Page.19 残された人々

「よーし、これで全部運び出せたか?」


「はい、魔境への侵入者は一人を除いてこれで全部です」


「メイリ……わざわざ一人を除いてなんて言わなくていいんだよ。終わったことなんだからさ」


「報告は正確に行うからこそ意味があるのです、サクラコ」


 戦いは終わった。

 俺たちは気を失っている五十人近くの冒険者を魔境の外に運び出した。

 霧の中に放置していてはまた犠牲者が生まれる。

 彼らはアーノルドに半ば操られるような形で魔境に連れてこられていた。

 そんな人まで殺してしまってはアーノルドと変わらない。


 もっとも、中には初めから作戦を知っていたアーノルドの共犯者ともいえる者たちもいる。

 彼らには人間社会における真っ当な制裁を受けてもらうとしよう。

 やってきたことを暴かれれば、一瞬で死ぬのとはまた違う死の苦しみが待っているだろう。


「エンデ、お前大丈夫だったか? アーノルドは強かったんじゃないか? 怪我とかしてないか?」


「大丈夫だって。それさっきも同じこと聞いたよ?」


 サクラコはやけに俺を心配してくれる。

 確かにあいつは強かった。

 A級であることに疑いはないし、昔の俺じゃ何人いても勝てない。

 増えた俺の分だけバラバラ死体が散らばるだけだろう。

 今回だってハイドラから受け継いだ力で勝たせてもらったようなものだ。


 でも、それでいい。

 大切な人を守れるのならば、その力が自分の物でなくたって構わない。


「なんかさっきから暗い顔してるぜ? なんか悩んでるのか?」


「悩んでないよ。人を殺したことも。サクラコがそうやって気にしてくれるのはとっても嬉しいけど、俺は大丈夫さ。覚悟するだけの時間はたっぷりあった。みんなが他の冒険者の相手をしてくれたからね」


「そうか? ならいいんだけどな。本当に気にするなよ? あいつはエンデ以外にもこれまでに何人も騙して殺してるんだ。死んで当然のクソ野郎なんだからな! エンデはよくやったよ」


「うん、ありがとう」


 ドロドロに溶かしてしまったので奴の死体は見れなかった。

 でも、殺した実感はハッキリある。

 こういう時って、結構思い悩んだり引きずる人が多いって聞くけど、俺はむしろ安心感を覚えてしまった。

 自分を殺そうとした極悪人がこの世界からいなくなったんだ。

 一安心という感情が何よりも強かった。


 今まで生きてきて味わったことのない感情。

 問題から逃げるのではなく、乗り越えたという感覚。

 後悔などはまるでなかった。

 最良の選択ができて、清々しいとすら思える。

 ただ、この本心を打ち明けてパステルがどう思うかだけ少し気になった。

 きっと人間としておかしい感覚だろうから。


「エンデ様」


「あっ、なに? 俺は大丈夫だよ?」


「ええ、十分にわかっています。それよりもこの冒険者たちをどうしましょうか。魔境の外に出したので毒で死ぬことはないのですが、モンスターに襲われる危険性はあります。とはいえ、全員起こせば混乱が起こりますし、この人数を町まで運ぶのも現実的ではありません」


「うーん、そうだなぁ……」


 目の前に転がっている冒険者たちはメイリの絶妙な手加減によって気絶しているだけだ。

 放っておけば勝手に目覚めるだろうけど、それでは困ることがいくつかある。

 メイリが述べたことに加えて、アーノルドの仲間たちのことだ。


 今現在、アーノルドの仲間たちは手足を拘束して逃げられないようにしてある。

 しかし、事情を知らない人がこれを見ても、なんで拘束されているのかがわからない。

 きっと簡単に拘束を解いて仲良く町に帰ってしまうだろう。

 置手紙でも書いておこうか?

