Page.16 決起する群衆
俺とサクラコはマカルフの町を後にし、全速力で屋敷に帰った。
ありがたいことに追っ手はいない。
アーノルドも俺たちの拠点が魔境にある事は察しているのだろう。
なんだかんだ『毒霧の迷路』に一番詳しいのは奴だ。
不用意に突っ込んでくることはない。
ただ、そう長く放っておいてもくれないだろう。
「ごめんパステル。失敗しちゃった」
「生きて帰って来てくれればそれでよい」
ソファーに深く腰掛け、身を預ける。
町で起こったことはすべてパステルとメイリに伝えた。
いま思い返せばアーノルドの主張はめちゃくちゃで、俺たちの考えた嘘とそう大差ない気がする。
あそこまで完全に手のひらを返されるものなのか?
やはり底辺冒険者とA級冒険者の社会的な信用の差は大きいのか……。
「エンデよ、アーノルドは魔境に踏み込んでくると思うか?」
「踏み込んでくることは間違いないと思う。あそこまで派手に群衆を巻き込んで、俺を魔王の手先で邪竜の化身にしたんだ。逃げたのでもう追いませんなんてことは通らないと思うし、アーノルド自身のプライドが許さないと思う」
「勝てるか?」
「……アーノルドには勝てる。一対一でなら」
「他の冒険者も来るだろうな。話を聞く限りだと」
「マカルフのギルドにいる冒険者は大体来るかもね。でも、いま町にいる冒険者で一番強いのはアーノルドだ。そして奴の性格上、自分より優れた戦力は連れてこない。自分が一番の英雄になれないから」
冒険者は魔王の存在を掴んだらギルド本部に報告しなければならない。
報告すれば本部直属の特殊な冒険者か勇者が調査にやってくる。
ただ、全員多忙なため緊急でもない限り報告してもすぐには来ない。
一か月以上後に来ることもあるし、来ても魔王を必ず倒すわけでもない。
魔王も自由奔放だけど、勇者も負けず劣らず行動がつかめない。
特に俺みたいな底辺にはまるで情報が入ってこなかった。
こういうギルドのシステムとアーノルドの性格を考えれば、強力な増援は来ないと思う。
アーノルドさえ仕留めれば、あとは対処可能なはずだ。
「ふむふむ、ではアーノルドはエンデに任せる。メイリとサクラコはエンデが奴を仕留めるまで他のすべての冒険者の相手をしろ。そして、むやみには殺すな」
「かしこまりましたパステル様」
「おいおい、簡単に言ってくれるじゃん! 俺は本来戦いが専門じゃないんだぜ?」
「わかっておる。戦えるのならば私自身で戦いたい。だが、今の私では足手まといにしかならんことは誰よりもわかっているのだ。すまないサクラコ、力を貸してくれ」
「まっ、初めからそのつもりではあるけどな。でも期待はしないでくれ。俺もモンスターである以上人間と戦ったことはあるが、そのほとんどが奇襲だ。正々堂々戦ったことなんてほとんどない」
「この魔境の霧に隠れれば奇襲し放題だぞ」
「……そういう考え方もあるな。まあ、出来る限り地味にやってみるさ。こっちは隠れ忍ぶ者なんでな。派手なのはメイリに任せる!」
サクラコは景気づけのようにメイリの尻を叩く。
メイリがお返しのように肘でサクラコを小突くと、サクラコは壁まで吹っ飛んでいった。
スライム相手でも物理ダメージを通す魔力制御……まだまだ彼女から教わることはたくさんありそうだ。
「ええ、わたくしにお任せください。どんな敵も
「ここに良いもんがあるんだなぁ~。貸してくださいって言ったら貸してあげるよ~ん」
サクラコが体の中から紙束を取り出す。
それはギルドに置かれている冒険者紹介のチラシだ。
ギルドへの依頼というのは、大体が誰でも受けてよいものが多い。
しかし、中には特定の冒険者に解決してほしいという依頼もある。
そういう依頼を出しやすいように、冒険者の特徴や所属チームを記載したチラシがギルドには置かれているのだ。
そして、こういうチラシを作ってあるのはマカルフの町に長く住んでいる冒険者が多い。
旅で立ち寄っただけなのにチラシを置いても、すぐに撤去しなければならないからだ。
ギルド職員は露骨に嫌な顔するらしい。
それにしても、このチラシはかなり役に立つぞ。
マカルフの町に住む者ほど、町の近くの魔境に邪悪な存在が住み着いていることが気になる。
自ら討伐に来る者は多いはずだ。
「ほらメイリ言ってみな? 貸してくださいって。これは俺にとっても大事なもんなんだぜ? 町で擬態が解けて正体がバレたらこいつらの中の誰かに追われる可能性が高いからな。敵を知るための大事なお宝だ」
「………………………………貸してください」
「結構頑固だよな、お前。ほら一緒に見ようぜ。俺ももう一度把握しなおしとかないとな」
