16.つかず離れず、一千年

「色んなフルーツありますけど、まずはこのサワーから作りましょうか。旬ではないですけど、出来が良いってオススメされました」


 グラスや酒を準備した茨木童子が手に取ったのは、淡い紫色の球体。


「パッションフルーツ、だっけ?」


 やや首を傾げながら訊くと、彼はその中性的な顔でニッコリ頷いた。


「そうです。日本名はクダモノトケイソウですね」

「ちゃんと日本の名前があるのか。トケイって、あの時計か?」


「ええ、花の付き方が針っぽく見えたのが由来です。ちなみに海外だと、キリストが十字架にかけられた姿に似てると言われてます。だから、『キリストの受難』を表わすパッションが名前についてるんです」

「あれ、情熱って意味じゃないのか!」


 へええ、酒繋がりでどんどん新しい知識が増えるなあ。


「おい、茨木、早く作れよ」

「はいはい。じゃあ童子様、焼酎の瓶開けてください」


 グラスに氷を入れ、そこに麦焼酎を大さじ2杯、ガムシロップポーション1つを入れて、ソーダをなみなみと加える。


「ここでフルーツを、と」


 茨木童子がパッションフルーツを切ると、夏を想起させる爽やかな香りとともに、種を包んだゼリー状の果肉が姿を見せた。それを贅沢にまるまる1つ分、スプーンで掻き出してグラスに入れて、しっかり混ぜる。


「よし、乾杯しましょう! あ、待ってください、お2人に配るものが……」


 解いた風呂敷の中から取り出したのは、いやに直径が太いストローだった。


「茨木さん、これ、あれだよね? タピオカミルクティーとか飲むときに使うヤツだよね?」

「ええ、これで飲むのが良いんですよ」


 シンクでちゃっちゃと洗って、全員のグラスに差す。


「んじゃ、茨木と僕との再会を祝って、乾杯!」

「乾杯!」


 薦められるままに太いストローで啜ってみたが、すぐに理由が分かった。食感の良いパッションフルーツの種入り果肉が、ストローから直接スポッスポッと入ってくるのだ。まさにタピオカと一緒。


 ストローを通ってくる炭酸が口の中で一気に爽やかさを広げ、そこに果肉が遊びに来る。食べられる種を歯でパリパリ噛むと果肉もほぐれ、酸味の効いた爽快感を加速させる。


「美味い!」

「くははっ、いいなこれ! 僕も何杯でも飲めそうだ。茨木、腕上げたじゃねーか」

「喜んでもらえて良かったです! あ、ちょうど肴もできますね」


 いそいそとキッチンに向かう茨木童子。やがて皿に盛ってきたのは、茹でたニラをざく切りして水に浸したもの。ニラのお浸し、といったところだろうか。そこに、溶いた卵黄をかけ、醤油を垂らした。


「……茨木さん……何、これ?」

「ニラ玉です」


 いや……俺の知ってるニラ玉じゃないけど……。


「普通のとは違いますけど、これはこれで良いんですよ。食べてみてください」


 笑顔の茨木童子に促されるまま、箸で一口食べる。


「……おお! これいいな!」


 普通のニラ玉だと、どうしても玉子は玉子、ニラはニラと味が分離してしまう。

 その点、この卵黄型のニラ玉は、ニラにべったり卵黄がついてる形。一体感のある味を保ったまま、黄身のまろやかさがクセのあるニラを包み込み、食べやすさが格段に増していた。


「茹でて黄身かけるだけだろ? これは簡単だ、今度俺もやってみよう」

「おっ、ユーセイがやってくれるなら僕は味見の担当だな」

「何言ってるんですか、童子様も春見さんを手伝ってあげてください」


 真面目に童子の世話を焼いていた茨木童子。




 しかし、酒が進むにつれて、様子が変わってきた。


「らからね! ボクは童子様が心配なんれすよ!」


 やや呂律の回らない叫びで、童子の肩をガシッと掴む。


「毎回毎回、人間に迷惑かけて。これからしゃんとやっていへますか!」


 軽く首を絞められている童子。俺の方を見ながら指を差し、「ほら、コイツはコイツで面倒だろ?」と言わんばかりに口をひん曲げた。

「分かったろ、ユーセイ。コイツの酒癖の悪さは大江山の時代から有名なんだよ」

「1000年間も変わらない特徴って逆にすごいけどな」

 むしろなんでどの文献にも載ってなかったのか不思議だ。


「ちょっと、童子様! もっと反省が必要なんじゃないれすか! ボクはいっつも心配ひてます!」

「あの、茨木さん、お酒もそのくらいに……」

「そうだぞ、茨木。分かったから落ち着け」

「まったく、世話の焼ける主人です」


 ゴクリとグラスを干し、手で扇ぐ。色白の頬にやや赤みが差しているその顔は、どんな人間でも視線を奪われるだろう。


「茨木もなんだかんだ文句言うわりには僕と一緒にいるよな」


 童子が苦笑いすると、彼はきょとんとした顔を見せた後、にへっと口元を緩ませた。


「だってねえ。童子様といるの、飽きないんですよねえ」


 そう言ってニラ玉をパクつく。


「山追われてから日本の色んなところで過ごしましたよねえ。まあ変な仕事もしたし、お金なくて川の魚獲ったり、知らない人の家に泊めてもらったり、ホント退屈しません」

「まあ、よく生き延びたもんだよ、僕もお前も」


 童子はけ反って、くははっ、といつも通り笑い声をあげた。


「でも、900年前くらいから大体こうやって数ヶ月に1回しか会わなくなりましたよね」

「え、そうなの!」


 全然会ってないじゃん、という驚きで目を丸くしていると、童子がヒラヒラと手を振る。


「100年も一緒にいれば、お互いのことは十分分かる。あとはべったりしてる必要はねーさ。つかず離れず、たまに顔見て、元気なら良い。だから茨木とは今でも親友でいられる」

「ですね。ボクも今くらいの距離感がちょうどいいです。このペースも自然と決まっていくんでしょうね」


 2人で顔を見合わせる鬼達。


 そうだよな、人間だってきっと何年も一緒に過ごしてたら、お互いの歩調見ながらペース合わせていくんだろうし、1000年なら尚更だよな。つかず離れず、長く一緒にいるために、お互いの心地いいリズムを見つけていく。そうやって、平安の頃から歳月を重ねてきたんだろう。


「おっ、からになった。次のフルーツサワー作ろうぜ。ユーセイ、新しいグラスくれ!」

「はいはい」


 茨木童子も大分酔いが治まったらしい。うん、これで安心して帰ってもら——

「あ、春見さん。急で恐縮なんですけど、ボク1週間くらいここに泊まらせてもらえませんんか?」


「……へ?」


「この近くで幾つか予定があるんです。あと、少し童子様とも遊びたいので!」

「おう、構わねーぞ。茨木がいるなら平日も退屈しないな!」


 勝手に返事をした童子を目で威嚇したものの、こう頼まれると追い出しづらい。やれやれ、大賑わいだな……。


「ああ、うん。良かったら使って」

「わあ、ありがとうございます! 日中の家事は任せてくださいね!」


「茨木、ベッド好きに使っていいからな」

「3人も寝られないっての」


 結果、夜にじゃんけんで負けた俺が、ソファで寝ることになったのだった。

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