Page.26 カエルの迷宮
迷宮の中は……地獄どころか癒し空間だった。
「蓮の花の咲く池、カエルの石像、小さな滝、蛍……」
湿気を含んでひんやりとしている空気はとても澄んでいる。
修羅神の迷宮は小さな魔境と聞いていたが、ここは俺たちの住んでいる魔境とは真逆の環境のようだ。
呼吸をしても毒を吸う心配はなく、むしろ空気を吸えば健康になりそうだ。
「知ってるかエンデ。こういうのを『わびさび』って言うんだぜ。俺の昔いた国にもこういう庭園があったなぁ~」
サクラコが蓮の池をのぞき込む。
どうやら中にはカラフルな魚が泳いでいるようだ。
ニシキゴイといって金持ちが飼う魚らしい。
「それにしても、あのお嬢様はこのしゃれた庭にどうやって追い返されたんだ? まさか苔の生えた岩に足を滑らせて、池に落ちたから逃げ帰ってきたなんとことはないよなぁ~」
ズシンッ!
サクラコの言葉を否定するかのように地響きが起こり、天井から巨大なカエルの石像が降ってきた。
その衝撃でサクラコは足を滑らせ池に落ちる。
「……なるほど、ちゃんと障害は用意してあるって言いたいわけね」
カエルの巨像は置物ではない。
歩みこそ非常に遅いが前進している。
先に進むには道を塞ぐこいつを破壊しなければならない。
エンジェはおそらく破壊することが出来なかったから外に押し出されてしまったのだろう。
「
俺の毒の爪は溶かしつつ相手を切り裂ける。
だから硬い相手でも攻撃は通るが、あの巨像を倒すとなると何百回も爪を振るう必要がありそうだ。
時間的に間に合うかどうかわからない。
となると俺の最大呪文である【
あの呪文は禁呪だ。
発動には膨大な魔力だけでなく、激しい負の感情が必要になる。
パステルのためにこの迷宮を攻略しなければならないという使命感はある。
だが、目の前のカエルの巨像に対しては怒りや憎しみを抱くところか、見た目的に可愛さすら感じる。
今の俺には心の奥底から湧き出てきて止めることのできないドス黒いものが存在しない。
【
「サクラコ、雷の魔法でどうにかならない?」
「残念ながら俺の体から出てくる電気は魔法じゃないんだ。威力も人間を気絶させるくらいが精いっぱいさ」
サクラコは体の中から黄色く発光する石を取り出す。
「
「へー、便利な石があるんだなぁ~」
「便利という言葉では済まされない代物ですよ。サクラコの話が本当なら」
メイリが興味深そうに
そんなに貴重な石なのか?
でも、そこそこ高い武器とか防具にはだいたい魔力を増幅する宝石が付いている気がするし、メイリが食いついてくる話題とは思えない。
「エンデ様はおそらくそこらへんの武器屋に飾られている宝石付きの装備を思い浮かべていると思われますが……」
「あっ……うん」
「それらの宝石の効果はあくまで増幅です。つまり火魔法を使う時に火属性に対応した宝石に魔力を通すことで威力が上がるといった仕組みです。あくまでも持ち主がその属性の魔法を使えなければ意味がありません。しかし、この石は魔力を勝手に変換してくれるわけですからとんでもない代物なのです」
そうか、昔の俺が武器屋で宝石付きの装備を買っても、俺自身に魔法がないのでそれは装飾が派手な武器に過ぎない。
でも、
加工すれば魔本が白紙の人でも魔法が使える武器を作れるかもしれない。
「とんでもない石じゃないか!」
「そうです。サクラコ、この石をどこで手に入れたんですか?」
「あー……まあ、昔いた国ではこういう石が採掘できたんだよ。ほとんど国外には出回ってないけど……。あ、断じて盗んだわけじゃないからな! そこだけは信じてくれよ! さあ、わかったならさっさとあのバカでかい石ガエルを何とかしようぜ! 無駄話とはお前らしくもないぞメイリ!」
「まあ……そうですが」
メイリが巨像ガエルに向き直る。
袖をまくり上げ、腕に赤い炎のリングを灯す。
その数は三つだ。
「神の作った石像が相手ならば、出し惜しみする必要もないでしょう」
