一章 八王子ルート 仮面の男は怪しく笑う

「これで拭け。そのままでは風邪を引くぞ」


そう言って八王子は手拭を差し出す。

おれは黙って受け取る。

あの後おれ達は部屋まで移動し、そこで話をすることにした。


「あれはいくつも作ったうちのひとつだ。

考えてもみろ、一回で納得のいくものが作れるというものではないのだぞ」


その説明はもっともだ。

しかしそれでも納得のいかない部分もある。


「そのこけしは一つしかないはずだ」


「なに……?どういうことだ」


「それは真紅の作ったものだからだ」


「そこにあるような気持ち悪いこけしを嫌がるおれのために、真紅はこけしを変えてくれたんだ。

先程のかわいいこけしに」


「……」


沈黙する八王子。

それはそうだろう自分の作ったこけしがいいように変えられたのだから。


「…つまり、お前の姉はせっかく私の作ったこけしに様々な書き加えをしたというのだな。

……なんという罰当たりなことを…」


肩を震わす八王子…。

怒っている…いや、泣いている?

なんだろう。

以前のこいつにあった拒絶を感じない。

なんだか調子が狂うな。


「話は戻すがそのこけしは真紅のものではないのか?」


「ふん、何を言うかと思えば…。

これは私のものだ」


「……」


こいつは嘘を言っているのか…。

だが似たようなこけしがあってもおかしくないようにも思えてきた。

結局のところ真紅に聞くしか確かめるすべはないのだ。



八王子はそれきり黙ってしまっている。

こちらから何か話を持ち出した方がいいのだろうか。


「しかしおかしなものだな、あのような場面を見た後だというのに…」


「お前はまるでいつも通りの暮らしをしている」


突然八王子が話を切り出した。

しかし言っている意味が分からない。


「一体何のことを言っているんだ」


今度は逆に八王子がおれの言葉に驚いているようだ。


「まさか…覚えていないのか?」


「だから何の事だよ」


八王子はますます困惑している様子だ。

何故そんなに驚いているのだろう。


「八王子。さっきお前はおれに全部話すようなことを言っていたじゃないか。

だったらもう隠さずに全て教えろよ」


問い詰める。

もう何も知らないのは嫌なんだ。


「そうだな。

お前は知る必要があるだろう。

あの娘…真紅はあの村長の屋敷に一人きりだ。

あの子は今もあそこで泣いている。

迎えにいくかどうかはお前に任せる。」


「真紅は無事なのか?」


「無事かどうかはわからんがな。

どうするかはお前次第だ」


まったくの傍観者的な態度に怒りが沸いた。


「そんなの行くに決まっているだろう!

