4杯目 デート酒 ~ロングアイランド・アイスティー~
7.彼女と一緒に飲む夜は
「ごめーん、遅くなった!」
「いんや、そんな待ってない」
ビルの7階。居酒屋、と呼ぶにはややオシャレ過ぎる店の個室テーブル席で、対面に
針金を曲げて作ったようなオブジェを冠した間接照明が、オレンジ色にボウッと光る。
グレーとブラックを基調としたグレンチェックのワンピースに、気候に合わせて羽織れるネイビーの薄手ジャケット。
10月上旬の初秋らしい、シンプルで落ち着いた服装が、カールしながら肩に乗るダークブラウンのミディアムヘアにマッチしている。
顔には金曜日らしい疲れが少し見えるけど、しっかり化粧したその華やかな顔に数秒見蕩れてしまった。
「会うの久しぶりだな」
「だよね、2週間ぶりとかじゃない?」
そうだな、
「とりあえず飲み物頼もうぜ。花金だぜ花金」
「私はね……梅酒! ソーダ割で!」
「料理は後で頼むか」
店員さんを呼び、生中と梅酒を「とりあえず以上で」と頼む。
「元気してた?」
「一応な。そっちは?」
「山は越えたんだけど、ちょっと聞いてよ
ジョッキとグラスが来る前に猛烈な勢いで話し始める彼女が可笑しくて愛しくて、ずっと頷いていた。
2歳下の彼女、
大学も会社も違う彼女とは、この前遊びに来た
そういう会に慣れてない同士、なんとなく話が合い、何回かデートして付き合い始め、1年とちょっと。小さな小競り合いはあっても大きなケンカはなく、日々連絡しながらたまにこうして遊んでいる。
彼女も俺と一緒で「詳しくないけどお酒は好き」というタイプなので、平日夜はご飯デートが多い。お互い1人暮らしなので、少し遅い時間でもお誘いできる。
「よし、乾杯しよ! お疲れ!」
「お疲れい」
運ばれてきたお酒を持ち、コンッと優しくぶつける。「お疲れさまです」なんて最後までは言わなくていいのは、気軽で気楽だった。
「料理どうするよ? 好きなものどうぞ」
「へえ、フレンチっぽいのね」
きちんと表紙のついたメニューを開き、店員さんに何品か注文する澄果。20代半ばはコスパ重視でコース料理にしていたけど、この年になって「お互い好きなものを食べる」ことの楽しさを感じるようになった。
「あっ、ごめん夕晴! 借りてた漫画返そうと思ったのに忘れちゃった!」
「いいよ、今度会うときで。どうだった?」
「良かったよー! 3巻のケンカするシーンと7巻の花火のシーン、ぼろ泣きしちゃった」
電車で読んでなくて良かったあ、と苦笑する澄果。
「花火のシーンいいよな。俺も、もうそこで時間止まれって思ったもん」
「分かる! あれは時間止まっていい」
「いいよな。でもそこで時間が経つ残酷さも良い」
他愛もない話を、好き勝手に広げていく。共通の話題が1つでもあると、お酒が進むもんだ。
「あ、今度さ、doping robotのライブあるんだけど、一緒に行かない?」
「んー、いや、私今回のアルバムはイマイチだったからやめとく」
「おう。じゃ誰か誘ってみるかな」
サバサバしてる、とは少し違う、澄果の距離感が好きだ。
趣味も出かけるのも全部一緒じゃないとイヤだ、というのは懐いてもらってる嬉しさもある反面、窮屈さもあって。
彼女の「行きたくないものは行かないから、そっちも同じでいいよ」というスタンスは、長く一緒にいてもストレスのない心地良さだった。だからこそ「アレもコレも声かけなきゃ」というプレッシャーなしに、気兼ねなく誘うことができる。
もちろん、顔だって好みだけど。少し猫っぽい顔立ちだから、なんとなくそっけないタイプなのかと思いきや、甘えてくるときのギャップはなかなか胸を高鳴らせるものがある。
「白レバーのパテと砂肝のコンフィです」
店員さんが料理を運んできた。皿で埋まったテーブルが、一気に華やかになる。
