Page.4 魔界次元通信
魔界次元通信……?
あのしおりには次元を超えて魔界とつながる力があるのか。
それに後見人のゴルドって、さっきパステルが言ってた『無能な自分には興味がない保護者』ってことでいいのかな。
そんな人と貴重なしおりを使って話をして、何の意味があるんだろう。
『了解しました。しばらくお待ちください』
魔本から放たれた青い光の中から、受付の女性の顔が消える。
そして、なんとも気の抜けるような安っぽい音のメロディーが流れてきた。
音楽は三十秒ほど続き、それが不意に止んだ時、その男は現れた。
『おほほほほ! お待たせしました! ちょっとうちで育てた自慢の娘をあの超有名魔王に売り込んでいたところでしてね! 結果は大成功! 気分がいいのであなたの泣き言も楽しく聞けそうですよ、パステル・ポーキュパイン様』
にぃっと大きな口をつり上げ、歯を見せて笑う丸メガネの男の顔がでかでかと映し出される。
肌にはシワもあり、髪の毛も白髪まじりだが、なぜだがあふれ出すような生命力を感じる。
パステルの後見人ゴルドとはそういう男だった。
「泣き言とは失礼な。私はお前にチャンスをやろうというのに」
『ほほっ! 魔法の一つでも覚えましたか? しかし、そんな程度ではあなたに投資する価値はありませんねぇ~。ただでさえうちで教育した優秀な子たちを売り込むのが大変なんですから! なんといっても今日ご主人が決まったうちの秘蔵メイドのメイリなんかはそこらへんの魔王よりもずっと強くて……』
ゴルドが自慢話をしている間に、パステルが彼の仕事を教えてくれた。
それは簡単に言うと人材育成、ある種の教育機関の運営だ。
ゴルドは自分の考えたプログラムで育てた人材をいろんな魔王に売り込み、活躍させることによって名声を得ることを至上の喜びとしている。
パステルの後見人になったのもその思想に従った結果だ。
白紙の魔王を立派な魔王に育てることが出来れば、彼の名声もとどまることを知らないだろう。
まあ、結果は失敗してパステルは見捨てられてしまったんだけど。
「お前の自慢話はもう良いだろう。投資の話をするぞ」
『え? ああ、そんな話をしてましたね。パステル様も知っていると思いますが、私は自分の頭で考えて価値があると思ったものにしか投資しません。そこに他人の意見はいらないのです。まあ、価値のある意見なら参考にするくらいはしますよ。さあ、価値あるものを私に提供できますか?』
「この通信は私の魔本でつないでいるから、そっちで私の魔本の中身を見れるよな?」
『許可をいただければ』
「許可する。そして、冥約のページを見て、その後この隣にいる男を見てみろ」
『ふむ、わかりました』
パステルを馬鹿にした態度をとり続けていたゴルドも、その自信満々な態度に何かを見出したのか素直に従いはじめた。
しばらく顔をうつむけて何か作業をした後、丸メガネの奥の目が大きく見開かれた。
『白紙の魔本に文字が!? しかも、これは冥約! その相手が彼ですか!? 彼の魔本を見せてください!』
急に注目された俺はあたふたしつつも魔本を具現化させる。
ゴルドはその装丁を見ただけで答えを出した。
『なるほど竜の魔本! 魔界ではいつも何かに怯えていたパステル様が自信満々になる理由がこれでハッキリしました!』
「それで、答えは?」
『投資しましょう! もとから何か結果を残したら支援をするとは言ってありましたし、嘘はつきませんよ!』
「ふん、どうだかな。一度は見捨てていただろう?」