お前さっきから何が言いたいんだよ」


「なるほど。

だが今のお前では真紅を受け入れる事などできないと思うがな」


くく…っと低い声で笑う八王子。

何がおかしいんだ…。


ここはもういやだ。

何故だかわからないが早く出たい…。

さっきから頭痛がひどいんだ…。


「………」


「ん?顔色が悪いぞ。具合が悪いのではないか?」


「かもな…やっぱ帰ったほうがよさそうだ。ここ陰気くせえし」


「相変わらず口は減らないようだな。

さあ帰れ。そしてもうここにも来るな」


「…そんなんだから誰にも相手にされないんだよ」


「余計なお世話だ」


「やはり…期待したおれが馬鹿だったんだな……」


小さな声でつぶやき小屋を出ようと戸に手をかける。

その時背後で小さく囁く声が聞こえた。


「その方がお前のためなのだ…すべて忘れろ…」


何を言っているのか理解できなかった。


「いい加減にしろ!お前そんなに俺を怒らせて楽しい…か…」


突然視界がゆらりと揺れた。

そしてそのままなす術もなく床に倒れこむ。

なんだ…体が重い…。


「…どうした。大丈夫か?」


さすがに八王子も困惑気味に話しかけてきた。

視界がぼんやりしていて目の前が定かでない。


人の近づいてくる気配がした。

抱き起こされる。

しかし体が重く、まったく力が入らない。


額に手が触れる。

冷たい手だった。


「お前…熱があるではないか。

一体いつから外を歩き回っていたのだ。

体もひどく冷えてしまっているぞ」


「…だったら……なんだって…言うんだよ……お前には関係ない……」


搾り出すように声を出す。

自分でも分かるくらい息が荒い。


「今日はもう休め、家まで送っていく」


そう言って八王子はおれを背負う。

意外にがっしりした背中だった。

しかしこいつの世話になるのはどうしてもおれの理性が許さなかった。


「…ほっとけ…お前の世話になんか死んでもなりたくない…」


しかしそうは言っても体は動かず抵抗する事もできない。

八王子は大きく息をつくとあきれたように言った。


「そうは言ってもここにいられては私が迷惑なのだ。

これはお前を追い出したくて言っているにすぎん。

気にする必要はないだろう」


ああ…いらつくな。

どうしてこいつはおれの癇に障ることしか言わないんだ。




八王子におぶさり山を降りていく。

傘に当たる雨音は激しい。

意識はさらにひどくぼやけてきている。


「昔…ここにお前のようにやってきた子供がいた」


八王子が口を開く。


「その子供はこけしに怯え、泣きわめきまるで私のいう事を聞かなかった。

仕方なしに私はその子供を背負い村まで届けたのだ。今のお前のようにな」


くく…っと含み笑いをする八王子。

突然何の話をするかと思えばそんな昔の事。

忘れたい記憶だというのに。

意地が悪い。


「…もう忘れろよ…そんな昔のことなんか…」


「お前はいつまで経っても子供のようだな」


こいつはいつもそうやっておれの事を馬鹿にするのだから。

それがおれの勘にひどく触るというのに。

だが、このときのおれはそれに反論する事もできなかった。

気分が悪いというのもあったが、八王子の言葉がひどく胸に刺さった。


「なんだ。今日は反論はなしか?」


意外そうな八王子の声。


「…自分でも不甲斐ないと思っているんだ…おれはいつまで経っても大人になれない…」


どうしておれはいつまで経っても子供のままなのだろう。

おれがちゃんと大人になれば真紅を守る事ができるのに。

絶対泣かせたりしないのに。


「お前のせいだけではない…そう自分を責めるな」


ぼつりと八王子がつぶやく。

意外だった。

八王子が人を励ますような事を言うなんて。


寄りかかる八王子の背がとても頼りあるように見えてきた。

そんな風に思ったことは今までだって一度もないのに。

もし父親がいればこんな感じだったのだろうか。

おれは一度もおれ達姉弟を抱くことなく死んだ親父のことを思った。


それきりおれたちは黙って山を降りていった。

家に着く。


八王子は寝床をちゃんと用意し、そこにおれを寝かせてくれた。

今日の八王子はいつもと違う気がした。

こいつはこんなに優しい奴だっただろうか。


「では私はもういく」


しかし言葉はそっけないものだ。

人の離れていく気配がする。

意識がひどく混濁していてすぐにでも寝たいところだった。


八王子…。


しかし最後の気力を振り絞り八王子に向かって言った。


「すまなかったな…じろー」


言ってからしまったと思う。

こんな呼び名あの時以来一度も使っていないというのに。


「ああ…気にするな。」


「しっかりと養生することだ。暁」


そして部屋からおれ以外の気配はなくなった。

あいつ、今おれの事ちゃんと名前で呼んだな。

そう思ったのを最後におれの意識は闇に落ちていった。




屋敷の中は正に地獄絵図。

ここまでおぞましい光景は見たことがない。

そしてその中央には一人の少女がいた。


蒼い着物に身を包み、漆黒の艶髪を腰まで垂らした。

おれと同じ顔の人。

しかしその周りに溢れているのは既に息絶えた村人達…ああ、屍だらけだ。


こんな場所、君にはちっとも似合わない、それだというのに…

何でそんなところにいるんだよ真紅………!


だってそんなところにいてそんな紅く着物を染めていては、ああ綺麗な蒼い着物が台無しだ。

真紅…君がこの惨状をどうにかしてしまったんではないかって勝手に頭が判断してしまう。


違う…違う!

そんなはずない!

そんなはずないんだよ!


だから、どうしてそんな悲しそうな顔をするんだ…

違うって言ってほしいのに…真紅!

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