 いや、俺からの手紙なんかより今目の前にいる同業者の言葉を信じてしまうはずだ。


 誰かアーノルドたちの罪を理解して、裁く必要性があると理解してくれる人が必要だ。

 こっちは今までの悪行を証明する手掛かりになりそうな物を手に入れている。

 信頼できる人物にそれを預けたい。

 とはいえ、地面に転がっている冒険者たちの中に俺が信頼できる人はいない。

 そもそもあんまり関わることのないB級冒険者ばかりだからなぁ。

 さて、どうしたものか……。


「……誰か来る」


 無意識につぶやいた言葉に自分自身が驚く。

 まだ緊張状態で感覚が鋭くなっているんだ。


「気づかれたか……。以前のお前ならば肩を叩かれるまで気づかなかっただろうに」


 物陰からスッと現れたのは、俺もよく知っている人物だった。

 いや、俺は彼のことをそこまで知らない。

 彼が俺のことをよく知っているんだ。


「なんだ? エンデの知り合いか?」


「アウグスト・ウィートフィールド、マカルフのギルドマスターだ」


「あー、なるほどね。あんまり人前に姿を見せないから顔を把握してなかったぜ」


 他のギルドマスターがどうかは知らないが、彼はやたらと一般の人の前には出てこない。

 でも、管理すべき冒険者の前にはよく現れる。

 俺みたいな下っ端にすら話しかけてくれていたのだから、真面目な人なんだとは思う。

 真面目なギルドマスターが魔王の手先となった冒険者に対してどういう対応をしてくるか……俺にだって想像はつく。


「そう構えるなエンデ。私はむしろお前に謝らねばならない。ギルドマスターとしてアーノルドの暴走を止められなかった。その尻尾を掴み切れなかった。本当にすまなかった」


 どう返事をすればいいのだろうか……。

 ギルドマスターは冒険者を管理する立場だ。

 だからこそ明確な証拠なしに冒険者を裁くことは出来ない。

 アーノルドはそういう点に関しては天才的だ。

 わざと逃がしていたわけじゃないんだろう。

 俺も頭ではよくわかっている。


「俺は……生きてますから、あなたを責めるつもりはありません。ただ、ここに書かれている人たちはきっと無念の死を遂げたんだと思います。だから、真実を暴いてあげてください」


 俺はアーノルドが放り投げていた手帳をアウグストに渡す。

 そこには今までの犠牲者と思われる人々の名前が何ページにもわたって書き記されていた。

 その中にはもちろん俺の名前もある。


「こ、これは……」


「アーノルドの手帳です。今まで一緒に冒険してきた仲間を忘れないように……なんて美談になってそうですが、実際は犠牲者リストでしょうね。犯行の計画なんてのも書きなぐってあります」


「なぜアーノルドは自分の悪事の証拠になるような手帳を持ち歩いていたんだ……?」


「さあ、本人は殺してしまったのでわかりません。ただ、想像はつきます。善良な冒険者のふりをしつつ悪事を働くスリルというか興奮が増すんでしょう。見られればバレてしまう秘密を常に持ち歩くことで」


 アウグストは信じられないといった表情だ。

 彼自身はギルドマスターとしてアーノルドのことを信じたかったのだろう。

 しかし、奴はまともじゃなかった。

 あえて生かしてある仲間たちがそれを証明してくれるはずだ。


「犠牲になった人のためにも真実を明らかにしてください。それだけが俺の願いです」


「待てエンデ! お前は戻ってこい! 一緒に真実を明らかにするんだ!」


「何か協力できることがあれば協力しますが、俺はもう自分の主張をマカルフでしました。アーノルドに騙されて殺されかけたんです。それ以外の罪についてはサリーのことくらい把握していませんし……」


「違う! お前は冒険者に戻るんだ! 以前のお前は魔法がまったくつかえないから落ちこぼれ冒険者だったんだ。だが、今はアーノルドを倒せるくらいの力がある! その力で冒険者としてのし上がれ! 昔からお前には冒険者として正しい精神が宿っている思っていたんだ!」


 彼の言っていることは本当だろう。

 昔から俺を気にかけてくれていた気がする。

 それが人間としての優しさなのか、ギルドマスターとしての仕事なのかはどっちでもいい。

 本当なら俺みたいなやつは気にかけるまでもないんだ。

 人間界では間違いなく俺を人間として見ていてくれた人だ。

 それでも、彼の気持ちには応えられない。


「俺は冒険者には戻りません」


「なぜだ!?」


「俺の帰りを待っている人がいるんです。俺を必要としてくれて、俺も必要としている人が。その人の隣が今の俺の居場所なんです」


「もう、こちらに居場所はないと……」


「はい」


 アウグストはそれ以上食い下がっては来なかった。

 冒険者たちは目覚め次第歩いてもらい、なかなか目覚めない者はアウグストが用意する馬車で運ぶことになった。

 俺たちはアーノルドに関することで協力できることがあればいつでも魔境に人をよこしてくれと言い、その場を去った。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 エンデたちが去った後、アウグストは深いため息をついていた。

 無理もない。あまりにも驚くべきことが起こりすぎた。

 ギルドマスターとて人間なのだ。


「さて、これから俺の支部はどうなるか……」


「あんたの努力次第だな」


「うわああああああっ!?」


 気配を消して戻ってきたサクラコにアウグストは腰を抜かす。

 サクラコは彼に言いたいことがあっても戻ってきたのだ。

 もちろんエンデたちの許可はとってある。


「オッサン大丈夫か? 驚きすぎだろ」


「完璧に気配を消しておいてよく言う……」


「ふっ、ギルマスレベルでも俺を捉えることは出来ないか……。まっ、それは置いといて。俺の名前はサクラコ。エンデの所属している魔王軍の幹部だ!」


 アウグストの首筋に冷や汗が流れる。

 彼もギルドマスターになる以前は冒険者として第一線で活躍していた。

 そんな自分がまったく気配を察知できない存在……間違いなく格上だ。

 一対一で対峙すれば、命の危険を感じるのも無理はない。

 しかし、サクラコから繰り出されるのは小姑のようなお小言ばかりだった。


「昔からエンデのことを評価してたなら、もうちょっと特別扱いしていればよかったよな? すごい力に目覚めてから帰ってこいじゃ心象が悪いぜ。信頼の築き方がへたくそだな、ギルドマスターのクセに」


