17杯目 聖夜酒 ~すりおろしレモンサワー~

33.クリスマスに追いレモン

「はー、ステキな店だった。夕晴、ごちそうさまでした」

「いえいえ、喜んで頂けたなら何よりです」

 紳士を気取って手もつけて一礼すると、澄果は「ぎこちないね」と笑った。



 街が白と緑と赤に包まれる、クリスマスイブ。今年は日曜に被っているということで、都内ではどこもカップルで賑わっている。


 俺と澄果も「恋人っぽいことをしよう!」と意気込み、百貨店でコフレを見て回り、イルミネーションに照らされた通りを散歩し、高級とまでは言えないものの普段は行かないようなイタリアンでちょっとしたコースを堪能した。



「いやあ、しかしすっごいね、イブ。大盛り上がりじゃん!」

「日曜だから去年よりすごいな」


 いつも混んでる街だけど、今日はその比ではない。21時だというのに、これからがピークだと言わんばかりに人で埋め尽くされていた。


 丈の長い、濃いコバルトブルーのチェスターコートの前を留める澄果。たまたま俺もブラウンのチェスターだったので、お揃いみたいでちょっと照れる。


「澄果、このあとどうする? 言っておくけどサプライズで高級ホテルとかは取ってないからな」

「ちぇっ、残念」

「その代わり温泉だろ」

「イエス! 行くの楽しみ!」


 前から行きたいという話になっていたので、仕事納めした翌日から1泊しに行く。2人で温泉は初めてだから結構楽しみだ。


 と、急に風が強まる。切ったばかりの彼女の茶色い髪を、頬になびかせた。寒いし、早めに動いた方が良さそうだな。


「夕晴はもう少し飲める?」

「ああ。飲み直すか?」

「うん、そうする!」


 プレゼントの入った紙袋を大事そうに抱える澄果。多少の出費ではあるけど、特別な日だし、これだけ喜んでもらえるならやった甲斐があるってものだ。


「どこにするよ? バーとか?」

「んっと、それじゃあね……」






「いらっしゃいませ! 2名様、奥のテーブルにどうぞ!」


 サンタの帽子を被った店員さんに通される。さっきのイタリアンとは180度違う、肩肘張らない大衆居酒屋。


「こういうところで良いのか? まだクリスマスなんだぜ?」

「いいのいいの。カッチリしたところ続くと疲れちゃうし、なんか揚げ物とかホッケとか食べたい気分だった」


 メニューを開いてすぐ、店のイチ押しメニューに目が留まる。


「レモンサワーが幾つもあるな」

「なんか面白そう! 私、この『冷凍レモンサワー』にする」

「ううむ、普通のレモンサワーも捨てがたい……けど俺も冷凍にしようかな」


 料理と一緒に注文し、出てくるまでの間はおしゃべり。


「夕晴のところ、仕事納めの日に忘年会なの?」

「いや、水曜にやる予定。最終日は夜にもう実家帰る人とかいるからな。澄果のところは先週やってたよな?」

「やってたけど、最終日も時間ある人がいるなら軽く行こうって感じ。うちの部長飲むの好きだからさ」


「大変だな……実家はいつ帰るんだ?」

「31日。2日には戻るから、夕晴3日空いてれば初詣行こうよ」

「いいね、行こう行こう」


 いつも通りのトーンで話す。この雰囲気がとても居心地が良い。


「おっ、来た来た」


 勢いよく運ばれてきたのは、輪切りのレモンが何枚も入ったレモンサワー。


「あっ、このレモンが凍ってるんだ」


 澄果が指先でレモンを触りながら驚いていると、店員さんが説明してくれた。


「氷が溶けると飲み物が薄まっちゃうじゃないですか。なのでレモンを凍らせて氷代わりに使ってるんです」


 なるほど、果実を入れられる酒だと、そういう裏技が使えるのか。


「それじゃ夕晴、メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 ジョッキをゴンッとぶつけ、喉を鳴らして一気に飲む。焼酎の独特の香りやアルコール感がない、スッキリとしたサワー。唇に当たるレモンの冷たさが新鮮で面白い。


 レモンも皮ごと食べられるというので皮の部分をかじってみると、酸っぱすぎず苦すぎず、何枚でも食べられそうなフルーツだった。


「飲みやすくて美味しい! 苦くない!」

「これすごいな。レモンサワーに力入れてるだけあるわ」


 2人でキャッキャと騒いでいると、店員さんが「お通しでーす!」と小皿を持ってきた。入っていたのは、くし型に切られたレモン。


「え? お通し?」

「はい、シロップに漬けてあるんでそのまま食べられます。あと『追いレモン』でサワーに絞ってもらってもオッケーです! 1回まではお替りできまーす!」


 追いレモンという耳馴染みのない言葉に思わずニヤニヤしてしまう。なるほど、徹底的にこだわってるんだな。


「レモンサワーって今結構ブームだよね」


 澄果がお通しをかじり、「これイケる」とばかりに親指を立てながら話し始めた。


「レトロっぽい居酒屋が増えたからかな? 単純にどんな料理にも合うってのもあるけど」

「だな。あとは健康志向もあるんじゃないか。使ってる焼酎は糖質もプリン体も0だし、ビタミンCもクエン酸も摂れる」

「確かに。女子はビタミンCの美肌効果も気になる」


 大きく頷いた彼女が、クスクスと笑う。


「お酒、詳しくなったね」


 言われて気付き、「ああ、そうかも」と笑い返す。


「童子にさんざん聞かされたからな。自分でもちょっと調べてみると歴史とか宗教と繋がったりしててさ、面白いなあと思って」


 ちょっと前まで何も考えずに飲んでたけど、何がきっかけになるか分からないもんだ。


「お料理お待たせしました!」


 続いて出てきたのは、人気No.1メニューと銘打たれていた唐揚げ。衣から聞こえるジュウウ……という音で、揚げたてであることが分かる。


 一緒に運ばれてきたのはトッピングセット。マヨネーズ、粉チーズ、魚粉、タバスコ、青のり、オリジナルスパイス……自分の好きなものを好きなように使えるのは、自分の中の「男子」の部分が大喜びする。


 まずは何もつけずに一口。ガシュッという小気味良い音と一緒に、柔らかい鶏肉の食感が楽しめる。衣の味も濃すぎず、トッピングするのにちょうど良い。


 少し脂っこくなった口にレモンサワーを流し込むと、瞬間、酸味の効いた爽快感で上書きされた。


「相性抜群だな!」

「うわー、この店ハマる!」


 2人ともジョッキが空になり、次の一杯を求めてメニューを開く。通常メニューに挟まっている、ペライチの特別メニューがトンッと落ちた。


「おっ、澄果、これどうよ」

「え、何これ!」


 指を差した先には、「すりおろしレモンサワー」という大きな赤色の文字が踊っていた。

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