Page.17 迷路への進攻

「まさか本日二度目の魔境探索になるとは思わなかったぜ。やってくれるなぁ、あのエンデがよぉ……」


 アーノルドにとって思わぬところから現れた敵……。

 いや、身から出た錆ともいえる脅威エンデに対して、彼は怒っているのか面白がっているのか、はたから見てもわからないような笑みを浮かべる。


 総勢五十名に及ぼうという冒険者の一団は魔境『毒霧の迷路』の手前で立ち止まった。

 アーノルドに先導されてやってきた実績のある者たちでも、やはり魔境に入るとなると多少腰が引けている。

 しかし、恐怖を前に足を止めれば次に動き出す保証はない。

 彼らを奮い立たせるようにアーノルドは宣言する。


「冒険者という言葉は本来、好奇心の赴くまま旅をする者のことをさす! しかし、今の冒険者はそれだけではない! 時には心が恐怖で満たされていても、人々のために戦わなければならない! 俺は……俺たちこそが本当の冒険者だと思う! さあ、町に残してきた大切なものを守るために魔王を討ち取るんだ! 町に住む俺たちの手で!」


 言葉を言い切った後、アーノルドは振り返らずに魔境へと足を踏み入れた。

 ついてくるか来ないかなんて確認はとらない。

 選択肢を与えれば人は悩みだす。

 群衆に考える暇を与えてはいけない。

 扇動して空気で押し流すのだ。


 この作戦は成功だった。

 一人が一歩を踏み出すと、それにならうように全員が魔境に向かって歩き出した。

 その一歩を踏み出した者がアーノルドの仲間だということは、本人たちを除いて誰も意識していない。


(よしよし、ここまでは上手く引っ張ってこれた。演技は問題ない。少々魔力の消費が厳しいが、ここを乗り越えれば俺は魔王を討伐した冒険者になれる。勇者にはなれなくとも、A級の中でさらに上に行ける。限界を超えてでも勝利すべき、人生の勝負所って奴だ……!)


