Page.6 誇り高きメイド

 魔界のゴルドから水晶を通して通信が入る少し前、つまり屋敷に住み始めてからの一週間……。

 俺たちはただ暮らすことにも苦戦していた。

 自分自身ずっと一人で生きてきたから、炊事や洗濯は出来る。

 寮暮らしが長かったパステルはそれもまずできない。


 でも、ここまでは良かった。

 俺はパステルにいろんなことを教えるという目的が出来たし、パステルも学ぶという目的が出来た。

 目的がないと日常はダレていくから、問題が山済みなのは構わない。

 しかし、解決できない問題にぶち当たってしまった。


 それは掃除だ。

 この屋敷は二人で住むには広すぎる!

 今はまだ大丈夫だけど、そのうち埃がたまってくるだろう。

 とても管理できない。


 あと、二人だと夜が怖い。

 俺もパステルも狭い部屋で寝ることに慣れているから、今の寝室の広さが落ち着かない。

 それに些細な音が気になって仕方ない。

 ミシッという家鳴りや夜行性のモンスターの鳴き声、それを追い払うガーゴイルたちの戦闘音……。

 竜の魔本を手に入れても性格は変わらない。

 寝室を分けようと思ったけど、結局一緒の部屋で寝ることにした。


「エンデ……よく恋人たちが『世界に二人だけだったら良いのに』と言うが、きっと二人だけでは幸せになれないと思う」


「俺もそう思うよ……ふあぁ……」


 大きなあくびが出る。

 俺がぐっすり眠れない理由はもう一つある。

 感覚が日々鋭敏になってきているんだ。

 竜の魔力が俺に少しずつ馴染んで、体が変化している気がする。


 夜眠っていても、モンスターが屋敷に近づくと目覚めてしまう。

 基本はガーゴイルたちが処理してくれているから起きる必要はないんだけど、バジリスクのような強い敵は俺が戦わないといけない。

 ただ感覚が鈍感になればいいというわけじゃないから面倒だ。


 人手が欲しい。

 贅沢言うなら、夜に強くて掃除が出来て戦える仲間が欲しい。

 そんな時、ゴルドの通信が入った。


『聞いてくださいよパステル様! うちの自慢のメイドのメイリが……雇い先の魔王様をぶっ飛ばして帰ってきてしまったんです!』


「なんだ。そんなに素行が悪い奴を送り込んでしまったのか」


 パステルがぶっきらぼうに返す。

 すると、ゴルドはさらに大きな声で叫び始めた。


『そんなことはありません! いたって真面目な子でした! しかし、真面目過ぎたんです! 契約に含まれていない大きな声では言えない関係を迫られて抵抗しちゃったんですよねぇ!』


「良いではないか。メイドだからと言ってなんでも主人の言うことを聞かねばならない時代ではない。今はあくまで雇い主と労働者の関係だ。契約違反があれば戦うべきだ」


『ですが本当に文字通り戦われると困るんですよ! まあ、あの超有名魔王との戦いが成立して、しかも勝てるんですからウチの子はやっぱり優秀ですね~』


 嘆いているのか、怒っているのか、喜んでいるのか。

 よくわからないゴルドの話はまだ続きそうだ。


「ゴルド、本題を切り出せ。まさか仕事の愚痴を私に言いたくてわざわざ通信料を払っているわけではないのだろう?」


『もちろんですとも! そのメイリなんですが、実は今回だけではなく何回も雇い主の元から帰ってきているのですよ』


「それは相当美人ということだな」


『ソッチ方面のトラブルの多さもさることながら、なぜか他のメイドたちから環境がいいと評判の魔王すら彼女は気に入らないようでして……』


「やはりメイドの方の性格に難があるのだろう」


『さっきからやけに他人事のように話されますが、パステル様はメイリと会ったことがございますよ。それもなんども』


 パステルは首をかしげる。

 ゴルドの話ではパステルが魔界学園に入る前、ゴルドの会社に住んでいた時に彼女の世話をしていたのがメイリらしい。

 その頃のパステルは今よりさらに幼く、記憶が曖昧のようだ。


『パステル様にあまり価値がないと気がついて興味を失っていく私と反比例するように、メイリはあなたのことをどんどん好きになりました。パステル様が魔界学園の寮に入ったと教えた時には、普段は見せない悲しい顔をしていたのを今でも覚えていますよ』


 メイリは魔王お付きのメイドという、いわゆる魔王幹部のポジションに相応しくなるべく長く厳しい訓練をしていた。

 その期間はパステルに会えず、間の悪いことにパステルが魔界学園に入ったのはその長い訓練の途中だった。


『もしかしたら、今まで他の魔王に仕えなかったのは、いつかパステル様に仕えたいからだったのかもしれません。それならばどんな魔王も気に入らないのも納得がいきます。ということでメイリをよろしくお願いしますね』


