Page.24 修羅を求めて

 修羅神……それはよくわからない存在である。

 これに関しては俺が不勉強というより、本当によくわからない存在なんだ。

 ただ、彼らが授けてくれると言われている『ある物』は昔の俺にとっては喉から手が出るほど欲しいものだった。

 だから、俺は修羅神に関する情報は覚えていたし、思い出すことが出来た。


 修羅神は『迷宮ダンジョン』と呼ばれる場所に住んでいる。

 それは洞窟かもしれないし、建物かもしれない。

 水の中かもしれないし、空の上かもしれない。

 ただ、共通しているのは迷宮の中が異次元だということ。

 外見からではわからない広さの空間が迷宮の中には広がっている。


 また、内部の環境もそこに住み着く修羅神によってまちまちだ。

 わかりやすく言うと、迷宮は超局地的な魔境なんだ。

 人間には厳しい環境だが、それを乗り越え最奥へとたどり着き、修羅神に認められれば褒美が与えられる。


 その褒美は『修羅のしおり』。

 しおりと言っても普通のしおりではない。

 迷宮を突破した者に与えられる褒美が、サービスの良い本屋なら本を一冊買っただけでサービスしてもらえる物であるはずがない。

 言うまでもなく魔本に挟むことによって効果を発揮する方のしおりだ。


 パステルが魔界との通信のために一度使っていたが、あれは使い捨てで非常に高価。

 修羅のしおりは何度でも使えるし、修羅神に認められた者専用だ。

 専用というだけあって体が拒否反応を起こすこともないし、他人が奪っても使うことは出来ない。

 いうなれば後付けの呪文だ。


 白紙だった俺は本当にこれが欲しくてたまらなかったけど、迷宮は熟練の冒険者でもなかなか足を踏み入れようとはしない。

 流石に足手まとい確実の俺を連れて行って、さらに一枚しか貰えないしおりを譲ってくれる聖人はいなかった。

 まあ、命もかかってるし当然の話だ。


 でも、今回俺は他人のために迷宮に向かう。

 他でもないパステルに新たな力を手に入れてもらうために。

 屋敷の戸締りをして、最低限の荷物を背負って俺たちは冒険の旅に出た。

 といっても、迷宮は結構近場にあるんだけどね。


「メルはこの迷宮を発見して、それをギルドに報告するためにマカルフに来たのかな?」


「どうだろうな。メルのことだから以前に発見した迷宮を報告せず、魔王への手土産とするために放置していた可能性もある。マカルフへは他の用事で来たのかもしれん。それこそ不良冒険者の調査とかな」


