Page.45 砂漠に住む鬼
「首狩り鬼人、ザーラサン砂漠に住み着く賊の一人です」
褐色の肌の少女アイシャはそう切り出した。
場所は明るい大通りに位置する行列の出来る食堂。
安心して過ごせる人気店だが、ちょっと人気店過ぎる気もする。
わいわいがやがやしていて真剣な話をする場としてはふさわしくないかも。
「まずザーラサン砂漠、特殊な環境です。砂漠と言っても水資源が豊富です。地下に綺麗な水がたくさんあります。オアシスもたくさんあります。生活する水、困りません」
「確かにこのザンバラも地下水が豊富と聞いた。この店も飲み水がなかなか安価だ。普通の砂漠の町ではこうはいかんだろう」
「ええ。そして、ザーラサンは古代遺跡も多いです。古代、すごく昔の……学者先生も頭を抱える超技術眠ってます。中にはまだ使える物も見つかります」
「古代の技術が……!」
俺たちはにわかに色めき立つ。
求めている物が存在する確率はグッと高まった。
「でも、まともな調査進んでません。理由は賊がいっぱいいるからです。オアシス、古代遺跡、とても住みやすいですが、そこに行くまでの砂漠は厳しい環境です。巨大な芋虫デスワームなんかも襲い掛かってきます。賊の討伐はなかなか進みません」
「戦いにおいて有利なオアシスや古代遺跡を拠点に賊がはびこっているわけか……」
「はい、いっぱい勢力あって毎日争っています。砂漠の周りの町に入り込んでは略奪、殺人、やりたい放題です。でも、倒しきれません。何とか防ぐだけ」
「だから、ザンバラに入る時の検査は特別厳しかったんだね」
「憲兵さん……頑張ってます。私にも優しいです。でも、悪い奴らが入ってくるのを完璧には抑えられない……。やつらは卑怯な手を使って町に入ってきます!」
「それは……許せないね」
急に罪悪感が……。
俺たちも検査を誤魔化して入ってきた張本人だ。
でも、魔王というだけで略奪なんてするつもりはない。
「首狩り鬼人はそういった賊の一人で、ある勢力の
「ではなぜ人々に恐れられているのだ?」
「わかりません……。中には親が子どもをしつけるために生み出した架空の悪者なんて言う人もいます。でも、仲良くしている憲兵さんに話を聞くと、そうでもないみたいです。詳しく教えてくれませんが、反応が違います」
「ふむ……なんとも不思議な怪人もいたものだな。ますます興味が湧いたぞ。明日にでも砂漠に乗り込もうと思うが皆はどうだ?」
パステルの提案にみんな好意的だ。
機械人形が動かなくなった以上、こんな期待できる情報を見過ごすわけがない。
探している首はきっとそこにあるのだと思い始めている。
「では、明日の朝から向かうとしよう。夜の方が涼しいが初めての土地で視界が悪いというのは……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 話聞いてくれてましたか? 砂漠は危険な場所です。お宝手に入れる前に、命失います。やめた方がいいです!」
「忠告はありがたく受け取っておくぞアイシャ。しかし、我々がここまで来た理由がそこにありそうなのだ。尻尾を巻いて逃げるわけにはいかん。本当は賊のうじゃうじゃいる灼熱の砂漠なぞ行きたくないが、魔お……お嬢様としてな!」
危ない危ない……賊を恐れる少女に魔王だなんて明かすわけにはいかない。
「俺たちは賊よりも強いんだ。アイシャも見てたよね? このパステル……お嬢様が人さらいを華麗に倒すところを」
「え、ええ……」
「お嬢様の付き人である俺たちはお嬢様よりもずっと強い。この意味がわかるかな?」
「す、すごい! どなたが一番強いんですか!?」
「…………」
俺はメイリをちらりと見る。
まあ、生活面においても戦闘面においても間違いない。
「こっちのメイド服を着た……」
「こちらのエンデ様が最強です」
「わぁ、すごい! 全然そういうふうには見えませんでした!」
「メ、メイリ……」
「本当のことを申し上げたまでです」
メイリは性格的に男を立てるなんてことはしない。
どうやら彼女の中で俺の評価は高いらしい。
「まあ、誰が最強かは置いておいて俺たちのことは心配しなくていい。いざとなれば逃げ帰る場所もある。それよりアイシャは大丈夫かい?」
「ええ、私も慣れてますから」
首狩り鬼人の話をする前に、アイシャは自分の過去を話してくれた。
彼女は小さい頃両親とこの町に観光に来て、一人だけ置いていかれた。
はぐれたのではなく、意図的に放置されたようだ。
理由は今となってはわからない。
泣く泣く育てられなくなったのか、それとも……。
彼女は一時的に保護された後は、一人でたくましく生きてきた。
しかし、後ろ盾も何もない彼女は犯罪に巻き込まれやすい。
心配する気持ちはある。
でも、屋敷まで連れて行くわけにはいかない。
俺たちも戦いに巻き込まれやすい。
パステルがいる以上、戦えないアイシャを守ってあげられる自信はない。
残酷なことを言えば、戦力にならない味方を増やすのは本来の目的からブレる。
救ってあげる気もないのに心配はする俺は、人として最低なのだろう。
この罪悪感を紛らわすため……と言うわけではないが、情報提供のお礼としてアイシャにお金を渡した。
彼女は遠慮したが、やがて受け取ってくれた。
「お礼するはずがお礼されてしまいました。でも、嬉しいです。私はこのお金でもう少しご飯を食べていきます。エンデさんたちはお先に……」
「いや、何か食べるなら俺たちが払うよ。何が食べたい?」
「いえいえ! もう十分です! これ以上は申し訳ない! 気にしないでください!」
「アイシャがそこまで言うなら……」
押し付けては礼にならない。
