Page.46 首を求める者
「ど、どうぞ……」
手に持った賊の生首をオーガに差し出す。
別に欲しくて手に取ったわけじゃない。
「助かる。じゃあな」
三つの首を抱えてオーガはこの場を去ろうとする。
俺はとっさに思いもよらない言葉を発した。
「俺の首は狩らないのか……?」
「……狩ってほしいか?」
そんなわけない!
なぜ俺はこんなことを聞いた?
……いや、簡単な話だ。
このオーガが何を基準に首を狩っているのかを探るためだ。
麻袋の中から出ているアイシャの首はつながったままだ。
「ふっ、オーガは好戦的な種族ではあるが、理性がないわけじゃねぇ。敵意なき者の首を狩って喜んだりはしない。お前は俺の敵ではないのは見ればわかる」
「そうか、話ができそうで良かった」
この男からは知性を感じる。
あのことを話しても問題ないかもしれない。
「一つ聞きたいことがある」
「俺が首を狩る理由か?」
「いや、それも気になるけど……今はいい。俺たちは機械人形の首を探しているんだ。首を集めているなら、機械の首を手に入れたことはないか?」
「機械の首……?」
「えっと、人間の首っぽいけど金属みたいな質感で血も流れないし……」
「それはわかってる。そうだなぁ、俺は今までたくさんの敵と戦い首を狩ってきたが、その中に機械の敵はいなかった。つまり……知らねぇな」
「そうか……」
「集めた首の中に機械の首はない。だが、心当たりはある」
「ほ、本当!?」
「ああ、俺たちのアジトは『魔人の蟻塚』っていう巨大な岩の中をくりぬいて作られた古代の建造物だ。その地下にはわけのわからねぇ機械がゴロゴロ転がってる。その中には人間の首っぽいもんだけじゃなく、体の方もあった。どれも動かねぇガラクタだがな」
「そ、それでも全然かまわない! 俺たちに探索させてくれないか?」
「別に断りはしねぇが……お前は俺が怖くないのか? 小柄とはいえ魔族の中でも戦闘能力が突出した種族オーガなんだぜ?」
「そ、それで小柄……? まあ怖いは怖いけど、わざわざ遠くから砂漠まで来たもんでね。ここで引きさがるわけにはいかないんだ」
「ほう……それなりに場数は踏んできてると見える。俺の名はギェノン! お前は?」
「エンデだ」
「エンデ……か。そんじゃ、お仲間連れてアジトに来い。歓迎するぜ。あっ、本来の意味での歓迎な? あばよ!」
アジトはこの地下通路の出口から朝日に向かって進めば嫌でも目に入るらしい。
パステルたちを連れて明日にでも向かおう!
◆ ◆ ◆ ◆
「ただいまパステル! 遅くなってごめん!」
「本当におそぉぉぉぉぉぉいではないか! 何をしていたらこんな時間になるのだ? 言ってみろ。聞いてやる」
気絶しているアイシャを背負ってホテルに帰還したのは夜が明けるギリギリ前。
パステルは出会ってから今までで一番怒っていた。
「アイシャには出会えたようだなぁ? やたらぐったりしているようだが、今まで何をしていたのだ!」
「へ、へんなことは何もしてないよ! いや、おかしなことが起こったのは確かだけど、やましいことは何もしてない! 全部話すから信じてほしい! いや、ある意味信じられないかもしれないけど!」
俺は路地裏の出来事、そして首狩り鬼人ギェノンとの出会いを話した。
よくよく考えればおかしな話だ。
首狩り鬼人の話を聞いたその夜に本人に出会うなんて。
これならアイシャとやましいことをしていたと言う方がまだ本当っぽい。
でも、俺は断じてやましいことはしていない!
