Page.18 断ち切る因縁

 アーノルドは魔境の中で立ち止まった。

 霧は濃くなり、冒険者たちは散らばっている。

 下手に動けば状況が悪化するのは目に見えていた。


「……魔力の気配も感じ取れない。俺はもともと感知系の能力が低いし、そういう呪文も持っていないがこれは異常だ。おそらくこの霧自体に魔力が含まれていて、それに妨害されているな」


 自らの魔力と感覚を研ぎ澄ませて薄く周囲に拡散する感覚をつかめれば、生き物の気配や魔力を感じ取ることが出来る。

 これは人間が本来持っている能力を拡張したもので魔法とは少し違う。

 鍛えることで誰でもある程度身に着けることが出来るが、感知系魔法に比べて範囲も精度も劣る。

 そのため、どのパーティにも索敵の専門家が一人は欲しい。


 残念ながら現在のアーノルドのグループにその専門家はいなかった。

 しかし、それはアーノルドが自分の仲間で周りを固めたゆえのミスではない。


(魔力は感知できないが、動きは感知できる。ここは障害物が多いし少々めんどくさいが、やるしかない。どうせバラけた以上あの音を発しておく必要もない……)


 アーノルドは感覚を研ぎ澄ませ、新たな魔法を発動する。

 数秒後、脳裏に動く物体のイメージが浮かぶ。

 だいたい五人単位で動く人の集団が、みなゆっくりと他のグループから離れていこうとしている。

 何者かの意思をアーノルドは感じ取った。

 すぐさま合流しなければ面倒なことになる。


(一番近いグループは正面、すぐそこか。いや……俺たちが先頭グループだったんだ。正面に誰かいるのはおかしい! それにこいつは一人しかいない!)


 気づいた時にはすでにアーノルドの仲間たち四人は地面に倒れ伏していた。

 みな首筋に黒に近い紫色をした針が突き刺さっている。

 血も出ていないし、大きさ的に致命傷にはならない。

 しかし大の男が気を失うということは……。


「毒針とは姑息な手を使う。だが、俺には効かない」


 アーノルドの首筋は金属に覆われていた。

 【鋼鉄の鱗メタルスケイル】……これぞ攻防一体の鋼鉄魔法の力。

 毒針程度ではこの守りを突破することは出来ない。


「ただ、お前の方から来てくれるのは助かったぞ。そこは正々堂々としてるなぁエンデ」


 霧の中からエンデが姿を現す。

 口は真一文字に結ばれ、会話をしようとする気配はない。


「おいおい、返事くらいしてくれよ。俺とお前の仲じゃないか。まずは新しいお仲間の情報を教えてくれよ。本当に魔王の手下になったのか? 俺は正直出来すぎた話で半信半疑だぞ」


毒竜牙爪ヒドラクロウ!!」


「無視かい!」


 紫紺の竜の爪がアーノルドの首をかすめる。

 数歩エンデと距離を取ったところで、彼は毒の霧を防いでいた風魔法使いが気絶させられていたことに気づく。

 このままでは毒の霧をもろに吸ってしまう。


「なるほど、自分と同じ目に合わせてから殺したいわけだな? だが、俺とお前ではそもそも生き物としてのスペックが違うんだよ!」


 アーノルドの両腕が輝き、金属のプロペラが装着された。


鋼鉄の回転刃メタルサイクラー!!」 


 高速で回転するそれが起こす風で周囲の霧はすべて吹き飛んだ。

 さらにアーノルドはその回転する刃を戦闘にも応用する。

 エンデの竜爪が回転に巻き込まれて消し飛ぶ。

 しかし、刃の方も毒に触れたことで一部溶解していた。


「はぁ~ん、酸みたいな効果もあるわけね。その力を持っているのがお前みたいなスペックの低い人間じゃなかったら俺も危なかったぜ」


 アーノルドは攻め手を変える。

 接近戦を捨て素早く距離をとると、無数の細かい刃を空中に作り出しエンデへと放つ。


雨風の飛刃レイニーブレード……」


 エンデの体は斬撃に対して部分的な液状化で対応する。

 しかし、同時に何か所も攻撃され続ければ人間の形を維持することが難しくなる。

 特に腕や足などの四肢は細く切り落とされやすい。

 すぐにエンデは立っていられなくなった。


「お前の体は確かに斬撃に対して無敵だ。鋼鉄魔法は相性が悪い。だが、俺はお前が元からそんな体じゃなかったことは知ってる。つまり後天的に呪文によってその体質を手に入れたってことだ。スライムなんかとはまた違う。つまり、その呪文の効果を魔力によって発動しているんだ。ここまで言えばお前でもわかるな?」