俺たちはアイシャを残して店を後にした。
なんか急に追い返された感じが引っかかるけど……。
「アイシャ……急にどうしたんだろう? ありがた迷惑だったのかな?」
「そんなことはないだろう。ただ人に親切にされ慣れてないのかもしれん。あるいは礼として渡した金をすぐに他のことに使いたいのか……」
「どういうこと?」
「みなで一緒に食事をしていたのに、自分一人で食べるから先に帰れとはなかなか言わんだろう。金はこちらが払うと言っているのにだ。何か我々から離れたい理由があったのかもしれん」
「急いでお金を持っていく必要があることなんて……なんか不安になってきた……」
「気持ちはわかるがあまり気にするな。仲間に加えるわけにはいかない以上、深入りすれば別れが辛くなる」
「でも、あの態度の変わり方は引っかかる。ちょっと食堂まで戻ってアイシャがいるかどうか確認してくるよ。本当にまだご飯を食べてたら彼女は一人でご飯を食べるのが好きな女の子で済む話だし」
自分自身、ちょっと感情的かなって思う。
この町の情熱的な夜に影響されているのか。
それとも単純に嫌な予感……胸騒ぎなのか。
「おいおいマジかよエンデ。もうホテル前だぜ? こっから引き返すのかよ。乙女の身の安全を心配するお前は男の中の男だと思うが、お前の一番守るべき乙女はここにいるんだぜ?」
「もう食堂にいなかったら帰ってくるさ。深追いはしない。ここのホテルの厳重な警備とメイリとサクラコがいれば安心だ。本当にすぐ帰ってくるから」
「だってさ。パステルはどう思う?」
「私としてもアイシャのことは気になっている。別に止めはせんが……本当にすぐに帰ってくるのだぞ? 朝帰りなど許さんからな!」
「わ、わかってるって……」
急にパステルがムスッとしちゃったな。
これはなおさら早く帰ってこないと……。
と言っても、ホテルから食堂へは徒歩でも十分くらいだ。
駆け足でいけば……この通りあっという間に到着だ。
「この時間でも店は混んでるなぁ……。俺ならこんな人気店に一人で居座り続ける勇気はないけど……っと」
窓から俺たちの座っていた席を確認する。
見知らぬ家族がそこにいた。アイシャの姿はない。
「やっぱりどっか行っちゃったみたいだなぁ」
こうなると俺たちから離れたかったと考えるのが自然か。
この広い町でもう一度出会うには、彼女の方から話しかけてきてくれない限り無理だろう。
理由は気になるけど、すっぱり忘れるのが吉だ。
「…………きゃ……ああ……」
一瞬、女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
町の喧騒にすぐかき消されてしまったけど、空耳ではない。
竜の力を持つ俺には、普通の人には聞こえない声も聞こえる。
「路地裏……か」
それもかなり近い。
深くも考えず路地裏に入り込む。
明かりも届かぬ狭い路地は薄暗い。
やましいことをするにはもってこいだ。
「炎……松明?」
路地裏の一画から赤い光が漏れている。
そこにいたのは……およそ人間とは思えない異形の者たち。
そして、麻袋に詰め込まれているアイシャだった。
「……っ!」
「むっ!? 誰だ、そこにいるのは!?」
「ちっ……」
気配は断っていたはずなのに驚きで一瞬揺らいだか……。
それに気づく相手もなかなかの手練れ。
さて、どのタイミングで仕掛けるべきか。
「
答えは速攻……!
そっこう……あれ? いない!?
さっきまで異形の者がいた場所には誰もいない!
してやられた!
まさか俺を見て即行で逃げ出す奴がいるなんて想像もしなかった!
それだけ俺も強くなってきたってことか?
いや、あくまでも人をさらうという目的を優先しただけか……。
それより、追わなければならない。
神経を研ぎ澄ませて、奴らの魔力の残り香を感じ取るんだ。
「…………」
わかる……わかるぞ。
集中状態になると微かに能力が上がる。
パステルが【
「ここか……!」
目を凝らすと足元に開けられそうな蓋があった。
ここから地下に逃げたようだ。今なら追いつける!
蓋を開けて地下へと降りる。
足に硬い感触……石造りの通路か?
ところどころに松明が設置されていて視界は確保できる。
やつらの魔力もまだ追える。
それにしても……ここはやけに綺麗だ。
町に比べて地下通路の方が進んだ建築技術が使われているように見える……。
これが古代遺跡ってやつなのか?
独りで走っていると、なんだか違う時代に迷い込んだようで不安になる。
「あ……出口だ!」
天井から光が漏れている。
賊も相当焦っていたのか今回は蓋を閉じていない。
急いでハシゴを登る。
地上に戻って最初に視界に入ったのは、地平線まで広がる砂の海だった。
ここは……砂漠だ!
あの地下通路は賊が憲兵の目をかいくぐって町に忍び込むルートだったんだ。
なおさら見逃すわけには……。
「ぎゃああああああああああ……!!」
ドサッと俺の足元に何かが落ちた。
とっさにそれを拾い上げたことを……俺は後悔した。
「うっ……!」
胴体から切り離され、苦悶の表情を浮かべる首だった。
その顔に見覚えがある。
一瞬だが顔を見たさっきの賊たちだ。
「すまない。それは俺の落とし物だ」
声の主はさらに二つの生首を持っていた。
そのどちらもアイシャをさらった賊のものだ。
俺が追いつくまでのわずかな時間で、三人の首を切り落としたのか。
賊もそれなりに手練れだったはずなのに……。
「首を渡せ。持ち帰らねばならん」
赤い肌の巨躯、額から伸びたツノ、鋭い二つの眼……。
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