「うむ、よくわかったぞ」
「パステル……信じてくれるの?」
「当たり前だ。私だってエンデが嘘つきだなんて思っていない。ただ、あまりに帰りが遅いから不安ばかりが膨らんでな……。さっきは勝手な思い込みで怒鳴ってすまなかった。許してくれ」
「俺こそごめん。すぐ追わないといけなかったから、連絡も出来なくて……」
「さてさて、仲直りが終わったところで背負ってるアイシャをベッドに寝かせてやろうぜ」
サクラコの提案でアイシャをベッドに横たわらせる。
すると、ほどなくしてアイシャは目を覚ました。
「あ……エンデさん……。ここは……? 私、路地裏に連れ込まれて……その後砂漠で……」
「賊はもういない。ここは俺たちが泊ってるホテルのベッドさ」
「そう……ですか。また助けられてしまいましたね……」
「むしろ、俺たちがお金を渡したせいで襲われたんじゃと思って……余計なことをしたかな」
「いえ、私にお金は必要ですから」
「それは……」
「借金ではありません。悪い人に横流しするわけでもありません」
アイシャはキッパリと否定した。
俺たちもホッと胸をなでおろす。
「ただ、この町で女が大金を持ち歩いているというだけで危険なので、早めに秘密の隠し場所にお金をしまいたかったんです。でも、どうやらお店の段階で目をつけられていたようで、すぐに襲われて私ごとお金持っていかれそうになりました」
「あんな大通りの店にも賊が紛れ込んでいるなんて……。俺たちの注意不足だ。怖い目に合わせてごめん」
「いえ、慣れてますから。それにお金をくださったこと自体はすごい嬉しかったです。私……お金貯めてますから」
「良かったらその使い道を教えてくれるかな?」
「……故郷に帰る交通費です」
「故郷ってことは……」
「はい、私を見捨てた両親のいた場所です。きっともう両親もいないと思います。いたとしても歓迎はしてくれないと思います。私にとってもはや故郷ではないのかもしれません。でも……時折無性に恋しくなります。帰りたい……その思い止められない夜あります」
「…………」
「でも、本当に帰るのか未定です。ザンバラも愛着あります。危険ですが情熱のある町ですから。まあ、前までは悩むまでもなくお金が全然たまらなかったんですけどね。手元にお金がある今はもっと悩んじゃいます」
「ごめん……」
「どうして謝るんですか? 私の言葉の意味わかりませんか? 少し言葉下手ですからもしかしたら? 私はエンデさんたちに感謝してます。百パーセントです。お金もらえてラッキーです。むしろ軽い気持ちでもっとくれてもいいですよ?」
アイシャは俺の手を強く握る。
熱い……彼女の手は温かいというより熱いんだ。
それが力強さを感じさせる。
「たくさんお金持ったら危険です。仕方ないことです。みんな奪ってでも欲しいですから。でも、だからと言ってずっと貧乏は嫌です。だから、危ないことに巻き込まれても、お金くれた人恨みません。善意でくれたこと……私のここにちゃんと伝わってます」
胸元、心臓の位置に俺の手を押し付けるアイシャ。
戦う力がないからって、相手を弱い人間だと思うのはうぬぼれだな。
彼女は強い人間だ。
「うん、もう謝らないよ。アイシャが喜んでくれるならそれで良かった」
「はい、それでいいんです。もっとくれてもいいんですよ?」
アイシャが手を差し出してくる。
この場合は……どうすればいいんだ?
「冗談です。なんでも真剣に悩むのエンデさんの悪いクセ」
「は、はい」
「私はこれからどうしようか考えます。でもその前に、もう一人お礼を言いたい人がいます。砂漠で私をさらった賊を退治してくれた鬼人さんです」
「あの時の記憶があるの?」
「うっすらと思いだしてきました。目を覚ましかけていたのですが、その……見たものが鮮烈すぎてすぐにまた気を失ってしまったんです。でも、残酷な方法でも私を助けてくれた事には変わりありません。お礼したいです!」
「じゃあ、アイシャもいこうか。首狩り鬼人のアジトに」
「はい! よろしくお願いします!」
「パステルもそれでいい?」
「アイシャがついてくるのは構わんが、そのオーガが信用できるかどうかは不安だな。エンデ的にはそいつをどう見る?」
「俺が今まで出会った人の中では、かなり理性的な部類に入ると思う。見た目はいかついし、喋り方もぶっきらぼう、戦い方は残酷だけど、なぜか真面目さを感じるんだ。まあ、俺の人を見る目ってまるで信用できないけど……」
裏切りの黒幕を見抜けなかったこと二回もあるからな……。
でも、今回のギェノンは信用できる男だと思う気持ちは揺らがない。
「何度も裏切られた男がそれでも信用するというのならば、それは信じるに値すると私は思うぞ。まっ、また裏切られたら戦えばよいのだ。今は私も多少は腕が立つからな」
パステルが親指を立てて笑う。
まったく、いつからこんなに強気な笑みを浮かべられるようになったんだか。
うちの魔王様もカッコよくなってきたな。
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