「もしそうなら、メルが早めにマカルフに着いてたら俺たちは出会わなかったかもね」


「また別のキッカケで出会っていただろうと、私は思いたいがな。運命という言葉を安易に使いたくはないが」


「そ、そうだね」


 かなりグッとくるセリフだった。

 いかんいかん、またサクラコにいちゃいちゃしてると茶化される。

 真面目にメルからもらった地図を確認しておくか……と思ったら、地図はサクラコが読んでいる最中だった。

 どうりで茶化してこないわけだ。


「迷宮の名前はゲーゴシンか。近くにあってよかったな! おかげで荷物も少なくて済むぜ」


「ありがたいことに私は手ぶらだ。何か一つくらい持たせても良いのだぞ?」


「それはダメだぜパステル。お前は俺たちにとって一番守らないといけない存在なんだ。そんな大事な子に重い荷物を持たせて動きを鈍らせるのはいただけないね」


「むぅ……だが、私を守るおぬしたちの動きが鈍ってもいかんだろう」


「俺たちにはこのくらいの荷物平気だし、いざとなったらすぐ捨てるさ。でも、パステルには捨てるタイミングもわからないだろう? まだ魔力を感知することも出来ないし」


「ぐぬぬ……」


 魔力を周囲に広げて自分と異なる魔力を感じ取る訓練を続けているが、そもそも魔法がなく魔力制御が未発達なパステルはまだまだ上手くいかない。

 逆に魔法を手に入れた俺は急速にその能力が伸びてきている。

 慣れると意識せずとも常に使うことが出来るんだ。

 そう、今も……。


「エンデ様、お気づきですか?」


 メイリがチラッとこちらを見る。

 抜き打ちテストみたいで怖いが、今回は問題ない。


「この先……おそらく迷宮の周囲に複数の魔力が感じ取れる。ただのモンスターじゃなくて、それなりに訓練された魔力に思えるよ」


「はい、私もそう思います。彼らは組織されたチームだと考えられますが、その割にはなんとも魔力の質が良くありません。この魔力が真実なのか、上手く偽装しているのか……」


 魔力感知は万能ではない。

 あくまで漏れ出している魔力を感じ取るだけだ。

 魔力の気配を絶ったり、上手くコントロールして自分を弱く見せている相手には注意しなければならない。

 この能力にだけ頼らず、あらゆる手段で敵を探るのが鉄則だ。


「んじゃ、俺の出番だな」


 サクラコが自分の分身を作り出す。

 彼は分身と感覚を共有している。

 一体だけならば、それなりに本体から遠い距離まで分身を動かすことも可能だ。

 これを使って敵を探る。


 リスクはこの分身がやられるとただのゼリー状の物体になって自然に帰ってしまうこと。

 分身が本体と再度合流できない場合、サクラコは細胞が減ったままになる。

 失った分を取り戻す増殖には時間が必要だ。

 むやみやたらに分身は飛ばせない。


「慎重かつ素早く仕事をこなすとしようか」


 分身は足の裏をスライム状にして、その弾力で跳ねながら偵察に向かった。

 敵を発見したら本体のサクラコに情報が伝わる。

 それまで待ちの時間だ。


「なぜあの集団はここにいると思う?」


 パステルの質問に答えはすぐ浮かんできた。

 だが、口には出さなかった。

 彼女もおそらく気づいている。

 俺たちが迷宮に向かうと知っているのは、ここにいる四人を除いて一人しかない。

 その人物の役職を考えれば、魔境から魔王を引きずり出して攻撃を仕掛けることに理由はいらない。

 敵を確実に仕留めるために自分の土俵に引きずり込む。

 あの集団も彼女が用意した仲間という名の土俵なのかもしれない。


 でも、そうではないかもしれない。

 修羅神の迷宮を探す専門の冒険者もいるくらいだ。

 それにここは人里から恐ろしく離れているわけでもない。

 メルが報告を渋っている間に他の誰かが見つけていてもおかしくないだろう。


 あと、修羅神というくらいだから、それを信仰対象にしている人がもとから住んでいるなんてことも……あるかも。

  いや、ないか……。


「見えたぜ!」


 サクラコが口を開く。

 場の空気が一気に張り詰める。


「……うーん、なんともダラけた奴らに見えるぜ。人間の集団ではないな。みんなツノとかキバとか生えてるし。ただ、みんな同じ制服を着ているからこいつらは間違いなくチームだ。武器まで統一感があるし軍隊かも。あっ! 旗があるぜ!」


 サクラコは分身の方に集中しているのか、虚空を見つめてしゃべる。

 少し不気味だが、やはり有能なんて言葉じゃ足りないほどサクラコは頼れる男だ。


「うわー、趣味悪いなぁ……。赤色がドキツイぜ。真ん中には太陽のモチーフか? キンキラキンだ」


「太陽のモチーフだと!?」


「ちょっ! 大声出すなよパステル! 驚いて分身の方が見つかっちまう!」


「すまんな……。ただ、その旗を私は知っているし、おそらくそいつらを率いている者も知っている」


「ええっ!?」


 その場にいた誰もが驚く。

 メイリも珍しく口を開けて驚いている。


「その旗は魔界名家の一つ『ソーラウィンド家』のものだ。そして、だらけた軍団を率いている者の名は……」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「あ~、ここに野営地を作って何日だ?」