メイリとサクラコはぎこちなさそうに身を寄せ合ってチラシを見る。
案外良いコンビだと思う。
個人的な感想だけど。
「エンデ」
「なにパステル?」
「その……なんだ。お前に頼りっきりですまない。私も隣で戦う力があればいいのだが……」
「魔王っていうのは奥地でジッと待ち構えているもんさ。俺たちだけで十分だよ。魔王様の手を煩わせるまでもありません! このエンデにすべてお任せを……って前も言ったっけ?」
「言った言った。ふふっ、頼りにしておるぞ」
俺のセリフは一緒でも、パステルの反応は以前と違っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「頼りにしてるぜ、野郎ども!」
マカルフの冒険者ギルドでは、決起集会が開かれていた。
みな熱に浮かされたように雄たけびをあげている。
そんな中、人一倍熱くなっているようで心の中はクールなアーノルドは、エンデ及びその協力者、魔王の討伐を共に成し遂げようとする仲間を眺めていた。
B級冒険者<魔犬狩り>のビル・ビス。
極細の剣と羽の生えたハットが特徴的な剣士だ。
その動きは素早く、同時に襲い掛かってきた三体のオオカミ系モンスターを一振りですべて串刺しにしたという逸話がある。
しかし早い分非力だ。
アーノルドは剣裁きだけを評価している。
B級冒険者<岩砕き>のガーンズ。
パワー自慢の筋肉男。
魔法は苦手に見えて実は繊細な肉体強化魔法で無駄のない格闘戦を行う。
見た目の割に温厚だが、その分判断も鈍い。
アーノルドはパワーだけを評価している。
B級コンビ<
双子ながらそれぞれ違う属性の魔法を得意とする珍しい二人。
若く動きも軽快だし才能もある。魔力量も非凡なものがある。
しかし、経験が浅く才能だけで戦っている。
いつか死ぬほど怖い目にあうだろう。
だが、そこで死ななければ強くもなる。
見た目も良いのでアーノルドは目をつけている。
風魔法と回復魔法の使い手<風車の聖女>ヘレン・ウェザー。
ランクはCと少し劣るが貴重な回復魔法の使い手だ。
ある程度解毒も出来るうえ、風魔法も得意。
まさに『毒霧の迷路』攻略のためにいるような女性だ。
半ば強引に引き入れた。
三十名からなる大型チーム『スパイダーキッド』の全員。
うちB級が三人、C級が十二名、後は有象無象。
マカルフをメインに活動する冒険者チームでは最大の勢力だろう。
ただ、半分は素人同然の練度である。
あくまで数だけをあてにしている。
(……マカルフはぬるま湯だ。相変わらずこの程度でBなのかって奴しかいねーなぁ)
冒険者のランクはあくまで強さの目安、ギルドのシステムを潤滑に回すための存在。
本当の強さは才能と努力と経験が決める。
マカルフの冒険者は各ランクの中でも下位と呼ばざるを得ない者ばかりが揃っていた。
(だが、これくらいがちょうどいい。くつろぐ分にはぬるま湯がいい)
彼にとって他の冒険者は攻撃を分散する的か、さらに上を目指す踏み台でしかない。
雑魚ぐらいがちょうどいいのだ。
それにあくまでも弱いのは他チームの冒険者だ。
アーノルドが率いるチームにもB級は存在し、もちろん彼らも戦いに参加する。
その中の一人がアーノルドのもとに近づき、小さな声で話始めた。
「アーノルドさん、今から総攻撃というのはやはり急ではないでしょうか? 敵の力も数も未知数。魔王が本当にいるとなればエンデ以上の脅威になりかねません」
「もっともな意見だ。感心するぞ。だが、俺が最も戦力を用意できるのも今なんだ。勢いに乗せて人を動かさなければならんからな。明日ではおそらく正気に戻る奴もいる。それに敵の戦力を本気で調べるとなると、かなり時間もかかるだろう。エンデは臆病だ。向こうからは仕掛けてこないしな」
「ですが……」
「心配するな。ダメならダメでここにいる優秀な捨て駒さんたちに犠牲になってもらって逃げればいい。そして本部に報告して勇者に排除してもらおうじゃないか……。冒険者がたくさん死んだら緊急事態扱いで勇者もすっ飛んでくるだろうさ。エンデに負けを認めることはかなり不本意だが、命あっての物種。いつも言ってるだろう?」
微笑むアーノルドに部下は安心感と恐怖を同時に覚えた。
そして、この人に信用されていることがありがたくて仕方なく思えた。
「流石アーノルドさんです……! 頼りにしています!」
「ああ、俺もみーんな頼りにしてるぜ。上手く使ってやらないとなぁ」
冒険者たちは進攻を開始した。
目指すは魔境『毒霧の迷路』。
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