「うむ……ん? メイリがこっちに来るのか!?」


『というか、もう行ってるはずなのですが』


 俺とパステルはリビングを見渡す。

 もちろん誰もいない。

 俺の敏感になった感覚でも気配を捉えられない。

 魔力の存在も感じない……。


『きっとどこかに隠れているのでしょう。意外とお茶目な一面もありますからね』


「ゴルド、ちょうど人手が欲しかったからメイリはありがたく使わせてもらう。しかし、いいのか? そこまで手塩にかけて育てた人材を私に渡して」


『多少思うところはありますが、彼女の意思を尊重しなければいけません。私は働くだけの機械を育てているわけではありませんから。それに……あっ、例え話の前にパステル様はスポーツはお好きで?』


「あまり好きではないが一般的な知識はある」


『今回の件は天才ルーキーが人気のある強豪チームに入らずに、弱小チームに入ったみたいなもんですよ』


「悪かったな弱小で」


『バカにしているわけではないのです。それはそれで天才がどう弱小を変えていくのかという楽しみもあります。もしかしたら、天才が周りに影響を与えて強豪を倒すチームになるかもしれません』


「やはり、私が他の魔王を倒すことを望んでいるのか?」


『魔王でなくとも勇者でも冒険者でも、とにかく世界を驚かすようなことをして頂ければ、一人の魔族として嬉しい限りです。フフフ……』


「望むようにはならんかもしれんぞ。私に戦う意思はあまりない」


『ですが火の粉が降りかかれば……どうでしょう?』


 ゴルドは俺の方に視線を向ける。

 返事をするまでもなく戦うつもりだ。

 それより、今はメイリがどこにいるのかが気になっていた。

 俺の感知能力は高まっているはずなのに、引っかからない。


『訓練されていない野生的な鋭さでは、訓練されている彼女を捉えられませんよ。安心してください。おそらく私が通信を切れば出てきます。いろいろ教えてもらうことです、エンデ様』


 ゴルドはその後、簡単な別れの挨拶をして通信を切った。

 しかし、メイリは現れなかった。

 リビングを探索した結果、窓の鍵が一つ空いていることに気づいた。

 まさか、屋敷の中に送り込まれた彼女は一回窓から外に出て……。


 コンコンコンッ!


 玄関の扉が小気味よくノックされた。

 メイリは玄関の前でわざわざ待っていたんだ。

 何も知らなかった俺たちを驚かせないために。

 間違いなく良い人ではあるが、同時に相当な変わり者の予感がした。


「今開けるぞ!」


 パステルが開いた扉からメイリは姿を合わした。

 まず、彼女は背が高かった。

 女性だけど、俺よりも少し背が高いと思う。

 だから、扉を開けたパステルよりまず目線の高さが近い俺と目があった。


 その黒い瞳……吸い込まれそうとはこのことだ。

 さらには小顔で、これ以上美しくできない完璧なパーツ構成をしている。

 服装はクラシックなメイド服。

 長袖にロングスカートで露出はほとんどない。


 だが彼女は十分扇情的だった。

 服に押さえ込まれた大きな胸の膨らみに、自然と目がいってしまう。

 今にも服を破って飛び出てきそうなほど窮屈そうだ。

 本当に破れないかなぁ……。


「はじめましてエンデ様。お久しぶりですパステル様」


「はっ! はい、はじめまして!」


「うむ、久しぶりだな」


 声も凛としていて美しい……。

 どうしてこんなにも惹きつけられるんだろう……。


「すまんなメイリ。私の方は昔の記憶が曖昧で、実際に会うまではお前のことを忘れていた。だが、今ならハッキリとわかる。確かに見覚えのある顔をしている。体はこんなに大人ではなかった気がするが……」


「思い出していただけて光栄です。私は一日たりともパステル様のことを忘れた日はございません。こうしてまたお会いできたことが何よりの幸福です」


「そ、そうか! そんなに慕ってくれていたとはなぁ~。これからは共に頑張ろうぞ!」


「それはまだわかりません」


 メイリは目を閉じてゆっくりと首を横に振った。

 ボブカットの黒髪が揺れる。目で追ってしまう。


「ど、どういうことだメイリ? おぬしは私のもとで働きたくて他の魔王を吹っ飛ばしてきたのではないのか?」


「いえ、今までお断りさせていただいた魔王様は、すべてその環境に問題があったからお断りさせていただいたんです。もちろん、この職場にも問題があれば私は魔界に帰らせていただきます。ここから数日は試用期間だと思っていただけるとよろしいかと」


 試用期間で試されるのは俺たちの方なのか……。

 すっかり仲間になってくれると思っていたものだから、パステルは面食らって口をあんぐりと開けている。

 こうして、メイドが魔王を試すという奇妙な数日間が始まった。

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