『おやおや、信用なりませんか? 私がパステル様を『様』と呼び続けているのが何よりの証拠ですよ。私がほとんどの方を様づけで呼ぶのは、どんな方でもお客さんになりえると思っているからです。パステル様もいずれ取引の相手になると思っていたからこそ様をつけていたのです!』
「で、実際のところは?」
『九割がたダメだと思ってましたね! でも、今はあなたの後見人で誇らしい気分ですよ!』
「私も恐ろしいまでに正直なお前が後見人で良かったと思っているぞ」
『それは光栄です。では、手始めに住居をお送りしましょう。これ以上派手なものは魔界にもルールがありますんでねぇ』
「それで構わんぞ。雨風をしのげる空間があるだけで全然これからの心持ちが変わってくる」
『了解しました。すぐに最新式の住居をお送りします。外観はパステル様好みの古風なお屋敷ですがね』
「うむ……。そろそろ、通信に使う魔力が切れてきた……。しおりも結局魔本の持ち主の魔力を食うから、私ではこれ以上は無理だな……。ここらへんでさらばだゴルド」
『はい、パステル様! 最後にあなたの一応の親代わりとして、一つだけ親っぽいアドバイスをしましょう。現状に満足しないことです。あなたはどう生きても魔王なのだから……』
フッとゴルドの顔が消え、青い光も途絶えた。
なんだか声を聞いているだけで体力を持っていかれる人だったなぁ……。
対等に話し合えていたパステルはすごいや。
やっぱり彼女は魔王様だ。
「ふぅー! あいかわらず威圧感のある男だ。通信越しでもまったく変わらんとはな……」
「お疲れ様パステル。カッコよかったよ」
「ふっ、その褒め言葉は素直に受け取れるな」
「でも、一体どうやって家を送ってくるんだろう? それにどこに送ってくるかも決めてないよね? 今いる場所に送ってこられても困るんだけど……」
現在地は樹海の真っただ中だ。
こんなところに家は建てられない。
パステルもハッとして、もう一枚のしおりを泣く泣く魔本に挟み込もうとする。
その時、ズシンッと何か重い物が落ちる音がして、地面が震えた。
振動に驚いた魔境の怪鳥たちが恐ろしい鳴き声を上げながら飛びたっていく。
貴重なしおりを落としたパステルも慌ててそれを拾い上げる。
「どうやら、事は済んでしまったらしいな」
「うん、音はあっちの方だ。行ってみよう」
何かが落ちた音がした方に急ぐ。
場所は大きな池のほとり。
落ちてきたものは予想通り古風な洋館だった。
池の水は非常に澄んでいて綺麗だけど、毒で満ちた魔境の水だし、触らない方が良いだろう。
それさえ警戒しておけば、ここには木々もなく非常にひらけた土地だ。
霧も無害だし、住居を構えるならばここが正解かもしれない。
それにしても、まさか完成している家をそのまま送ってくるなんて。
中はまだ見てないけど外見は非常にしっかりしているし、結構な豪邸なんじゃないか?
なんだか騙されているような気もしてきた……。
「そう、不安そうな顔をするなエンデ。ゴルドは守銭奴で欲深い男だ。だからこそ、自分の名声を上げてくれそうな相手には全力で投資する。この屋敷は張りぼてではないと思うぞ」
「だと良いんだけど、こう急にポンっといい話が転がり込んでくると不安でね……」
「気持ちはわかるぞ。まあ、中を見ればわかる話だ」
洋館は石の壁にぐるりと囲まれていて、入り口は重そうな金属の門だ。
俺とパステルがその前に立つと、門はゴゴゴ……と音を立ててひとりでに開いた。
すごい魔王が住んでるところっぽい!
