22.それは意外な組み合わせ

「いや、これは違うんだよ、真乃まの!」


 彼女から連絡を受けて数分後。俺は高校時代の50m走にも負けないダッシュを繰り出して家に着き、研修の都合で泊まりに来たという妹の春見真乃に必死で弁解する。


 マズいマズいマズい! 誰にでも親戚って設定を通していたのが逆効果だ。妹に親戚が通じるわけがない。むしろ明らかにウソとわかる分、怪しさが増すぞ!


 どう誤魔化す? 小手先じゃダメだ、力づくだ!


「こいつとは、その、友人でさ!」


 上は黒とグレーのストライプシャツ、下は黒スカートのドッキングワンピース。

 毛先を巻いた茶色寄りの黒髪を揺らす彼女の、やや融点を下回った眼差しが、俺の言い訳を凍らせる。



「じゃあなんで親戚なんて嘘ついてるの? 普通に友達だからシェアルームしてるって言えばいいのに」

「ああ、うん、それは、うん、はい、まあ、うん、ええ」


 あらゆる相槌を使い、会話を繋げる。横では童子が「僕のせいじゃないからな」というけろっとした表情でゴロゴロと床に転がっていた。


「おい、お前もなんか言えよ」


 手招きして童子に声をかける。すると彼は真乃をじっと見た後、少し伸びた髪を耳にかけつつ、照れた演技をして口を開いた。


「まあ、その、僕達は……言えない関係だよな」

「おいこら!」


 目が点になる真乃に、「ジョーク! ジョークだから!」と叫ぶ。その後ろで童子は「くははっ、たまには面白いな、こういうのも!」と言わんばかりに吹き出している。コノヤロ、他人事だと思って!


「あのな、真乃、色々理由があってな……」


 その後、上司へのプレゼン並にアレコレ言葉を付け足し、「たまたま飲み屋で知り合った友人で、意気投合して一緒に住んでいる」「他の友達に経緯を話すのも大変なので、親戚を泊めていると伝えるようにした」「真乃が来ることを伝えてなかったから、童子もいつものクセで親戚と言ってしまった」と流れるように説明。なんとか真乃からも「ふうん、そういうこと」と呆れ顔で納得してもらえた。


 ふう、危ない……なんとか乗り切ったか……?



「マノ」

 童子が彼女の両肩をガシッと掴み、ジッと顔を見つめる。


「変な誤解させてごめんね。僕とユーセイはホントにただの友達だから。信じてくれると嬉しいな」

「あ、え、ええ……」


 出た、ホストで磨いた武器、憂いと優しさをたたえた表情。完全に真乃が女子の顔になってる。


「よし、マノは明日早いんだったな。酒は飲めるか? ナイトキャップして早く寝ようぜ」

「なんだよナイトキャップって」

「寝付くために飲む酒のことだ」

「結局酒かよ……」


 寝室に追い立てられて部屋着に着替え、真乃と一緒にテーブルの上を片付け始めた。





「最近どうなんだ?」

「んー? 別に普通だよ」


 童子がキッチンで酒を準備している間、束の間の兄妹水入らず。会って話すのは正月以来だろうか。


「でも来年異動になるかも。本社のバックオフィス行くなら人事と総務どっちがいいか聞かれた」

「支店多いと転居も大変だな」


 彼女は生命保険の会社に勤務していて、今は都心から少し離れた支店にいる。新卒は何年かに1回ローテーションがあるらしく、始めはカスタマーサポートにいて、ここ2~3年は内勤営業として外回りの営業担当の補佐をしていた。


