はちょうどいい温かさで食べやすかった。


「ちょうどいいようね」


「うん…ありがとう…」


なんだか真霧にこういう事をされるととても照れくさかった。

それから粥がなくなるまでおれは真霧に食べさせてもらった。

その間、おれはずっと胸が高鳴って気が気ではなかった。


こんな綺麗な女の子に食べさせてもらっているのだから当然といえば当然だ。

先程よりも熱が上がってしまったのではないかと思う。


「自業自得よ…」


だけど真霧はそう言ったきりだった。

とくにこちらを気遣っている様子はない。

なんなんだ…。


いきなり押しかけたおれの事を良く思ってないのは分かるけど、そんなに冷たい態度を取ることないじゃないか。

おれは少なからず腹を立てて、再び食事に専念する。

少し時間が経つと粥もちょうど良い温かさになり、全て食べ終えた。


「具合はどう?」


器を下げつつ真霧が聞いてくる。


「ああ、先程よりも良くなっているようだよ」


しかしおかしな話だ。

あの真霧がこんなに俺に優しくしてくれるなんて、一体どうしてしまったというのだろう。


「貴方は…真紅と同じ顔をしているというのにまったく中身は似ていないのね…」


唐突に真霧が切り出す。

そうだ…熱に浮かされて大事なことを忘れていた。

真紅の事について真霧に聞かなければいけない。

場が緊張する。


「…おれは真紅の事はなんでも分かっているつもりだった。

でもここのところまったく分からなくなってしまったんだ。

真霧…真紅は今どうしているんだ?」


真霧の表情はひどく冷えたものだ。

その何も写さない眸に魅入られると思わず身が萎縮してしまう。


「それを聞いて貴方はどうするつもりなの?」


「会いに行くに決まっているだろ…心配なんだよ」


真霧はしばらくおれの顔を見つめていたがついっと視線を外す。

そしてぽつりとつぶやいた。


「貴方達は…それ程までに互いを思いやっているのね」


「え………」


その声があまりに寂しさに溢れていたので、おれは驚いて真霧を見つめる。

どうしてだろう。

どうしてこの子は真紅の事となると、こうまで悲しそうな顔をするのだろうか。


「真霧…」


「村長の屋敷へ行きなさい」


「え…?」


「あそこに行けばすべてわかるわ」


真霧はそれだけ言うと、おれから目を背ける。

真霧の言う事が本当だとすると…。

とにかく早くいかなければ。


「…っ」


勢い良く立ち上がる。

真霧はそんなおれを見て驚く。


「そんな体でいくつもりなの?」


「当たり前だろ…」


「待ちなさい」


真霧は呆れ顔をしている。

そりゃ調子は悪いけど、今の話を聞いていかないわけには行かないだろ。

だけど体中が熱くて痛い。

少し動くのも苦痛だ。

だけど……。


「平気だっ…て…」


しかし意識がぐらつく。

もう保っているのもつらい。


「無理ね。諦めなさい」


「う………」


真霧の言うとおり、いくら気持ちだけが急いても体がいう事を聞かない。

それに先程の粥が眠気を促進しているようだ。

情けない…。


「このまま寝てしまうなんて…いやだ…真紅に会いたい…」


「…。ともかく貴方は今夜じっくり休む事ね。

私が手を貸すのもここまで、後は貴方に任せるわ…暁…」


「ま…真霧…」


真霧が何を言いたいのか。

だがそれを考えるのを阻むように眠りが押し寄せてくる。

理解するよりも早く深いまどろみに落ちていった。




「暁。何考えてるの?」


覗き込んでくるのは懐かしい声。

懐かしいその姿。

霞み掛かった視界ははっきりと景色までは分からない。

彼女のその姿だけははっきりと浮かんでいた。


「どうしたんだ?」


それは真紅だった。

慈愛に満ちた表情で見つめてくる。

安心する顔だった。


「なんだかずっと考え事してるみたいな顔してたから…嫌だった?」


「おれに言わすなよ…そんなこと」


なんだか照れくさい。

顔が紅潮していくのを感じる。

おれの様子を見て真紅はにっこり笑う。


「暁は私が付いてなきゃ本当に何も出来ないんだから」


分からないけど、真紅にとってはうれしいらしい。

よく分からない感情だ。


「暁、疲れてるでしょ?

いいのよ、私のことは気にせずに眠って」


「そういう真紅だって…おればっか子供扱いするなよ」


こういう気遣った言い方はとても真紅らしい。

でもいつまでも子供扱いされたくはない。


恥ずかしい…。

だけどそれ以上に真紅に認められたいんだ。

真紅を守りたい。


「私の事はいいから、はやく眠って暁」


そうして布団を被せ、子守唄を唄う。

いつもそうしてもらっていたから意識とは逆に段々と眠くなってきてしまう。


「……真紅…」


「ん?」


「…この唄が終わっておれが寝てしまっても…。

真紅…君はどこにも行かないよね?

ずっとここにいるよね?」


「………」


その問いかけに答えがあったかは分からない。

その答えを知るよりもはやくおれの意識は落ちていった。


血の匂いが鼻を突く。

君の姿が赤く染まる。

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