二章 ゆとり編 大好きです

意識は暗転していました。

寝気が襲います。

でもここは家の布団の中ではないようです。

床の冷たい感触がじかに伝わってきて、背筋がぞっとしました。

目を明けても真っ暗。

やがて暗闇に慣れてきて周りの様子が分かってきます。

そこは暗い家の中。

体の自由が利きません…。


「無理しちゃだめよゆとりちゃん。薬が効いてるから」


「真紅…さん?」


灯篭を持って暗闇から現れたのは、真紅さんでした。

でも前に会ったときの真紅さんではありませんでした。

顔には冷酷な顔しか浮かんでいません。

これは…血の…匂い?

周りを見渡すと灯篭の明かりに照らされ所々に染みが見られます。

私の周りには横たわった人がたくさん倒れていました。

生気をまったく感じれません。


「い…や……」


「ごめん恐がらせちゃったわね。でも大丈夫よゆとりちゃんはこんな風にはしないから、ね」


「いやあ!!」


これは一体…何なのですか…。

どうして真紅さんがそんな言い方をするのですか…。

それではまるで…真紅さんが…。


「……嘘です…」


頬に衝撃が走った。

一瞬何が起きたのかわからなかった。

目の前には般若の形相をした真紅さん。


「っ!?」


涙が溢れ頬を濡らす。


「う……」


「この状態でまだそんなことを言うつもり?」


残酷な笑顔で聞いてくる真紅さん。


「違う…」


「ゆとりちゃん…あなたも分からない子なのね」


胸ぐらをつかまれる。


「暁とずいぶん仲良くやっているみたいね。別にそれはいいのよ。

でも暁が一時でも私のことを忘れて笑っているのが許せない。

暁にそんな顔をさせる存在がどうしても憎くて憎くてしょうがないの…」


再度頬を張られます。


「!!」


痛い。心が抉れるようだ。


「どうしてもこの気持ちが治まらないの…」


涙で顔はぐしゃぐしゃだった。


「ねえ…こんな私をまだ優しいだなんて言えるの?」


真紅さんの気持ちすごくよく分かる…。

だって私が抱いていたものとあまりに近いんだから。

私も真紅さんに対して思っていた。

真紅さんがいなければ暁さんの隣に座れるのは私だって、でもそんなの絶対ありえないこと。

だって暁さんが許しているのは真紅さんだけなんだから。


「…昔みたいに……」


「……?」


そうです…私が信じなくてどうするんですか。


「帰りましょう!暁さんのところへ。そしたらまた以前のような日々が必ず送れます。私は真紅さんを信じている」


痛む頬よりも真紅さんの傷の方が痛かった。


「ゆとりちゃん…あなたって人はどうしてそこまで…」


「だって…真紅さんは…私のお姉ちゃんですから」


真紅さんは目を見開き、その眸には涙が溜まっていきます。

一条の雫が瞼から溢れ出て頬を流れていきます。


「ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい…」


私に背を向ける。

指につけた血だまりの血。

それを唇に紅する。


「真紅…さん?」


「きっと誰でも良かったの。この気持ちをぶつけられるのなら…だけど。…私はあなたと同じところにはもう行けないわ。最後まで信じてくれてありがとう」


湖に向かう真紅さん。

徐々に浸っていきやがて…。


「神よ…この身を捧げます」


どうして…どうして…。

そんな終わり方しかなかったのですか…。


「…さ…ん…。……真紅さん!真紅さん!!」


声はもう届きません。

嫌です…どうして…。

どうして死んでしまうのですか…。


「私は…納得できません」



「ゆとりちゃん、随分うまくなったわね。そのうち追い越されるんじゃないかって冷や冷やものよ」


「そんな…私なんてまだまだですよ」


その日も台所で真紅さんに料理を教わっていました。

真紅さんは私の姉のようで母代わりのような人。

不甲斐ない暁さんの代わりに家事を全てこなすすごい人。

私の家には母親が居ないから私は真紅さんのとこをで家事全般を色々と教わる事が多かった。


「あれ?ゆとりちゃん、また来てたんだ」


暁さんが顔を覗かせてきました。


「あら暁、やっとお目覚めかしら?」


真紅さんが皮肉を言います。

暁さんは朝に弱いですから。

それにしても本当に大丈夫なんでしょうかこの方…とても不安です。


「おはようございます。暁さん。またお邪魔させていただいてます」


暁さんのほうを向いてお辞儀をします。


「あ、うん…おはよう」


なぜかしどろもどろな暁さん。

さっきは普通に話かけてくれたのにおかしいですね。

暁さんは人と視線を合わせて話すのが照れくさいようです。


「ほらほら、厨房は男子禁制。作り終わるまで座って待ってなさい」


真紅さんが暁さんを追い出してしまいます。

私は可笑しくなってくすくす笑ってしまいます。


「ほら、ゆとりちゃんも手がお留守になってるわよ」


「ごめんなさい。でもどうして暁さんを追い出しちゃうんですか?」


