Page.5 魔王屋敷の夜
「うわ……こりゃとんでもないなぁ……」
屋敷の中は外観以上に豪華だった。
ゴルドを疑ったことが申し訳ないと心から思うくらいに。
「暗いな。明かりがついていないのか」
パステルがパチンと指を鳴らすと、リビングに設置されたシャンデリアが輝きだした。
す、すごい……めっちゃ魔王っぽい!
「どういう仕組みなのこれ! いったい何で光ってるの!?」
「落ち着けエンデ。まず、この屋敷の設備を動かすエネルギーはエンデの魔力だ」
「え? でも、俺は魔法なんて使ってないよ?」
「当然だ。勝手に拝借しているのだからな」
一瞬「え……」という声が漏れてしまったが、パステルの話を聞けばすぐに納得できた。
そもそも魔力というのは消費しても時間と共に回復する。
つまり、大体の生き物には魔力を生み出す能力があるわけだ。
この能力は常に働いていて、場合によっては余計な魔力をため込んで具合が悪くなったり、ため込めずただ無駄に発散するだけだったりする。
この屋敷やそんな無駄な魔力を吸収して、便利な家具を動かすエネルギーにしてくれているのだ。
しかも、勝手に! 場合によっては健康にも良いという優れもの!
「エンデはハイドラから力を受け継ぐまでは魔法が使えなかったという話だが、今はむしろ魔力にあふれておるようだ。おかげで屋敷に入って数分なのに明かりもつくし、魔力が必要な家具も動いておる」
屋敷の中を回って一つ一つ部屋や家具をチェックしていく。
部屋の数はとんでもないし、人間界では見たこともない家具がいくつも置かれている。
「これだけの豪邸だとゴルドさんも相当対価を払ったんだろうね。家を買って、さらに送り込むのにも対価がいるだろうし」
「どうだろうな。家自体はもしかしたら、知り合いから流してもらった売れ残りかもしれんぞ」
「え、どうしてそう思うの?」
「魔界の土地は基本狭いのでな。一般的な住民にはこの大きさは手が出ない。しかし、有力者が住むにしては小さい」
「あー、要するに売り込むターゲットがハッキリしてないんだ」
「うむ、防犯機能も半端だな。ガーゴイルとゴーレムがフル稼働する時はもう法に触れる戦闘になってしまう。コソ泥撃退には過剰戦力だ。あと、魔力遮断効果がある薄いバリア発生装置もある。強度は頼りないが、屋敷の中を魔法で探られにくくはなる。こちらは魔界に住むならもっと強力なのが欲しいな」
「でも、人間界のしかも魔境に住むなら結構最適な家じゃない? あんまり大きくても建てる場所がないし、こっちなら侵入者相手にいくらガーゴイルが暴れても問題ない。バリアも霧避けには十分だ」
「そうだな。ゴルドは投資すると決めたら半端なことはしない。おそらく安いからだけでなく、適しているからこれを送ったのだ。保護者としてはまるで評価できないが、そこは評価できるし信用している」
屋敷の見回りを終えた俺たちはリビングに戻ってきた。
大きなソファーに二人で座り、暖炉の火を眺めているとドッと疲れが押し寄せてきた。
そういえば俺、今日一回死にかけたんだった……。
普段の日常を何十倍にも濃くした一日だ。
もしかしたら、これまでの何十年かの人生よりも今日の一日の方が濃かったかもしれない……。
「エンデ、服も体も汚れているしシャワーでも浴びてきたらどうだ? その方がよく眠れるぞ。私は後で入るから気にするな」
パステルの言葉に甘えて、俺はシャワーを浴びることにした。
服を脱ごうとすると毒にやられて倒れこんだ時の土汚れや、刺された手首から飛び散った血や、パステルの涙の跡とか、いろんなものが目に入る。
確かにこれで眠れというのは無理な話だ。
しっかり今日の汚れは今日で落として、明日からの新しい生活に備えよう。
シャワーヘッドから出てくるお湯は熱めだ。
どういう仕組みになっているのかわからないけど、今の俺にピッタリな温度だ。
なかなか底辺冒険者やってるとシャワーも浴びられないからなぁ。
ゆ~っくりと使わせてもらおう。
それにしても、今日は体だけでなく頭もフル回転だった。
次元を隔てて隣にある世界『魔界』。
その境界を管理する『魔界次元通信局』。
魔王の証明である『冥約のページ』。
複雑なようで結局は争いを楽しむための『魔界の法』。
そして、人間界を舞台に行われる『覇権争い』。
正直、すべてを理解できてはいない。
全部覚えていて俺に説明も出来るパステルは本当にすごい。
きっと頭は彼女の方が良いんだ。
でも、力は俺の方がある。
ひっそりと暮らしたいだけのパステルを殺して得をする者が、この世界と向こうの世界にはたくさんいる。
そんな奴らから彼女を守るのが俺の役目だ。
難しいことはまた必要な時にパステルが説明してくれるだろう。
本来ならば魔王の方がその配下より強いはずだが、俺たちは違う。
立場的には俺が断然有利。
想像もしたくないけど、俺がパステルを裏切っても竜の魔本があれば外の世界で生きていける。
でも、彼女の方は違う。
その命運を他人に握られている分、不安も大きいはずだ。
……こんな事ばっかり考えていると、ゆっくりもしてられなくなってきた。
体は十分洗えたし、温まった。
パステルの様子を見に行こう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「シャワー終わったよ。熱くて気持ちよかったしパステルも早く入った方が良いよ。ちゃんと着替えの服も用意してあるし至れり尽くせりだね」