「なぜ今そんなことを……と言いたいところだが、おっしゃる通りだ。だが、私もすべての冒険者を気にすることは難しい。今日だってギルドマスターの仕事で他の町に行って、帰ってきてすぐにこれなんだぞ。アーノルドとエンデが揉めたことを部下から聞いた時には肝が冷えた」


「まあ、死んだはずの奴が帰ってきたわけだからな。肝も冷えるだろうさ。でも、その開き直り方はどうなんだ? ギルマスのあんたがしっかりしてれば、アーノルドみたいなヤバい冒険者を未然に排除出来るだろ?」


「冒険者はギルドに所属しているが実質個人でやっているようなものだ。犯罪は見つけ次第裁いているが、ゼロに抑えるのは難しい。アーノルドのように依頼はキッチリこなして、魔境のような何かあってもそうそう調査に行けないところで罪を犯されるとなおさらな」


「そう……か。アーノルドは魔境探索のプロフェッショナルとして評価されてたんだ。逆に言えばあいつ以上に魔境を上手く調査できる奴はいないってか。そりゃ犯罪の尻尾を掴むのも一苦労だ」


「わかってくれたか。だからこそ、エンデの力が欲しいのだ! 彼の高潔な精神ならば必ずや世界を平和にしてくれる!」


「言いすぎだな。あいつは正義の味方みたいにみんなの期待を背負い込める男じゃない。女一人背負ってるくらいがお似合いさ」


「やけにエンデのことを知っている風に語るではないか。付き合いが長いのか?」


「長さは関係ない。深さだよ。俺たちは命を預けあう魔王の軍勢だからな。そうそう、勇者とかギルド本部に俺たちのことを報告するんじゃねーぞ! 俺たちも町を襲うつもりはないからな! お互いぬるくなれ合っていこうや」


 サクラコはすっきりしたのか魔境の中に帰っていった。

 残されたアウグストからすればたまったものではない。

 新たな魔王を発見してギルド本部に報告しないのは重罪なのだ。

 魔王との結託が疑われギルマスをクビになるどころか、首が飛んでもおかしくない。

 到底聞けない願いだった。


 しかし、サクラコの言うことを無視すればエンデとの繋がりが完全に断たれてしまうかもしれない。

 アウグストとしてはエンデのことは諦めきれていない。

 その存在がいずれ自分と町にとっての切り札になるかもしれないからだ。


 冒険者たちが目覚め、少しずつ町への帰還が進む中でもアウグストは考え続け、町に全員を帰して自分も帰ってきたところで名案が思いついた。

 調査中で濁すのだ。

 アウグスト自身は魔王を見ていないし、存在が確認できたわけではない。

 冒険者たちも無論見ていない。


 魔王の存在を主張したのはサリーだけだ。

 彼女は思い込みが激しいうえに、魔王を見た時というのは弱っていて精神が不安定だったと考えられる。

 流石に精神が不安定な少女一人の証言でギルド本部への報告書を作るのは難しい。


 いや、そんなものを作った方が本部に迷惑だ。

 サリーの見たという魔王はまるで幼い少女のようで、周りの配下よりも弱そうだったらしい。

 そんな魔王がいるはずない。でも、いるかも。

 だから、じーっくり時間をかけて調査するのだ。


(うむ! 何もおかしくない! むしろ、これは正解の動きだとすら思える完璧な理論武装だ!)


 意気揚々と冒険者ギルド・マカルフ支部のギルドマスター室の椅子に座ったアウグスト。


(とりあえず、魔王の話を聞いた一般人はそれなりにいるらしいから、彼らに調査中なので騒がないようにとクギをささなければ……)


 ありえないことだが、本部の人間や勇者がお忍びでマカルフに来ていて、偶然にも魔王の話を聞いてしまうなんてことはあってはならない。

 作戦は完璧に進める。

 そして、これからはよりキッチリと仕事をこなし、不良冒険者の処罰にも力を入れていく。

 アウグストはやる気だった。


 ただ、今日の彼はとにかくありえない出会いをたくさんする日だった。

 ドアがノックされ、秘書の声が扉越しに聞こえてた。


「ギルドマスター! お客様です!」


「誰だ? 予定は入れていないが」


「それが……その……偶然この町に来て、良からぬウワサを聞いたのでぜひ協力したいという……」


「……いいぞ、ハッキリ言ってしまえ」


「勇者様です……」


「三十秒だけ待ってくれ」


 アウグストはハンカチを噛みしめて叫んだ。

 くぐもった声がかすかに漏れ出る。

 別に彼は勇者が嫌いなわけではない。

 ただ、自分が悩みに悩んだ作戦が一瞬で崩れたことが悲しいのだ。

 それも対策など不可能な不運によって。


(すまんエンデ! 時間稼ぎすら出来そうもない! 俺も家族がいるし、クビも首も惜しい! あとは自力で解決してくれ!)


 三十秒後、扉が開き勇者は現れた。

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