34.来年に乾杯!

「お待たせしました! すりおろしレモンサワーです!」


 運ばれてきたサワーは、いつもの薄黄色ではなく、やや白っぽい。スプーンが差さっているのは、レモンそのものを掬って食べるためだろう。


「冷凍レモンを丸ごと削って入れてるんだって。うわあ、楽しみ!」

「飲んでみようぜ」


 まずジョッキを顔に近付けただけで分かる香りの違い。果肉だけではなく皮の部分の香りもしっかり混ざっていて、華やかさが際立つ。


 続いて飲んでみると、皮も全て削り入れているからか、さっきのレモンサワーより苦味が強い。でもその苦味がアクセントになって、唐揚げとの相性はより増した気がした。


「これ脂モノと合うね、夕晴! レモンピールがいい働きしてる」

「分かる! これと唐揚げで無限にいけるな」


 ハイテンションのまま、唐揚げを小さく切って、このすりおろしレモンサワーに一番合うトッピングの組み合わせを探し始めた。


「私ね、王道マヨネーズにあえて青のりっていうのが結構オススメ。風味が立つよ」

「どれどれ……うん、確かに悪くない。でも俺の七味と粉チーズの方がサプライズ度で上回ってるな」

「うわっ、これやられる! 粉チーズかよ、って思わせてからの意外な相性! でもって七味万能説」


「澄果お姉さま、唐揚げがなくなりそうです!」

「よし、夕晴君、追加するんだ! あとすりおろしレモンサワーも!」


 バカみたいな会話と唐揚げ選手権は、聖夜に似つかわしくないテンションでしばらく続いた。






「美味しかった! 飲んだねえ」

「飲んだ飲んだ」


 時計は22時半を指している。さすがに街も落ち着きを見せ始めたが、それでもまだまだいつもより混んでいて、カップル率も高いまま。


「うう、寒い。髪切らなきゃ良かったかな」


 澄果が横髪の先をった。肩まであったダークブラウンの髪は、顎下くらいまでになっている。


「これからもっと寒くなるし、今切っといて寒さに慣れるのもいいんじゃないか? 似合ってるし」

「……えへへ、ありがと」


 手を繋いで、駅まで歩き出す。


「どうする? 帰るか?」

「んー」


 明日は平日だし、こっちから泊まっていけよとは言いづらい。でも、泊めてと言いづらいのは向こうも一緒だよな。


「……一応、澄果の好きなライチのノンアルカクテルは用意してある」

「ホント!」


 スマートにはいかないけど、できる範囲でエスコートしよう。


「じゃあ、行こっかな」

「おう」


 通りを歩く人々は同じ方向へ。風が後ろから吹き、帰りを急き立てるように背中に当たった。


 右手の甲が冷たい。でも、繋ぐなら手袋はしたくなくて、指を絡める。


「今年ももう終わりだね」

「そうだな。1年ホント早いな」


 童子が来てからの2ヶ月半は特にあっという間だった。


「澄果とももうすぐ1年半か」

「そうだね。夕晴と2回目の年越しだ」


 彼女は俺の顔を覗き込むように前に出た。


「今日、ありがとね。プレゼント一緒に見られたの嬉しいし、レストランの料理もケーキも美味しかった! あ、もちろんレモンサワーも!」


 そして酔って少し赤くなった頰で、破顔する。


「夕晴といるの、楽しいし落ち着く。また来年もいっぱい遊ぼう」


 ああ、うん。俺も、澄果すみかといるのが落ち着くな。


「来年のクリスマスにはさ」


 なんだか顔を見るのは恥ずかしくて、空を見上げる。地元より随分明るくて、カシオペア座だけぼやっと光っていた。


「カレカノじゃなくなってるかもな」


 きょとんとする澄果。ややあって、ニイッと歯を見せる。


「もちろん、良い意味でだぞ」

「うん、知ってる。えへへっ、どうなるだろうね」

「どうなるだろうな」



 彼女か婚約者か、あるいはその先か、はたまた他人になっているのか。

 未来は分からないし、北極星みたいな道標もないけど、今はさっきより顔を真っ赤にした彼女の手が温かいから、それで十分な気がした。






 電車を乗り換え、改札を出て寒い中を歩く。駅近で良かった、もう少しで家だ。

 そうして、マンションが見える曲がり道まで来たとき。


「…………へ?」


 エントランスの前にある、円筒形で囲われた小さな空きスペースに、人が座っている。


 金縁の渦の模様がついた白い着物に雪駄せった。横に置いているのは若葉色の風呂敷。


 720mlの四合酒瓶からお猪口に日本酒を注いで飲んでいる、ショートボブのような黒髪、切れ長の目の、恐ろしいほどの美青年。


「童子!」

「童子君!」

「よう、ユーセイ! やっぱりスミカも一緒か」


 1000歳の鬼、酒呑童子は立ち上がることなく、いつものように妖艶な笑顔を浮かべた。


「一昨日戻ってきたんだ」

「お前、京都の方に移住したんじゃなかったのか?」

「はあ? 僕は京都や兵庫に行くって言っただけで定住するなんて一言も言ってねーだろ? 気に入ったらもう少しいようと思ったけど、全国や世界の酒はこっちの方が種類飲めるし、行きつけも恋しいからな」


「いや、でもお前、なんか長いお別れみたいな感じで……」

「くははっ! お互い色んな事情もあるから、再会できるとは限らねーだろ。シリアスにやっておくもんだ」


 がっくりと肩を落とす。ま、紛らわしいヤツ……。


 でも今日泊めるのはちょっと難し——


「ああ、部屋なら心配いらねーからな、ユーセイ。このマンションの別の空き部屋を借りたから」

「……は?」


 再び驚嘆し、目を見開く。


「駅からも近いし、良い酒屋も居酒屋も多いし、良い街だからな。居酒屋で意気投合したオヤジがいて、酔った勢いで賃貸契約の保証人になってくれるって言ってさ。無事に契約できたわけよ。というわけで、僕がユーセイとスミカを邪魔することはないから安心してくれ」


「いや、うん、それはありがたいんだけど……別に他のマンションでも良かったんじゃないか?」

「何言ってんだよ。部屋のイメージもついてるし、良い酒手に入ったらユーセイと一緒に飲めるし、それに部屋がグチャグチャになったら誰に掃除頼めるんだよ」

「お前こそ何言ってるんだよ」


 完全に頼る気の童子に溜息をついている俺を見て、澄果がクスクス笑った。


「でも童子君、なんで家の前で飲んでるの?」

「まだ部屋入れないのか?」


 俺達2人の質問に「いや、もう入れるけどさ」と返しながらお猪口に酒をぎ足す童子。


「なんかここで飲んでたときのこと思い出してさ」

 言いながら彼は、風呂敷の中から別のお猪口を2つ取り出す。


「あとはまあ、こうやって飲んでるうちにユーセイに会えればと思ってさ」


 そしてそこに酒を注ぎ、ゆっくり立ち上がった。


「それではクリスマスの再会を祝して、乾杯といこう!」



 澄果と顔を見合わせて笑い合う。

 やれやれ、来年もまた、面白い1年になりそうだ。



「お帰り、童子君!」

「またよろしくな!」

「こちらこそ! ユーセイとスミカに乾杯!」

「乾杯!」



 寒空の下だけど格別に美味しくて、3人で一気に飲み干した。


 

 〈完〉

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同居人は酒呑童子 ~サラリーマンと呑み助鬼、まったりお酒ライフ~ 六畳のえる @rokujo_noel

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