 刃の雨に晒され【超毒身体ポイズンボディ】の効果をずっと発動していると魔力切れを起こす。

 そうなれば体は普通の人間に戻り、刃に切り刻まれて死ぬ。

 だが、アーノルドは意外にも攻撃の手を止める。


「いい加減何かしゃべろうぜ? それとも耳栓でもしてるのか? 俺が言葉で他人を洗脳する魔法でも持っていると思ってさ……」


 エンデはこの問いに対しても無言だったが、目がピクリと動くのをアーノルドは見逃さなかった。


「くくく……マヌケな奴め……。黙っていれば何も悟られないと思っているのもそうだが、言葉で洗脳なんて安易な発想にとらわれているのも笑えるなぁ。ロクに魔法が使えない事よりも、頭が悪い方がよっぽど罪だ。だから何年も底辺冒険者だったんだよ! 頭の良い奴は戦えなくてもいくらでも仕事があるからな!」


 アーノルドの言葉にエンデは膝をついて頭を抱える。

 まるで何かに逆らおうとするように。


「耳を塞いでも心に響くだろう俺の言葉は? それだけ図星ってことだ。お前は冒険者どころか人間として底辺だ。あそこで死んで俺の役に立っておけば良かったんだ。まあ、もう遅い。あれだけ群衆を煽った以上お前は殺さないといかん。出所はわからんが、竜の力は本物のようだから利用できないのが残念だ」


「あ、ああ……」


「よし、まずは耳栓をとれ。言葉を心に響かせるのは疲れるんだ。その後は今のお前の仲間について聞かせろ。そっちも一緒に始末しないといけないからな」


「ああ……」


 大人しく従うエンデを見てアーノルドはほくそ笑む。

 簡単すぎる。エンデのように何年も負い目を感じて生きてきた人間の不安を煽るのは。


(大げさな演技も、芝居がかったしゃべりも、すべて俺の真の力である心壊の金属音メンタルメルトメロディーを隠しつつ補助するためのものでしかない……! この音は超音波に近い。耳じゃ聞こえないから塞いだって頭に直接響くのさ)


 金属という硬いイメージからは想像できない音という武器。

 自らの利益のために人を平気でだませるアーノルドだからこそ生み出せた魔法だった。

 この音が頭に響けば、人は心の中にある不安を増幅させられてしまう。


 だが、不安がなければ増幅もしない。

 アーノルドの過剰な演技や無理やりな言い訳は、ほんの少しでも人の心の中に不安を作り出すための布石なのだ。

 マカルフの住民たちは最初にエンデを信じてはいたが、彼らとてあの底辺冒険者エンデが急に強くなって帰ってきたことには微かな疑問があった。

 中にはいつも見下していたエンデが自信ありげな表情をしていて気に入らない者もいただろう。

 そういった感情を腕を切り落とすパフォーマンスや流行りのウワサ話で煽り、魔法で確実なものにした。


 エンデもまたマカルフの町で埋め込まれた自己否定という不安の種が金属音で再び呼び覚まされていた。

 アーノルドの方が戦略においては何枚も上手であることに疑いの余地はない。


「さて、仲間は何人いる?」


「俺以外に三人……」


「特徴は?」


「一人はサキュバス……メイド服を着ていて三属性の魔法を三段階のレベルに分けてコントロールする几帳面な人……。もう一人はスライム……人間以上に賢くて見抜けないレベルで女性への擬態が出来る……」


「マジか……どっちもとんでもないレアじゃねーか! 三属性使い分けられる奴は冒険者にもそういないし、知能のあるスライムなんて聞いたことがねぇ! エンデよりおっかねぇじゃん! こりゃ生け捕りにして裏で売り飛ばした方が良さげだな……」