 すべては順調に進んでいると思われた。

 しかし、彼の想像を超えて魔境の環境は変わりつつあった。


「アーノルドさん! バカでかい魔力の塊がこっちに向かってきます! し、指示をください!」


 自分の部下の呼びかけでアーノルドはバラ色の妄想から現実に引き戻される。


「まだ魔境の入り口にも入っていないぞ? 霧すら薄いところにモンスターだと……」


 特殊な環境である魔境に住むモンスターは、その環境に適応しているため基本的に外には出てこない。

 だが、ハイドラが死んで毒の霧が薄まり、迷路は崩れてモンスターたちのパワーバランスは変化した。

 いまこの地ではありえないことが起こる。

 地面を揺らし、木々をなぎ倒しながら、それは現れた。


「バ、バジリスクだ……」


 悲鳴を上げようとした男が大蛇の目に射抜かれて体が麻痺し、石のように硬直する。

 B級程度では相手にすることはないモンスターの対処法がわからず、冒険者たちは次々と固まっていく。

 運よくその目を見ずに済んだ者は、本能の赴くまま背を向けてその場から逃げ出そうとする。


 この行動は本来ならば正しい。

 バジリスクの巨体で逃げる人間数人を追って食べるのは無駄が多い。

 今回の場合はすでに固まっているエサもたくさんある。

 しかし、このバジリスクは狂っていた。

 固まっている者はその長い体ですり潰し、動いている者を追って丸飲みにしようとしていた。


「お、俺たちだけでも逃げましょうアーノルドさん! 今回ばかりは……!」


 アーノルドの仲間もガタガタと震えている。

 彼らは生半可に知識がある分、このバジリスクが異常に成長した個体で、狂っていることも察していた。

 ただ、アーノルドを見捨てて逃げればもっと恐ろしい目に合うかもしれないという恐怖から、何とかこの場にとどまっていた。


「アーノルドさん!!」


「何を言う! 俺がみんなを魔境へと導いたんだ! みんなを助けずに逃げられるか! それにまだ魔王と邪竜の化身エンデも倒せていない! 人々のために俺は戦う!」


 芝居がかった発言に、仲間たちは妙な安心感を覚えた。

 ああ、この人にはまだまだ余裕がある……。


「巻き込まれないように固まってる雑魚どもに防御の魔法をかけとけ」


「了解です!」


 部下たちが自分から離れたのを確認し、アーノルドはバジリスクの目を直視する。

 彼は固まらないどころか、バジリスクの方がほんの少し後ずさった。


「おっ、いいねぇ~俺の勝ちだな! 勝てるとは思ってたけどやったことはないからドキドキだったぜ。お前の眼力は洗脳魔法みたいなもんだ。体が硬くなったと思い込ませる。だから、圧倒的な格上には効かない」


 アーノルドの体を銀色のオーラが覆う。


「んでさ、お前なんでイライラしてんの? 何か悪い物でも食ったか? それとも俺の出す音が不快か? あ、子どもを殺されたとかか? ま、どうでもいいことか。楽にしてやるよ」


 バジリスクが逃げ出そうとした時には、その首は切り落とされていた。

 断面は刃物で切られたように綺麗だ。

 いや、実際に刃物で切られているのだ。

 それも魔法によってこの場で生成された大きな刃に。


「ほーら、もうイライラしないだろ?」


 鋼鉄魔法。

 それがアーノルドの持つ力だ。

 魔法属性学的には土や石、岩を生成し操る地属性の派生とされているが、その希少さと秘めた力の大きさは比ではない。

 石ころ一つ飛んでくるのと重い金属の塊が飛んでくるのではどちらが恐ろしいかと考えれば、簡単にわかることだ。

 さらに今回のように鋭く研ぎ澄まされた刃を放つことも出来る。

 頑丈な鋼鉄を鎧のようににまとうことも出来る。それも瞬時に。


 攻防一体の特別な力……アーノルドは自分の魔法が大好きだ。

 彼は満足いくまでニヤニヤした後、麻痺の解けた冒険者たちのところに戻った。

 その顔はみんなの命を救った英雄のものに変わっていた。

 もはや、誰も彼を疑わない。


「俺がみんなを守る! 行こう!」


「おおーーーーっ!!!」


 冒険者たちは風魔法使いを中心にいくつかのグループに分かれて進む。

 自分の魔法を他人の魔法と組み合わせるのは難しいので、みんなで力を合わせて大きな安全地帯を作り出すのは難しい。

 特にこの混合チームではなおさらだった。


「霧は浅い。気を抜かなければ前のグループの背中を見失うことはないはずだ!」


 アーノルドを先頭に目視と魔法を用いて倒すべき敵を探す冒険者たち。

 魔境は静かだった。

 バジリスクが暴れて他のモンスターがここら辺から散っているのか、環境が変わったせいで死んでいるのか、それはわからない。

 ただ、よどみなく進むうちに霧が濃くなり、風が出てきた。


「風か……。霧は予防薬を飲んでいる俺たちの脅威にはならなさそうだが、後ろの雑魚どもはどうかねぇ」


 周りには見知った仲間しかおらず、風魔法は多少の防音効果もある。

 愚痴を吐きつつアーノルドは振り返った。

 しかし、そこには後続のグループはいなかった。

 風魔法の範囲を広げて霧を押しのけても結果は変わらない。

 感知系の魔法を使っても近くには誰もいないことがわかるだけだった。


「どういうことだ!? 霧が濃くなるほんの少し前までは人がついてきている気配があったぞ!」


「わ、私も霧に浮かぶ人影を見ていましたが、いつの間に消えたのやら……」


 アーノルドはここで初めて微かな恐怖を覚えた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「はぁー! 上手くいった! あいつら本当に前の奴の背中について行くだけだから、分断するのも楽勝だったぜ!」


「擬態だけでなく分身まで可能とは……」


「少しは俺のこと見直したかメイリ?」


「知能を持ったスライムの恐ろしさを再認識しましたよサクラコ」


 魔境の中を庭のように自由に動き回る二つの影。

 メイリとサクラコは魔王パステルを守るべく戦っていた。


「知能が高いだけじゃこうはいかないんだよなぁ~。擬態能力も分裂能力も本来スライムが持っている力だが、それを魔法にまで昇華するには俺という人格と人生が必要なんだ。おっと、お前は人じゃなくてスライムだろってツッコミは聞き飽きてるからいらないぜ?」


