Page.49 首狩りの首魁

「ボス、これが今週の成果ですぜ」


『ふむ……』


 砂漠にそびえる賊のアジト、魔神の蟻塚。

 その一室には賊のリーダーギェノン、そして物言わぬ生首がいくつも並べられていた。


「部下も含めてだいぶ頑張りやした。その分、魔界からの支援物資ははずんでくれると助かりやす」


『うむ……わ……った』


「今日はノイズが酷いな……」


 ギェノンは機械の箱を軽くたたく。

 箱にはガラスの面があり、そこにボスの姿が映るはずなのだが、今日は灰色の砂嵐が目立ちハッキリしない。


『ギェノン……聞こえておるか』


「ああ、今聞こえやしたよ!」


『成果に関して問題はない。良く働いている。報酬も存分に送るとしよう』


「いやぁ、毎度ありがたい」


『しかしながら、何か我に報告し忘れていることはないだろうか?』


「いやいや、首を隠し持ってるなんてことはありやせんよ。こっちの報酬が減るだけですから」


『狩った首以外に……何か我に言うことはないか?』


「……失礼かもしれやせんが、その話の運び方は俺の口から報告するまでもなく、すでに知っているように聞こえやす。残念ながらこっちに心当たりはありやせん」


『そうか……』


 ギェノンの額に汗が浮かぶ。

 今日のボスはいつもと雰囲気が違う。

 いつもならば首の数を確認してそれでおしまいだ。

 首はあくまでも敵を狩った証明でしかない。

 ボスが首そのものを欲しがっているわけではないのだ。


『ならば、我の口から話すとしよう』


「申し訳ありやせん……ね」


『今日、アジトに魔王が来たらしいな』


「っ!? どこで……それを?」


『フ……思いあがるなよ。お前の部下もそもそもは我が与えたに過ぎん。いくらでもそちらの情報を知ることは出来る』


「へ、へへ……そうですかい。で、魔王がアジトに来て何か問題が? 別に悪だくみなんてしてやせんよ。報告しなかったのも、必要ねぇことだと……」


『お前にも話したことがあるだろう……。冥約のページを奪い取り、魔王になるという我が悲願を!』


「…………」


『魔界の闇に巣くうの悪鬼などと呼ばれ裏社会に長年身を置いてきたが、いくら求めても冥約のページはこの手をすり抜けていった……! 時に裏切られ、時に運に見放され、たった一枚のページが手に入らなかった……!』


「それはご愁傷さまで」


『本来ならばありえんことだ! 魔界学園などという保護施設ができたからと言って、すべての魔王の子が保護され無事に成長できるわけではない! 生まれた瞬間に親に売られる子もいるだろう! だというのに我の元には回ってこない! 本当に存在するというのか……魔王を選ぶという見えざる大いなる意思が……』


「それで、俺は何をすればいいんでしょうか? ボス」


『そのアジトに来た魔王を捕獲しこちらに渡せ。冥約のページを奪い取り、我が魔王となった暁には人間界への進攻を開始する! ギェノン、お前も我が魔王軍に将として加われ』


「ありがてぇ話だ。一兵士じゃなくて将として見てくださるとはね……。ですが、俺はどうも侵略には乗り気じゃありやせん」


『なんだと?』


「俺はボスに恩がある。魔界で身寄りのなかった俺を拾い、生きる術を叩き込んでくれた。まあ、組織が人材確保のためにやってる捨て子狩りに遭遇して、決まった教育プログラムをやらされただけなんですが、それでも恩は恩だ」


 ギェノンは昔を懐かしむように目を細める。

 裏社会のギャングの教育に容赦などない。

 死んだらそれまで、誰にも惜しまれぬまま死体は処理され永遠に忘れられる。

 楽しい記憶などほぼないが、ただ苦しいだけの記憶と切り捨てるには惜しい日々……。


「俺は力を認められ、人間界に送り込まれた。そこからはずっと俺と同じような境遇でギャングの手先にならざるを得なかった奴らと戦って……殺すことで飯を食ってきた」


『殺しに嫌気がさしたなどと軟弱なことは言うまいな?』


「ああ、それは言いませんよ。むしろ、自分の手が血に染まることで守れるものがあると知った。流されるままに戦ってきた俺に感謝してくれる人がいた。義賊みたいに扱われるのが、嬉しくなっちまった」