「美味しそう! 写真撮る!」
「撮ろう撮ろう!」
まずはバターナイフでパテを取り、薄切りのバケットに乗せて食べる。濃厚な肉の味だけど、オリーブの香りも手伝って重たくない。ホントにレバーなのかと疑いたくなる、クセのない味わい。
そして、普段焼き鳥でしかお目にかからない砂肝。コンフィはオイル煮のことだったっけ。
爪楊枝で刺すと、焼き鳥のあの歯応えからは想像ができないくらいプツッとやさしく通っていく。頬張ると、クニュクニュした独特の食感とスパイスの効いた塩気が口の中で広がった。
「すっげー美味い!」
「いいね、これ! バケットお替りしよ!」
大盛り上がりで食事が進む。何を食べるかより誰と食べるかが重要なんていうけど、やっぱり何を食べるかだって重要で、澄果と食べられるならそれが余計に美味しくなる気がした。
「そういえば、淳平結婚するんだってさ」
「へえ、由香さんと!」
「めでたいよなあ」
友人の話、今日見た夢の話、行きたい封切り映画の話。話題は尽きなくて、食事も酒も会話もどんどん進む。
「次のお酒どうする?」
「ううん、サワーでもいいなあ。そういえば俺、最近サワーとハイボールの違い知ったんだけどさ……」
一気に飲んでグラスが空になったので、スムーズに話題が移った。覚えたてのネタもトークに織り交ぜながら、穏やかな時間を過ごしていく。
***
「あ、そうだ」
今日の目的の一つを忘れるところだった。
「あのさ、話しておかなきゃいけないことがあるんだけど」
「ん、何ー?」
「実は、親戚と同居することになってさ」
「え、女子?」
「バーカ、男だっての。童子っていう珍しい名前のヤツなんだけど……」
そして、淳平に対してと同じように説明をする。イケメンだけど着物着てて口が悪く、びっくりするくらい酒好き。といっても酔うのが好きというより味が好きというタイプで、知識も豊富。ぐうたらの割に酒のための努力は惜しまない。言ってたら相当な変人に思えてきたな……。
「で、今日澄果に会うって話したら、会いたいって言ってたんだよ。近くで一人酒してるみたいだから、帰るときにちょっとだけ顔合わせ——」
「おーい、ユーセイ!」
店内に響き渡る、中性的な声。思わず個室から顔を出すと、ビストロに似合わない白い着物。明るく手を振りながら童子がやってきた。
「いやあ、あんまり良い酒置いてなかったからすぐに出てきちゃって——」
「ちょっとこっち来い」
ポカンとしてる澄果に目を合わせないようにして大慌てで席を立ち、童子と端っこのスペースに移動する。さながら、舞台袖でネタ合わせしている芸人のよう。
「お前なんでもう来てるんだよ! 終わるときに声かけるって言っただろ!」
「だって飲みたくねー酒しかなかったのに店にいても仕方ねーだろ。ユーセイ近くにいるっていうから来たんだぜ」
ウキウキした顔で眉を上げる。こっちの都合も考えてくれよ……。
「あと1時間くらいどこかで潰せないのかよ」
「大丈夫だって、邪魔にはならないからさ、気にするなよ」
「それは俺が決めることだっての」
後ろを見ると、澄果が顔を覗かせて小さく手招きしている。俺は観念して、童子を従えて戻った。
「さっき話してた親戚の童子。予定が早く終わったみたいだから、悪いけど3人で飲もう」
「スミカだよな、話はよく聞いてるぜ。ユーセイと一緒に住んでる童子だ、よろしくな」
「こんばんは、童子君。よろしくね」
微笑みかける澄果に、童子も口角を上げて返しながら俺の隣に座った。テーブルが一気に狭くなる。
「よし、じゃあ次は何飲む? 僕はカクテルにしようかな」
「お前のペースで進めるなっての」
俺と彼女と、そして鬼。世にも珍しい取り合わせのデートが始まった。
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