私が暁さんを引き止めておきたいってわけではないですよ

ただお二人はいつも一緒で仲がいいのにどうしてこういう事をするのかと不思議に思ったのです。


「だぁって…暁に何かさせたら世話の焼きようがなくなるじゃない。それに暁は何にも出来ないままがいいのよ」


真紅さんって人は…。


「さあ後はこれを運んでおしまい」


「はい」


そして居間に運んでいくと暁さんは相変わらずのぼーっとした様子で居ました。


「暁さん、食事できましたよ」


「あ、ゆとりちゃん早かったね」


そう言って暁さんはそそくさと運ぶ私達をぼけっと眺めています。


「でもゆとりちゃんが作った食事はちゃんと食べられるのかな?」


「あ!暁さん、ひどいじゃないですかそういう事言うなんて」


暁さんにしてみればきっと少しふざけて言ったに過ぎないのでしょうけど…。

それでも少し傷付きます。


「こら暁!」


そこへ真紅さんの制裁が加わります。

暁さんの頭をぽかんと一叩き。


「痛!」


「そういう事言っちゃ駄目でしょ!もう暁は本当に人の気持ちが汲めないんだから…」


こういうとき真紅さんの対応はとても早いです。

ほんの些細な事でも真紅さんは真剣になってくれます。


「大丈夫です。今日は暁さんをあっと驚かせて見せますから」


そう明るく言います。


「うん、ごめんゆとりちゃん。余計な事言っちゃって」


場が少し気まずくなってきました。


「暁もよく謝ったわね、ゆとりちゃんも暁のいう事なんて気にしちゃ駄目よ?」


「ひどいな、真紅」


二人の言い合いに堪らず笑がこみ上げてくる。


「さあ、それじゃあいただきましょうか」


もうおしまいとばかりに真紅さんは先を促します。


「はい!いただきます」


「いただきます」


そうして私達は食事を始めました。

私の作ったところは不器用で見てくれも悪かったけれど…。

真紅さんはとてもうまくなったと褒めてくれました。

暁さんは驚いた顔でおいしいと言ってくれました。

こんな日々がずっと続くと思っていたのに…。



「ゆとり…」


「お……にい……ちゃ…ん?」


いつの間にか目の前には兄がいました。


「ゆとりすまない…辛い思いさせたな…」


「……………うわぁあん!」


堰を切ったように泣き叫ぶ。

…真紅さんは死んでしまった。

私の嗚咽が止まるまでずっと兄は傍にいてくれました。


「真紅さんが…」


「……」


兄は何も言わずとも全て悟っているようでした。

いつものように私の頭にぽんと手を置きます。


「本当にお前は泣き虫だなあ、ほらっいつも通りに看板娘の元気を見せてやれ」


そういって笑う兄の目元にも微かに雫が溜まっていました。


「それにもうすぐ暁が来るだろう。村のほうも騒がしくなってきている。俺たちも早々にここを出よう」


そのとき急に辺りの音がなくなりました。

暁さんがもうすぐ来る。真紅さんの姿を探して。やってくる。

だから…あとはこうしなければいけない。

入口から入ってきたのは小柄な人影。

一心不乱に辺りを駆け回り、想い人を探しています。


「どこだよ!真紅どこいったんだよ!」


そこへ私は向かいます。

真紅さんはここに居ました。


「真紅さんは……………死にましたよ」


暁さん、あなたは真紅さんの分も…生きるのですよ。



私は暁さんの隣に居られればそれで充分。

暁さんは惨劇を引き起こした家族という事で、もはや村八分の状態。

だけど私が隣に付いて暁さんを守ります。

暁さんはいつも申し訳なさそうな顔で苦笑いをします。


「ゆとり…お前がそう言うのなら俺は止めないが…。

本当にいいのか?これからは辛くなるばかりだぞ」


「大丈夫。だって私一人じゃないもの、暁さんが、それに真紅さんも居る。

それに、これはきっとあしびき様のお導きなの」


「ゆとり…」


兄はそれ以上何も言わなかった。



相変わらず縁側に座りぼーっと過ごしている暁さん。

そこまでお茶を運びどうぞと渡します。


「ああ、ありがとう。ゆとり」


「いいえ、今日もいい天気ですね」


私も隣に腰掛け空を見上げます。

何も話さないけど、穏やかなひと時。


「ねえ、暁さん」


「ん、どうしたの?」


「この先ずっと、いつまでたっても、暁さんは生きてくださいね」


「なんだ、またその話。もう何回も聞き飽きたよ」


「でも、生きていて欲しいんです。ね、約束です」


そう言って小指を差し出します。

暁さんはあきれたような困ったような顔をしていました。


「…しょうがないなあ」


同じように小指を差し出して繋ぎます。


「ふふ、約束ですよ」


「うん…」


指を離し、私は暁さんの肩に寄りかかります。

いつまでも暁さんと真紅さんと一緒に居たいから。


「ずうっと…生きてくださいね…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る