「まだ一週間も経ってないぞ」


 目の前にたたずむ巨大な塔。

 修羅神『ゲーゴシン』の住む迷宮を見つめてぼやく男二人。

 彼らは肌の色が人とは少し違い、ツノやキバが生えている。

 いわゆる獣の特徴を受け継ぐ獣人なのだが、彼らはモンスターの方の獣の血を引いている。

 魔獣人とか言われることもあるが、彼らは呼び方を気にしてない。


「俺らもダンジョンに加勢しに行った方が良いんじゃないか?」


「お嬢様より弱いのに行っても足手まといだろ」


「そりゃそうだ。なんでお嬢様はもっと優秀な配下をお選びにならないんだろうか?」


「きっと、我々を憐れんで使ってくださっているのだ。落ちこぼれの我らを」


「ああ、なんてお優しいんだ……。俺らも加勢に行こう!」


「今のでお前は絶対に足手まといだと確信したぜ……ん?」


 男たちはふわりと目の前に降り立った美女に目を奪われる。

 人間のようだが人間ではない。

 モンスターの血を引いている彼らには本能的にわかった。

 だが、亜人でもない。

 そもそも人間に似ている種族サキュバスだ。

 ただ、この軍団にこんなに美人のサキュバスはいない。


「おおう……どエロイ美人さんだ……」


流の鎖ハイドロ・チェーン


 男たちは一瞬にして水の鎖で拘束された。

 同時に周囲にいた彼らの仲間も拘束され、計六人が地面に転がされる。


「おっ、メイリが一番大漁か」


 器用に四人の仲間を引きずってくるピンク色の女が現れた。

 彼らの服は少し焦げている。

 電撃系の魔法で気絶させられたのだろうと思い、男たちは震える。


「こっちには女の子がいなくて良かったぜ。流石に女の子をしびれさせるのは忍びないからな」


「性別関係なく役目は果たしてください」


「わかってるよ。いざとなったらちゃんとするさ。それより俺をもっと褒めてくれよ! この技使うと俺も少ししびれるんだからさ!」


「よく頑張りました。それでエンデ様は……」


「ごめんごめん、加減が上手くできるか不安で遅くなった」


 黒……いや紫の髪をした男が合流する。

 眠っている男たちの仲間を背中に一人、腕で一人を抱きかかえている。

 二人をゆっくり地面に寝かせる仕草から、男たちはこいつが一番この集団で格下なのだろうと思った。


(いや、そんなこと思っている場合じゃねー! このままではお嬢様まで同じ目に! そうはさせない! なんとか……なんとかしなければ!)


 しかし、水の鎖は硬く砕ける気配はない。

 そんな中、迷宮の扉が内側から開かれた。

 現れたのはひどく青い顔をした少女とこれまた憔悴しきった青年だった。


 少女は赤いドレスを着こみ、くるくる巻かれた髪も燃える炎のように真っ赤だ。

 青年は黒い燕尾服を身にまとい、清潔感のある短い黒髪をしている。

 まさに煌びやかなお嬢様と執事といった装いだが、二人ともずぶ濡れなので煌びやかさは見る影もない。


「また失敗してしまいましたわ……」


「明日頑張りましょう……」


「そうですわね……。では、シャワーの準備を……」


 二人は現実が見えていないのか、目の前に転がされている仲間たちに気づかない。

 そんな彼女らを現実に引き戻したのは、凛とした少女の声だった。


「久しぶりだな、エンジェ・ソーラウィンド。私のことを忘れたとは言わせんぞ」


 オレンジ色の髪を左右で二つに縛り、大きな房のようにしている小さな少女。

 魔王パステル・ポーキュパインが二人の前に立ちはだかる。

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