 サクラコの魔法【擬態系女子ミミクリーガール】は女性への擬態を可能にする。

 擬態できる範囲はサクラコが好みの女性まで。

 あまりに醜かったり、幼すぎたり、老いていたり、また亜人の中でも人間の形とはかけ離れ過ぎている姿にはなれない。

 逆にそこそこ美人や獣の耳や尻尾が生えている程度の亜人にならば擬態できる。


 また、擬態といっても誰かの姿を真似るだけではなく、オリジナルの女性の姿にもなれる。

 誰かを真似た後に背の高さや顔立ちを少しだけ調整して姉妹や母親、親戚を装うことも出来る。

 使いようによっては人間関係を簡単にかき回し、国をも亡ぼせる力があるが、サクラコ本人はこれを人間社会に溶け込んだり綺麗な女性に近づくことにしか使ってこなかった。

 それを宝の持ち腐れと考えるか、人に寄り添う心があるからこそ身につけた力だと考えるかは人による。


 今回サクラコはこの擬態魔法ともう一つの魔法【分裂系女子ディヴィジョンガール】を使い冒険者軍団を完全に分断した。

 【分裂系女子ディヴィジョンガール】は分裂もとい分身能力。

 通常のスライムが種を増やす目的以外で分裂しても的が増えるだけだが、サクラコの場合は分身も擬態することが出来る。

 もちろん分身する数が増えれば増えるほど一体一体の擬態精度は甘くなるが、十人未満ならば簡単には見抜かれない。


 そして、本体から離れすぎない限り分身からも情報を得ることが可能だ。

 目で見て耳で聞き、手で触れて会話もできる。

 分身から得た情報はサクラコが並列処理する。

 他愛のない会話ならば同時にいくつも行える。

 全身の細胞が脳であり消化器官であり触手でもあるスライムならではの能力だ。

 メイリの言った「知能を持ったスライムの恐ろしさ」という言葉もまた間違ってはいない。


 それなりに経験を積んだ冒険者とて、目の前の背中が擬態したスライムの分身に入れ替わっているなど考えない。

 入れ替わりは霧の濃くなった時に一瞬で行われている。

 視界の悪い中では見分けもつかない。

 ただ、ひたすらにサクラコの背中を追ったことにより冒険者たちは分断され、グループごとに森の中で孤立していた。


「んで、ここまでは上手くいったけどさ。分断したと言ってもグループごとに五人は冒険者がいるんだぜ? メイリ一人で相手に出来るのか? 俺はもう擬態と分身で今の姿を維持するのがやっとなくらい消耗しているからサポートは出来ないぜ」


「ええ、問題ありません。少し心配でしたが彼らを見る限り杞憂でした」


「へ~、メイリも不安になることがあるんだな」

 

「当然です。パステル様もエンデ様はむやみな殺生を望んでいません。今回のように何か騙されるような形で連れてこられた人々ならなおさらです。上手く手加減できる実力差があるか不安でしたが、かなり差があるようで安心しました」


 メイリは両腕の袖を折り返して短くしていく。

 魔法で袖を傷つけないためだ。

 左腕には火、水、風を現す赤、青、緑の光のリングが出現し、右腕には螺旋を描く透明な光の線が絡みつく。


「一グループにつき三十秒で全員気絶を目標に。属性は毒の霧の中で戦う以上風をメイン、火と水をサブに。レベルはすべてファーストで」


「おお……なんかすごいけど何言ってるかわかんねぇ……」


「実際見たらわかると思いますよ」


「そりゃ楽しみだね」


 メイリとサクラコは魔境をゆく。

 魔王の脅威となる者をその力で排除するため。

 そして、同時にもう一人の配下エンデも脅威と対峙していた。

 一番の脅威にしてすべての元凶であるアーノルドと。

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