Page.37 朱に染まる宴

「お嬢さんたち……ずっと丘の上を見つめて楽しいかい?」


「……まあ、楽しくはないけどこれも大事なお役目だからさ」


 武闘大会が始まってもサクラコたちは相変わらず会場を監視していた。

 とはいえ、戦いの様子が見えるわけではない。

 空に派手な魔法が飛び散る様子は見られるが、誰と誰が戦っていてどっちが勝ったかはまったくわからない。

 少なくとも武闘大会を楽しめているとは言えない状況だった。


「そろそろ武闘大会も終わっただろうし、しばらくすれば宴もお開きさ。俺の言った通り何も起こらなかっただろ?」


 オッサンは得意げに胸を張る。

 その顔は真っ赤で呂律も怪しい。

 相当こちら側の宴を楽しんでいたのだろう。

 不真面目と言えば不真面目だが、何もせずにじっと宴の会場を監視し続ける仕事を毎年やらされればこうもなるとサクラコは思った。


「まあ、オッサンが正解なのかもな。とはいえ、ここまでずっと真面目にやったからさ。今年は最後までお役目を果たそうと思うよ」


「まあ、初めの方は俺も真面目だったからな。やりたいようにやればいい。でも、やっぱ少しは楽しもうぜ~! いま飲む酒とお土産の酒を持ってきてやらぁ! もうみんな飲まれちまったかもしれねぇけどな!」


「ありがたいけど、オッサンはもう飲むのやめとけよ!」


「なぁに、こっからが本番よぉ!」


 そう言ってオッサンは人ごみの中に消えていった。


「ったく、そろそろ宴はお開きってさっき言ってたのに調子のいいやつだぜ。なぁ、メイリ」


「…………」


「どうしたんだ? 何か気になるか?」


「気になりますね、パステル様の勝敗が。どうやら武闘大会は終わったようですし」


「そういえばそうだなぁ……。まあ、勝ってるんじゃねーか? なんか一回だけ見えたヤバい魔法の相手をしてなければ……」


「パステル様の話から考えると、あの魔法の使い手が対戦相手だった可能性が非常に高いと思われます」


「……んまぁ、大丈夫だろ! なんかあったらエンデが暴れてるだろうし、今のところそんな気配はないしさ!」


「エンデ様も……」


「やめろやめろ! 考えすぎはよくないって」


「うーん……」


 メイリがわかりやすく悩んでいる姿は珍しい。

 それだけ二人のことを心配しているのだ。


「お~い、酒持ってきたぜ~」


「ああ、サンキューな」


 酒のビンを持って帰ってきたオッサンにジョッキを差し出し、サクラコは話を続ける。


「そんなに気になるなら宴の会場に忍び込むか?」


「それはパステル様の名誉にかかわるので……」


 会話の途中でメイリは丘の上に視線を戻した。

 そしてまた食い入るように会場を見つめる。


「メイリ、お前疲れてるんじゃ……」


「サクラコは感じませんか? この……今までとは違う魔力のざわつきを。武闘大会の魔力とは少し違っているような気が……」


「ん……」


 サクラコが感覚を研ぎ澄ます。

 その時、左腕に何かたくさんの液体がかかったのを感じた。


「オッサン! 酒がこぼれて……る……」


 左腕にかかっていたのは血だった。

 その手に持ったジョッキの中にも赤い血がなみなみ注がれている。

 そして、酒を注いでいたはずのオッサンの背中には刃物が突き刺さり、胸まで貫通していた。


「オッサン!? どうしたんだ!?」


「サクラコ! 来ます!」


「なにがっ!?」


 その答えを聞く前に複数の剣が飛来する。

 オッサンの胸を貫いたものと同じ型だ。


「裏切りってことか!? それとも外からの侵入者!?」 


「どちらも正解……かもしれません」


 魔法で剣を撃ち落とし、周囲の敵を判別して攻撃する。

 敵味方を見分けるのにはそう苦労しなかった。

 一つの勢力は完全に人間で構成されている。

 魔王が集まっているのだから、人間に攻撃を仕掛けられてもおかしくはない。

 ただ、もう一つの勢力は……。


「サクラコ、宴の会場に乗り込みますよ。ここが襲われて中央を見逃してもらえるとは思えません」


「ああ、そうこなくっちゃ! でもちょっと待ってくれ!」


 サクラコはオッサンを地面に寝かせると背中に刺さった剣を抜き取る。

 そして、体内から小ビンを取り出して中の液体を傷口に注ぐ。


「こういう時のためにエンデから秘薬竜涙メディティアの薬を貰ってんだよなぁ」


 急所を外れていたのか血はすぐ止まり傷口も塞がった。

 オッサンは目をこすりながら目を覚ます。


「ああ~、俺ぶっ倒れちまったのか? 飲みすぎはいけねぇなぁ……。みっともないところ見せちまったぜ」


「復活早々悪いが落ち着いて聞いてくれよオッサン」


 物陰に隠れてサクラコはオッサンに状況を伝える。


「ええっ!? 人間と裏切者に攻め込まれてる!?」


「静かに! 正直……状況はよくわからねぇ。とりあえず俺たちは俺たちの魔王様を助けに行く。オッサンもこっからは自分の守るべきもののために戦えよ! いろいろ気を遣ってくれてありがとな! 死ぬなよ!」