「おっ、ポストに何か入っているぞ」
門や壁のゴツいデザインとは真逆の小さくてかわいいポストには紙束が入っていた。
パステルがそれを広げて読む。
「屋敷の仕様書だな。ふむ、ガーゴイルが六体にゴーレムが十二体か。なかなか防犯は行き届いているな」
「ガーゴイルって、あれ?」
屋敷の壁の上に乗っかっている竜を模した石像を指さす。
「うむ、そうだ。ガーゴイルはその造形の精巧さとか、動かす際に注ぎ込む魔力の質で戦闘能力が大きく左右される。この屋敷のやつの造形はちょっと甘いな。職人の手ではなく機械で作ったのだろう。注ぎ込む魔力はエンデのものになるから、本物の竜のように働いてくれると良いのだが」
ガーゴイルって冒険者の間でも結構手ごわいモンスター扱いなんだけど、それが六体か……。
硬いし、痛みを感じないから恐れを知らない。
しかも、造られたモンスターということは作った誰か……つまり知能の魔王や魔族が近くにいる可能性も高い。
そんな逃げ出したくなるようなモンスターも魔界からならポンと送り込めるわけだ。
「ねえ、パステル。魔界にはもっと強力なモンスターはいないの? いるならそれを味方として送り込んでもらえばいいんじゃない?」
「ああ……もちろんいるぞ。だが、送り込むにはいくつか問題がある。まず私が単純に弱いのでほとんどのモンスターは従ってくれない」
「あっ……」
「あとはまた魔界特有のシステムだな。魔界と人間界を行き来するには魔界次元通信局を通さねばならん。この機関は謎も多いが完全中立で、どんな魔族も従わざるを得ない」
パステルが語る魔界の話は、人間の世界しか知らない俺には新鮮で面白い。
魔界と人間界の行き来や物資の転送には常に魔界次元通信局が絡んできて、対価を要求される。
これは別に金稼ぎとかいうわけではなく、魔界の少ない資源や進んだ技術を安易に人間界に流出させないための対価らしい。
対価は金銭の場合もあるが、送ってもらう人間界側から何か貴重なアイテム、それこそ自然豊かな人間界の資源などを送って対価にすることもある。
俺たちは今は何も持っていないから、ゴルド側が投資という形で対価を払ってくれたのだ。
また、生きている魔族が世界を行き来する場合は意図的にラグを作られる。
ラグとは時間差という意味らしい。
例えば、人間界で魔王同士が争っていて、負けそうな方が簡単に魔界に逃げ込めたら興ざめもいいところだ。
助っ人が魔界から急にやってきて全部倒しちゃっても同じく萎える。
なので、状況によってラグの期間は変わるが、基本的に思い立ってすぐに魔界と人間界を魔族が行き来することはできない。
「さらには魔界は直接的な争いがないだけで、いわゆる冷戦状態だ。魔界の有力者が人間界に行った情報を掴まれると……」
「敵対する勢力の魔族も人間界に来るか、空けている魔界の方で何かされるかもしれないと」
「うむ。まったく面倒な世界だ。だから私は人間界に来た。家庭菜園でもして自給自足で暮らしたいものだな。おそらくゴルドは食料も送ってくれているだろうが、いつまでもあてにはできん」
ゴルドは最弱の魔王であるパステルが、俺を使って魔界の覇権争いに番狂わせを起こすことを望んでいるらしい。
自分だけはパステルの才能を見抜いていたというアピールをするために。
だけど、パステル自身に戦う意志はまったくない。
ここの人を寄せ付けない魔境の屋敷でのんびりスローライフでも送りたいと思っている。
もちろん俺もそれに賛成だ。
でも、平穏な暮らしっていうのはそう簡単に手に入るものじゃないと、心のどこかで今も裏切られたことを悲しんでいる俺が叫んでいる。
わかってるさ。
力がなければ幸せになれないわけじゃないけど、幸せを守れない。
俺は望むだけじゃなくて、手に入れるために戦うんだ。
「さて、外で話すのはこれくらいにして中に入ろうか。そろそろ日も暮れてここも冷える。モンスターの活動も活発になるしな」
「うん、こんな豪邸に入るのは初めてだから緊張するなぁ~」
「今日からはここがエンデの家で帰る場所になる。すぐに慣れると思うぞ」
帰る場所か……。
そう言われると、まったく馴染みがないはずの屋敷に急に親近感が湧いてきた。
俺は思わず「ただいま」と言ってその中に足を踏み入れた。
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