「…………」


「で、肝心の魔王の特徴は? そもそも本当にいるのか?」


「いる。幼い少女のような見た目で……魔法を持っていない……」


「は? つまり前のお前と一緒ってこと?」


「そうだ……」


 アーノルドは一瞬真顔になった後、腹を抱えて笑い出した。

 そのまま地面を転がりまわる。


「あひゃひゃひゃ! そ、そんな偶然あんのかよ! ありえねー! 魔王にも雑魚がいるんだな! なんだ? お前らってそういう面白人間ならぬ面白モンスターばっかの集まりなのか? ひゃひゃ、腹いてぇ……!」


 ひとしきり笑い終わったアーノルドは再び尋問を再開する。


「お前の魔王様はかわいいのか?」


「俺が今まで会った人の中では一番綺麗な人だ……」


「性格は?」


「生意気なようで……本当は素直で優しい子だ……」


「ほ~、最高だねぇ……。生意気ロリッ子魔王様となれば欲しい人間はごまんといるだろうさ。なかなか魔王を生け捕りには出来ないからな。強すぎて捕らえておく手段がないし。だが、魔法が使えないひ弱な魔王様なら話は別だ! いくらでも金を稼ぐ方法が浮かんでくる……! メモだメモ!」


 アーノルドはいつもの使い古した手帳を取り出し、どんどん書き込んでいく。


「売り飛ばすよりも手元に置いておいて客でも取らせるか? 魔王を抱いたなんて最高のステータスになる。目立っていらん勢力に目をつけられることだけは勘弁だが、個人に売ってはい終わりってよりも間違いなく稼げるし俺も手を出せる! やべぇ、興奮してきた! エンデ、お前はその魔王様のこと好きだったのか?」


「……まだわからない。でも、好きだと思う」


「くあぁ~!! さらに興奮させてくれるねぇ!! 背徳感がたまらんよォ! ここでお前を殺すのが惜しいわ! 目の前で魔王様が汚されるところを見せてやりたいぜ!」


「俺は彼女を守りたいと思っている」


「ん~、だから?」


「お前を殺す」


 うつむいていたエンデが静かに顔を上げる。

 もうその目には殺意しか宿っていないかった。


「な、なに言ってんだお前。い、いつから正気に戻っていた!?」


「初めから……というと嘘になる。俺はお前よりも劣っている人間なのは確かかもしれない。この期に及んで実際に生きて動いている人間を目の前にすると、ほんの少し殺しへの抵抗が生まれた。だから不安を煽られ、一度はお前の洗脳にかかったように思えた」


 エンデの体からどろどろとしたマグマのような毒液が漏れだす。

 地面に生えた雑草を溶かして蒸気を上げ、ゴボゴボと泡立つ。


「マカルフの町でもそうだ。あの町は人間時代の思い出と知っている人が多すぎて、昔の俺のような自信のない自分に戻ってしまった。そこから救い上げてくれたのも新しい仲間だった。そして、この魔境は新しい故郷で、俺たちの領域だ」


「ひっ、ひぃ……!」


 アーノルドは再び【雨風の飛刃レイニーブレード】を発動する。

 しかし、無数の刃はエンデの体に触れる直前ですべて溶けてしまった。


「俺はお前に怒っているし、なにより恐れている。この世界にお前が存在していると思うと俺は安心できない。知っての通り小心者だからな。だから、お前は殺す。俺のために、仲間のために、何よりパステルのために」


「ゆ、許してくれ! 今までの行動も言動もすべて謝る! 罪も認めて牢獄にも入る! だから命だけは……!!」


「最も救いようがない」


 エンデの心の魔本に新たな呪文が刻まれる。

 それは魔本を読まずとも脳裏に浮かびあがってきた。

 自分の死や人生をあざけり笑われたことよりも許せない愛する人への悪意。

 感じたことのない激しい怒りによって目覚めた禁じられた力……。


(ハイドラ……こんな俺でも肯定してくれるのか……。ありがとう……いま約束を果たす!)


 異質な黒いオーラがエンデを包む。

 アーノルドはすべてを投げ出し、霧を掴んででも逃げようとあがく。

 その背中に最後の魔法が放たれた。


「禁呪……死毒竜ハイドラ!!」


 どろどろとした毒液で肉付けされたおぞましい竜がアーノルドを丸飲みにする。

 肉体を溶かし、身を守る魔法も、断末魔すらも溶かしつくした後には、紫紺のシミと微かな赤が残るのみだった。

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