 サクラコとメイリはそう言い残して丘の上に向かった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 勇者……それは人類の希望。

 すべてにおいて常人より圧倒的な能力を持ち、人間とは別の種族と言ってもいい。

 ゆえに頼られることもあれば、恐れられることもある。

 勇者の中にはその圧倒的な力と人間社会における特権のせいで増長している者もいるらしい。

 彼らは水面下で……いや、白日はくじつの下で悪事を働こうとも勇者を止められる者など存在しない。

 例外は同じ勇者か、魔王くらいだ。

 そのことを教えてくれたのも勇者であるメルだった。


 しかしまさか、こんなに短期間で二人目の勇者に出くわすなんて運が良いのか悪いのか……。

 まあ、この出会いに関しては悪いと言い切っても問題なさそうだ。


「ふん……あなたは見た感じ人間のようですね。ややこしい……。なぜここに人間がいるのかと考えると、無数の答えが思いつく。とても情報が少なくて、推理では真実にはたどり着けない。自分の口で語るというのならば少し猶予をあげましょう」


 勇者は深い青の宝石が取り付けられた木製の杖を俺につきつける。

 なるほど、正体をばらせばシーラさんを治す暇を与えてくれるってか……。

 ならば断る理由はない。

 俺はこれまでの経緯を勇者に話した。


 こっちとしてはパステルという個人の存在を知られなければ問題ない。

 ある魔王の付き添いと言えばそれで奴は満足するはずだ。

 なんてったって『なぜ人間がここにいるのか?』という疑問の答えにはなっているからな。

 魔王の見た目や性格なんて話の枝葉の部分でしかない。


「なるほど……ね。要するに人間界に居場所を作れず魔王の軍門に下った人類の裏切者というわけですか。意外と納得できる答えが返ってきました」


「そりゃどうも」


 時間を稼ぐために結構まどろっこしく話したのに簡単に要約されてしまった……。

 シーラさんの方は……正直微妙だ。

 血は止まって傷は塞がった。心臓も動いている。

 ただ、呼吸が弱い。

 のどを切られた時、血が変なところに入ってしまったか?


 こればっかしは専門の医者に診てもらわないとわからない。

 あくまで俺の魔法は外傷や簡単な病気を治す効果しかない。

 余裕のある状況なら、胸を切り裂いて肺から血を出すみたいな荒療治も出来るけど、今のシーラさんに体力はないし、なにより目の前の勇者が許してはくれないだろう。


 どうする……パステルの方も気になる。

 周りでは人間と魔族との戦闘が始まっている。

 こうして当主であるシーラさんが狙われている以上、エンジェの近くは決して安全ではないだろう。


 パステルの配下としては、シーラさんを見捨ててでも彼女の元へ行くべきだ。

 しかし、勇者に背を見せて生き残れるかはわからないし、パステルのもとに勇者を連れて行くのも危険。

 ここで……仕留めるしかない……!


「どうして……あなたはここに来たんですか? 俺がここにいる理由は話しましたから、あなたも話してくれてもいいんじゃないですか?」


「敵に話す理由はない……と言いたいところですが、あなたは事前に渡されていたリストの中にはいない存在です。イレギュラーが発生している……。私としては少し戦況を見つつ、あなたと会話をして情報を引き出したいのです。いいでしょう。話してあげましょう」


 よし、会話を続けてくれそうだ。

 この隙に奴に【紫毒針バイオニードル】を撃ち込む!

 アーノルドとの戦いの時に周りにいた部下たちに使った即効性のある麻痺毒……それの濃度をさらに高める。

 常人なら麻痺を通り越して死ぬかもしれないが、勇者の場合はこれくらいは必要だ。


 さらに針は俺の全身いたるところから撃ちだせる。

 魔法というのは手や指先から放つのが一般的だけど、俺の体は全身毒だ。

 急に指を突きつけられたら警戒するだろうが、この状況で飛来する微細な針に気づけまい!


「……話してあげようと思っていましたが、よく考えるとそんなに話すこともありませんね。魔王がいるから勇者が来た。それだけです」


「は、はあ……」


 毒針は……刺さっていないのか?