ためらいなく巨像ガエルの懐にもぐりこみ。
よどみなく魔法を放つ。
「火の第三段階……
白熱する炎の弾丸がカエルの腹に撃ち込まれる。
それは内部で爆発し、内側から巨像ガエルをバラバラに砕いてしまった。
「お怪我はありませんかパステル様?」
「ああ……大丈夫だぞ」
「空気中の湿気で少々爆発の威力が落ち、そのせいで破片が大きくなってしまいました。本当はもっと粉々に砕ける予定だったのですが……申し訳ございません」
「それは別に構わんのだが、あれで威力が落ちているとはなぁ……」
やっぱり単純な攻撃力はメイリが一番だ。
どんな状況でも安定して火力が出せる。
サクラコは正面からの戦いに向いてないし、俺も生き物相手なら毒でごまかせるけど石の怪物となると苦労する。
バーンと敵を吹っ飛ばせる魔法が禁呪以外にないもんなぁ……。
このダンジョンはやたら生き物の命を無駄にしないためか、障害となる敵はすべて自然の物質と魔力で作り上げられている。
こちらとしても気軽にぶっ壊せるしありがたい。
まあ、軽く壊せるのはメイリだけなんだけど……。
通常魔法の火力不足は解決しなければならない俺自身の課題だな。
今はとにかくパステルの近くにいて盾になるとしよう。
回復魔法もあるからサポート要員としてはそこそこだ。
俺らしい立場と言えば俺らしい立場だけど、パステルの隣にいたいのなら力不足だ。
なんたってパステルをサポートしても彼女は戦えない。
彼女を守りながら敵を倒すのは俺の役目だ。
器用貧乏ではなく、万能型にならなければならない。
現状パステルの戦闘における役目はない。
ただ後ろをついてきているだけだ。
この姿がどこからか俺たちを見ているであろう修羅神にどう映るか……。
しおりは修羅神につき一枚だけ。
手に入れる権利はこの四人全員にあるけど、実際に授けられるのは一人だけだ。
その相手に一番戦っていないパステルを選ぶだろうか?
……選ばざるを得ないようにすればいいだけか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺たちは階段を上がっては下がって、魔法陣でワープしては穴に落ちてみたりと迷宮の中を進んだ。
正直ここが塔の中であるということを忘れてしまいそうな異次元空間だってけど、意外にも道はほぼ一本道で迷うことなく迷宮の最奥につながる扉の前にたどり着いた。
倒した敵の数はかなり多い。
ここの修羅神は頭を使って迷宮を攻略するよりも、力で硬い敵を打ち砕くことを求めているように思えた。
まさに修羅の神の思想だ。
それだけに俺の中にずっとある不安が的中しそうな気がするが……問題ない。
「いくよ!」
代表として俺が大きな扉を押し開ける。
その奥はだだっ広いドーム状の空間だった。
なんというか、天井の中心からデカい敵が落ちてきそうな雰囲気がすごいある……。
その予感は見事的中し、べちょんという音をたてて生きた巨大ガエルが姿を現した。
なるほど、最後は生き物を殺せというわけか。
試練の締めくくりとしては理にかなっている。
ただ……このカエルには敵意がない。
大きくてまん丸な目でどこかをまっすぐ見つめながらゲコゲコ鳴いているだけだ。
襲い掛かってこないぞ。
これはちょっと……いや、かなりやりにくい……。
まさか、こんな状況でも目的のために殺せるかという試練なのか!?
「おーおー、何をそんな怖い目でワシの相棒を見ておるのだ」
「カエルがしゃべった!?」
「違うわい!」
巨大ガエルが口を開けると、舌の上に女性が転がされていた。
一見ふざけているようなカエルの被り物が目を引くが、手足の水かきや異常に長い舌を見れば彼女が人間ではないことは一目でわかる。
「そうそう、ワシがゲーゴシン。この迷宮の主というわけだな。とりあえずお疲れさん……と言っておこうか」
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