「ホントにさー、なんでジョブローテなんてあるのかなあ。慣れてきたタイミングで違うことやらされたらまたイチから覚えなきゃじゃん。非効率の極み」


 顎を突き出して、ふはぁと大きな溜息をつく。気怠そうなトーンでストレートに話すのは相変わらずだな。


「そうそう、澄果さん元気?」

「あ? 元気だよ」

「そっかあ、一度会ってみたいなあ」


 期待に満ちた表情で唇をむにむにさせる真乃に「機会あればな」とお茶を濁す。

 ふとしたきっかけで澄果を撮った動画を見せて依頼、「めっちゃ可愛い人じゃん!」とファンになっているらしい。



「そういうお前はどうなんだよ」

「もう枯れてるよ。何人かからお誘い受けることはあったんだけど、この人は何か合わないだろうなあ、と思って断っちゃってるんだよねえ」


 うまくいかないなあ、と彼女は頬に溜めた空気をぶしゅーと吐いた。


「わりーな、待たせた」


 ちょうど会話がひと段落したところで、童子が日本酒らしき酒瓶を持ってきた。


「今日のはちょっと面白いヤツだ」


 言いながら、瓶の蓋をキュッと回す。一口ずつ注いでるのを見ていると、その液体にはややとろみがあって、グラスに垂直な線状の跡をつけた。


「まずはそのまま、乾杯。マノ、いらっしゃい」

「ありがとうございます、乾杯!」


 どっしりした甘みの果物を彷彿とさせる香りに誘われながらグラスを近付ける。口に含むと、新鮮な驚きが舌を刺激した。


「甘っ!」

「え、何これ!」


 真乃と一緒に小さな叫び声をあげる。マンゴーのような濃厚な甘みと、ライチのような甘酸っぱさが、濃醇なお酒の中に溶け込んでいる。


「日本酒の中でも少し特殊な、貴醸酒きじょうしゅってヤツだ」


 グラスを回し、とろみのあるその酒の跡を付けて遊びながら、童子は続ける。


「日本酒は普通、最後に水を入れて発酵させるんだけど、貴醸酒では水の代わりに日本酒を入れるんだ」

「酒で酒を発酵させる?」


「そう、贅沢だよな。で、アルコール発酵ってのは、酵母が糖をアルコールに変えるんだけど、酵母自体はアルコールに弱くてそのうち死滅する」

「自分でアルコール作るくせに自分が弱いのか」


 人間も火をおこせるけど火に弱いだろ、と彼はカラカラ笑った。


「酒を入れると、分解するはずだった米の糖を分解する前にアルコール度数が上がって、酵母が活動停止するんだ」

「なるほど、糖がそのまま残るから甘くなるんだ!」


 大きく頷きながら、真乃がグラスの残りに口をつける。


「そうそう、シロップみたいだろ。だからこういう味わい方もあるぞ、マノ」


 いそいそとキッチンに走る童子は、カップのバニラアイスを持って戻ってきた。小皿にアイスを盛り、そこに大きなスプーンで貴醸酒をかけた。


「……美味しい! お兄ちゃん、これやばい!」

「だな!」


 バニラの甘さとお酒の甘さが混じり合って、飲み込んだ後にはほのかにアルコール感が舌に残る。ラムレーズンとはちょっと違った、新しいお酒風味アイスという感じ。


「デザートも兼ねてるからナイトキャップにはピッタリだよな」


 自分のアイスをペロリと平らげ、彼は真乃にちらと視線を合わせた。


「さっきの仕事の話、アイスと日本酒みたいなもんだろ。異質なものが組み合わさって、新しい味になることもあるからな」


 それだけ聞いて、言いたいことが何となく伝わった。


 仕事の配置転換もきっと同じようなもので。新しい部署で真乃の前部署の知識やネットワークが活きたり、彼女にとっても幅広い経験を積んだ社員になれるチャンスだったりするんだろう。


 彼の意図は真乃にも伝わったようで。


「恋愛も一緒、かな。ちょっと合わなそうでも、食事くらい行ってもいいかもね」


 かもな、と童子は微笑む。と、彼の手元に目が行った。


「……ちょっと待て童子。お前、何こっそり自分のアイスよそってんだよ」

「チッ、ユーセイめざといな。いいじゃねーか、減るもんじゃなし」

「減ってるだろ!」

「あ、童子君、ズルい! 私にも!」


 大盛り上がりのデザートタイム、結局もう1個アイスを追加することになった。



***



「んじゃ、いってきます」

「おう、いってら」


 早朝。玄関先で真乃が、「ね、ね」と顔を寄せてくる。


「童子君、私結構タイプかも」

「アイツはやめておけ。ヒモになるタイプだ」

「えー、それは困る」


 笑って出ていく彼女を見送り、コーヒーのお湯を沸かしながらYシャツに着替え始めた。

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