 狙いは正確のはずだ。

 アーノルドの時だって一発も外さなかった。

 あの時は奴の【鋼鉄の鱗メタルスケイル】に阻まれたが、この勇者の能力は氷だ。

 見たところ体表面は凍っていないし、鋼鉄ならまだしも氷相手なら俺の針も浅く刺さるはず。


 飛んでいる針を凍らせて撃ち落としたのか?

 いや、凍らせたって針の勢いは落ちない。

 そのまま刺さって体温で溶けて、毒がにじみ出るだけだ。

 じゃあ、いったいなぜ……。


「あ、そうだ。あなたに二つだけ特別に教えてあげましょう。実は魔王いるから来ただけというのは真実であり、十分ではないのです。私たちはある魔王と同盟を結び、この宴に招かれたのです」


「招かれた……?」


「ええ、自分以外の二つの家の魔王を滅ぼす手助けをする代わりに自分の家は見逃し、これからも仲良く協力しようというお約束です」


「脅した……ということですか?」


「いえいえ、誤解しないでくださいよ。私たちは持ち掛けられたんです、取引をね……」


「つまり……裏切者……」


「いきなり魔王から話を持ってこられた時には驚きましたよ。魔王も一枚岩ではないようですね。まあ、勇者もですが。そこで私は考えたのですよ。勇者も魔王も人間も魔族も関係なく、自らと利害が一致した者と組み、邪魔者は種族関係なく滅ぼす……。ある意味平和で差別のない考え方だと思いませんか?」


「…………」


 どこも考えることは一緒というわけか。

 メルが魔王の協力者を必死に探し求めていた理由はこういうことなんだ。


 しかし、マズイ状況だ。

 裏切者が出たということは、裏切られた側の圧倒的不利な状況で戦いは動いているということ。

 どんな強い人も仲間と思っていた人からの一撃目は避けられない。

 想像したくはないが、もうかなりの人数犠牲者が出ているかも……。

 現に俺が側にいなければ当主であるシーラさんすら死んでいた可能性もある。


「そしてもう一つの教えですが……私たち勇者って恨みを買うんですよ。逆恨みがほとんどなのですがね。そういう時って、正面からでは勇者には勝てないとわかっているから、コソコソと卑怯な手段で殺しに来るわけですよ。例えば……即死しちゃうような猛毒がたっぷり塗られた針を飛ばしてきたり……ね」


毒の弾丸ポイズン・バレット!」


 大変ありがたい教えだ。

 手品のタネはわからないけど、とりあえずこいつに小細工は通用しない!

 そうと決まれば正面から戦うのみ。

 放たれた毒の球体は勇者めがけてまっすぐに進む。


「盾になれ」


 勇者と毒の弾丸との間に、いきなり誰か知らない人が割り込んできた。

 思わず弾丸を逸らせて地面に落とす。


「ほう、その魔法は後から軌道を変えられるんですね」


「ふっ……」


 知らなかった……。

 このメイリの魔法をまるパクリしたような魔法にそんな効果があったとは……。

 いやそれより、俺は人にこれを当てることが出来なかった。

 パステルを守るためならば、時には他人の命を犠牲にしなければならないという覚悟がまだできていない……というのも正直あるだろう。


 しかし、今回は攻撃を続けられないくらいあまりにも不自然だった。

 勇者の盾になった勇者よりも勇敢な人間の表情が、恐怖に震えていたんだ。

 完全に腰が抜けて地面にへたり込んでいるような顔なのに、素早い動作で間に割り込んできた……。

 一体どういうことだ……?


毒竜牙爪ヒドラクロウ!」


 飛び道具は使えそうもない。

 勇者に接近戦を仕掛けようと試みるも、今度は無数の人々に取り囲まれてしまった。

 彼らもみな戦う覚悟なんて出来ていない顔をしている。

 だというのに、竜の爪を振りかざそうとする俺の前から一歩たりとも後ずさらない。


「少し眠っててもらう!」


 ここで【紫毒針バイオニードル】だ。

 勇者には通用しなくても一般人になら……と、思いきや彼らは怯えた表情のまま手に持った武器、あるいは素手で針を叩き落してしまった!


「ええっ!?」


 どういうことだ……?

 すすり泣くやせ細った女性が見えにくい針を手刀で……しかも尖っていない部分を正確に叩いて地面に落とす様はもう悪夢でも見ているようだ……。


「……どうやら君には三つ目の教えが必要なようですね。我々勇者の持つ力……いや、その証と言ってもいい『勇気のページ』のことを……」


 俺は知ることになる。

 これは……悪夢そのものなのだと。

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