リビングに戻った俺を出迎えてくれる声はなかった。
俺は焦って彼女がいたはずのソファーを確認する。
「眠ってるだけか……」
ホッと一息つく。
パステルは待っている間に眠ってしまったようだ。
俺と会うまでも寝ていたけど、それ以降もハードな出来事がたくさん続いたから疲れていたんだろう。
起こすのもかわいそうだし、このままベッドに運んであげよう。
小さな体の下に優しく腕を入れて持ち上げる。
その体は思っていた以上に軽い。
来ている服が大きめのローブみたいなものなので、体の正確なラインはわからないけど、この感じはかなりスリムだなぁ。
女の子はちょっとくらい肉が付いてる方が俺は好きだ。
まあ、パステルの場合は今までのストレスで痩せているのかもしれない。
今は無垢で幼い寝顔も、洞窟で初めて見た時には少し険しい表情だったし、きっと安心して眠れる場所が今までどこにもなかったんだ。
「あっ……!」
寝室に行こうとした時、ソファーに魔本が開きっぱなしで置かれていることに気づいた。
開かれているページは冥約のページ。
書かれているのはもちろん俺の名前だ。
パステルは待っている間、このページを眺めていたんだな。
俺自身、魔本に文字が刻まれたといっても呪文ではないから、特に役に立ててはいないと思っていた。
だけど、パステルからすればこの白紙の魔本が白紙ではなくなったことが相当嬉しかったようだ。
少し誇らしく、そしてもっと愛おしく思えた。
丁重に、慎重に、彼女を寝室の大きなベッドに寝かせた。
流石に了承も得ず女性のベッドに入るわけにはいかない。
他の部屋で寝ようと思ったけど、パステルは眠ったまま俺の服を掴んで離そうとしなかった。
防衛上の観点からも側にいた方が良い……などと言い訳をしつつ、俺はパステルの隣で眠った。
こうして魔王の配下としての最初の一日は終わった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、目覚めた俺は少し混乱した。
高い天井にふかふかのベッド、いつもは部屋の壁が薄くて聞こえてくる騒音がまったくない。
ここはどこだ?
そう、魔王の屋敷だ。
俺は人間の世界と決別したんだ。
今頃、俺が活動の拠点にしていたマカルフの町では俺がいなくなったことを……悲しんでいる人より喜んでいたり、当然だと思っている人の方が多いだろうな!
悲しんでくれているとすれば、冒険者ギルド<マカルフ支部>のギルドマスターくらいだろう。
彼は全冒険者の無事を望んでいたし、俺にも冷たい態度はとらなかった。
まあ冒険者を愛するマスターからすると、無能な俺もそれはそれで厄介な存在だから、温かく接してくれたかというとそうでもない。
でも、相対的には温かかったかも。
とはいえ、このふかふか布団のぬくもりにはかなわない!
これからのことはわからないけど、現時点ではこの道に進んで良かったと思える。
「……っと、二度寝してしまう! パステル! 朝だよ!」
起こすまでもなく隣にパステルはいなかった。
寝室は二回にあるので、階段を下りてリビングに向かう。
そこにはオレンジの髪の毛をクシでとかしているパステルがいた。
特徴的なツインテールをほどくとシンプルなセミロングヘアーになって少し大人っぽい。
「おはようパステル! 良い朝だね!」
「おはようエンデ。そんな気さくな挨拶が出来る男だったのだな。いつもそんな感じか?」
「いや、今日が初めてさ。こういう挨拶がしたくなるほど気持ちのいい朝は初めてだからね」
「ふむ、悪くない」
パステルが器用に自分で髪の毛を結んでいく。
髪はサラサラで、ほんのり柑橘系の匂いがする。
これは彼女の髪がオレンジ色だからというわけではなく、愛用しているシャンプーの香りだろう。
「昨晩は迷惑かけたな。子どものように待ちきれずに眠ってしまった」
「気にしなくていいよ。俺が同じように待っててもきっと寝ちゃったからさ」
「もし逆だったら私はエンデを寝室には運べんし、ソファーで一緒に寝ることになったな」
「あっ……ごめん。昨日は勝手に隣で寝ちゃって」
「なにを謝る。朝起きて信頼できる者が隣にいるというのは、たまらなく嬉しいものだ」
少し照れくさそうに言うパステル。
彼女も俺のことを信頼してくれているんだ。
なんとなくそうだと思っていても、実際に明言されると俺も嬉しくなる。
「さて、今日から魔王としてどんなことをしていこうか。とりあえず、汚れた服を洗うために洗濯の仕方でも覚えるかな」
「洗うのは良いけど、外に干しても乾くかな? 霧もあるし」
「池のほとりは日中霧が薄いし、日光も十分届く。それにバリアの中なら洗濯物が直接霧に触れることはない。大丈夫だろう」
魔王と配下で仲良くお洗濯。
掃除も炊事も二人で分担して行う。
というか、二人とも不器用なので協力しなければ上手くいかない。
そんな生活が一週間続いた後、リビングに置かれていた水晶が発光し、覚えのある声が聞こえてきた。
『聞いてくださいよパステル様! うちの自慢のメイドのメイリが……雇い先の魔王様をぶっ飛ばして帰ってきてしまったんです!』
インテリアだと思っていた水晶は据え置き型の魔界通信装置だった。
泣き声のゴルドが一方的に語りだす特に関係ない人の話から、俺たちの日常は動き出した。
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