第3章 出会いと別れ

8杯目 主従酒 ~パッションフルーツサワー~

15.茨木童子がやってきた!

「はあ、やっぱり家は最高だねえ、ユーセイ」

「お前、いっつも家にいるだろ」


 猛暑にだるシロクマのように、ローテーブルの下に体を入れてゴロンと横になっているぐうたら鬼、酒呑童子。「結構肌寒いから」という理由で、ベッドからタオルケットを持ってきて着物の上から掛け、寝室との境界線を消失させていく。


「1000年も生きてて、今更精力的に動こうなんて思わねーのさ。ゆったりまったり、それが一番。普通に考えてみろよ、定年過ぎたらゆっくり過ごすだろ?」

「いや、そりゃそうだけど、お前別に体にガタが来てるわけじゃないだろ」


「まあな、頭も大丈夫だ。昨日は数独パズルの雑誌を1日で全部説いたぞ。懸賞付きのヤツは応募しておいたから、何か当たるといいな」

「その生活は羨ましいんだかどうだか微妙だな……」


 自分でも笑ってるんだか嘆いてるんだか分からない表情を浮かべていると、童子は「くははっ!」と破顔した。


「ユーセイはストレートに話してくれるから飽きねーな」


 クールな表情に戻しながらも、口角だけはやや上げている。真っ直ぐに俺を見る真っ黒な瞳。久しぶりにしっかり目が合うと、その人間離れした妖艶さに興奮とも緊張ともつかない感情がぞくりと背中を刺した。



「そういえばもう1ヶ月経つんだな、童子が来てから」

「ああ、そうだな。もう少ししたら11月だし、年末もあっという間だな。あ、家賃払うよ、また1ヶ月よろしくな」

「ああ、よろしくするから、家事の1つもちゃんとしてくれよ。物がどんどん増えて——」



 ピンポーン


 会話を遮る、インターホン。マンションのエントランスで誰かが押したらしい。宅急便かな?


「はーい」

 リビングにある備え付けの受話器を取る。


「あの、すみません。春見さんのお宅でしょうか? ボク、その、えっと……」


 カメラモニターに映ったのは、見たこともない男子。いや、ボクという言葉を聞いたから男子と判断したに過ぎない。モノクロの画面だと性別もよく分からない顔立ち。


「そちらに、その、酒呑童子というものが同棲してるかと思うんですけど……」

「…………っ!」


 何かまずい情報が漏れたのかと思い、すぐさま童子に視線を向ける。酒呑童子、という部分をやや小声にしていたので、完全に色んな状況を察している相手だと分かった。


 が、童子にも多少向こうの声が漏れていたらしく、ふにゃふにゃと寝転んだままヒラヒラと手を振った。


「ああ、来たのか。いいぞ、通して。知り合いの男子だ」

「知り、合い……?」


 もう一度モニターを見て、合点がいく。その男子も、着物を着ていた。


「あ、ど、どうぞ」


 解錠ボタンを押す。やがて、早足で廊下を走って近づいてくる音がした。


「今開けますね」


 ノックとほぼ同時にドアを開ける。


 目の前にいた男子は、童子よりやや背が高く、170センチくらい。黒髪は伸ばして後ろで縛っていて、ポニーテールと呼ぶにはやや短い髪の束になっている。


 そして、童子より更に若く、童子から「妖しさ」を除いて「清廉さ」を加えたような、タイプの違う美青年だった。


 童子よりも高い声で彼が挨拶する。


「初めまして。酒呑童子の家来をやってた、茨木童子といいます」


 ポカンとした表情を数秒続けた後、ようやく口を開いた。


「あの、酒呑童子の一番の家来で、一緒に大江山で暴れたっていう……?」

「ええ、そうです。他の家来は死んでしまったのですが、ボクはまだ生きてて……ってそうそう、童子様がお世話になってます。ちょっと失礼しますね」


 ペコリと一礼して、彼は急いで雪駄を脱ぎ、飛び込むようにリビングに入った。そして、大きな叫び声をあげる。


「あーーーっ! 童子様、やっぱり! どうしてこう片付けが出来ないんですか!」

「よう、茨木。相変わらず元気そうだな」


「もう! 飲んだ缶は水で中洗ってから捨ててください! それに読んだ雑誌は戻す、捨てるなら束ねる! そんな風に足伸ばしてたら春見さんがゆっくりできないじゃないですか! 人の家に住むならきちんと生活して下さいよう!」


 そしてテキパキと部屋の片づけを始める茨木童子。

 これは……ひょっとして良いヤツ?





「すみません、春見さん。童子様がご迷惑を……」


 掃除機までかけてくれた茨木童子が、童子の後頭部を押しながら一緒に頭を下げる。


「イテテ、良いんだよ茨木。俺もたまには家事やってるんだから」

「たまにじゃ困るんですよ! 2人で生活するなら2人で日々やらないと!」


 面倒そうに目をキュッと細め、眉間に皺を寄せる童子。表情から「いつも通り細けーな、ったく」という愚痴が伝わってきた。


「いえいえ、茨木さん、ありがとう。今日掃除しようと思ってたから助かったよ。さすが家来、童子の面倒見は完璧だな」


 俺のお礼に、彼は頭が地面につくかと思うほどガックリと肩を落とした。


「昔からこうなんですよ……伝説では人間から童子様が襲われたときにボクは逃げおおせた、みたいなことも言われてますけど、実際はあまりにも童子様のフォローが大変でちょっと離れてたんです! 昔はやんちゃだったからすぐ思いつきで行動するし、他の鬼にも配慮なく邪険にするし、山の自然は汚すし……」


 横で童子が「おうおう、懐かしいな」とカラカラと笑う。


「人間として生きてくことにしてからも、こうやって誰かの家に行っては生活力ゼロの呑兵衛で迷惑かけっぱなしで。最近はぐうたらになったから余計大変ですよホントに。何回か居場所聞いたのに全然返信なくて、ちょっと前にようやく連絡来たからこうやってお邪魔できました」


「いやあ、ユーセイ。茨木が来ると部屋が住みやすくなるだろ? 助かるんだよ」

「童子様! ホントは童子様がここまでやるんですよ!」


 けろっとした童子の肩をガクガクと揺する茨木童子を見て、思わず吹き出してしまった。ダメな大将と気配りのできる部下。このデコボココンビが1000年も続いていたかと思うと、これはこれで名コンビなんだろうなあ。



「あ、そうだ、春見さん。これ、お土産です!」


 持ってきた2つの風呂敷のうち、まずは片方の結び目を解く。中から出てきたのは、色とりどりの果物。


 そして、もう1つの瓶型に包まれた風呂敷から出てきたのは、オシャレとは縁遠いゴテゴテしたラベルの麦焼酎だった。



「新鮮なフルーツいっぱい手に入ったんで、これでサワーやりましょう」

「お、いいな茨木! 飲もう飲もう! 準備してくれ!」


 くるりと童子の方を向き、満面の笑みを浮かべる茨木童子。


「童子様も手伝ってく・だ・さ・い・ね」

「はあ? 面倒だよー、1人でやってくれよー」

「ダメです、しっかり手伝って、住まわせてる人の苦労も知ってください」


 ずりずりと腕を引っ張られ、キッチンへ連行される童子。

 俺はそれを見て、本日2回目の吹き出し笑いをした。

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