『ふんっ、情に流されおって……。我としたことがお前を人間界に長く置きすぎたな』


「その通りさ! 俺は人間が嫌いじゃねぇ! たとえ向こうが俺をバケモノ扱いしても、不条理に殺す気は起きない!」


『それで一丁前に我の傘下から独立しようというのか?』


「そうだ! 仲間とも相談して決めた。『アニキがいいならそれでいい』の一点張りで会話にならねぇバカどもだったが、思いは一緒のようだ」


『仲間とも相談して決めたか……クックックッ……。それは本当に仲間だったのか?』


「ああ、仲間さ」


『はたして十秒後に同じセリフを吐けるかな?』


 画面の向こうのボスが指を鳴らす。

 十秒間の沈黙。

 そして……。


「なにも起こりやせんよ。ボスの息のかかった奴らはこの定期報告通信の前に拘束済みですぜ」


『なに……?』


「恩人であるボスの夢を忘れちゃいませんよ。だからこそ、魔王さんをウチに招き入れた時、やっちまったと思った! 確実に密告されるってね。だから、ずっと考えてた独立を今日宣言しようと思った」


『ククク……フッフッフッ……なるほど……』


「拘束した奴らは送り返しやす。別に交換条件もない。まあ、強いて言うなら今週分の支援物資は送ってくれると助かりやすが……期待はしてやせん。組織から抜けるってことは裏切りと同等だ」


『……惜しいな』


「へ?」


『実に惜しい! ギェノン、お前には間違いなく将となる才能がある! ただ誰かに従うことしか出来ない腰抜けどもとは違う!』


「そりゃ、どうも……」


『だから、惜しい! 組織のボスが欲するのは自分で考える頭のある部下だ! しかし、自分で考えられる者は自分がボスになろうとする! それが当然なのだがな! ハッハッハッ!』


「じゃあ、俺の独立も認めてくれるってことですかい?」


『そんなわけはない……とお前もわかっているだろう。我は砂漠を支配したい。有力な魔王が周辺にいないザーラサン砂漠こそが我の覇道の最初の一歩にふさわしい』


「俺はそれを許せない」


『我も考えを変える気は無い。つまり、殺し合いが答えになる』


「覚悟の上だ。次会う時は戦場だなボス。いや、ダストン!」


「果たしてそうかな?」


「なにっ!? そんな……なんでだ!?」


 背後からの声に振り返ったギェノンは、目玉が飛び出んばかりに目を見開く。

 そこにはスーツを着た巨体のオーガ……ボスであるダストンがいたのだ。


「ありえない! あんたはさっきまで魔界にいて通信で会話してたはずだ! こんな突然の次元移動を魔界次元通信局が許すはずない!」


「覚えておけ……いや、ここで死ぬのだから覚える必要もないか。冥土の土産に教えてやろう。魔界の実力者たるもの、管理局の力を借りずに次元を移動するすべくらい持っているものなのだ」


 天井に出来た次元の裂け目から新たな物体が出現する。


「なんだ……こいつは……?」


 異なる大きさのパーツをつなぎ合わせ、なんとか人の形を保っている機械仕掛けの巨人。

 金属同士が擦れ合う音、きしむ音、動力の音がまるで唸り声のように室内に響く。

 そんなおぞましい兵器の中で、ギェノンが一番気になったのは右手に装備された武器だった。


(なぜこの巨体に対して爪楊枝みてぇな剣を持たせてるんだ……?)


 あまりにも不釣り合いな小さな剣。

 だというのに、剣にはいくつもの動力パイプが繋がれ、右手自体も他パーツに比べて肥大化している。

 まるであの巨体でもまだ剣を持つにふさわしい姿ではないとでも言うように。


(それに、あの頭部は……)


「アニキー! デカい音がしたんっすけど大丈夫っすか……って、なんじゃこりゃあああああああああ!!!」


「モノゴ! 騒ぐんじゃねぇ! いつか来る戦いが今日になっただけだ」


「それって十分騒ぐくらい大ごとっすよ!?」


「とにかく野郎どもに知らせろ! 戦いだってな!」


「へ、へい!」


「待てモノゴ! お前でも誰でもいい、暇そうな奴にザンバラに行けって伝えろ!」


「た、戦いなのに暇なわけないっしょ!? なんで今そんなことを!? カーニバルを見てる場合じゃないっすよ!」


「今朝の魔王さんを探せ。そして、こう言え。探してる物を見つけた……ってな」

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