Page.31 狂乱の幕開け

 「パステル、もう一回行っとくけど武闘大会はあくまで宴の余興、お遊びなんだ。無茶はしないでね」


「わかっておる。無理はしない。だが、勝つために戦うぞ」


 武闘大会のエントリーは始まっていた。

 試合の形式は二対二のタッグマッチ。

 ギブアップ宣言、十秒以上場外、気絶、レフェリーが続行不可能と判断した大怪我のどれかに当てはまると失格。

 先に二人とも失格になった方が負けだ。


 俺の試合における役割はすぐに場外に出ること。

 パステルとエンジェ、一対一で戦うために。

 あちら側もあの執事さんがパートナーとして一応出場し、すぐに場外アウトになる予定だ。

 ここで裏切られることは……まあないだろう。


 そして、別にこれはトーナメント戦でも総当たり戦でもない。

 あらかじめ同意を得ている者同士が特に意味もなく戦うだけだ。

 いや、意味もなくは言いすぎか。

 鍛えた技を見せつける、カッコよく戦って宴を盛り上げるなどの意味はある。


 あとは最も優秀な者には賞品もでるんだった。

 でも、大会の形式が適当な以上、この最優秀選手を決める方法もなんとなくのイメージ優先で適当らしい。

 だから賞品も後腐れないように微妙なものが用意されている。

 どんな選ばれ方で、誰がもらっても特に何も思わないようなものが……。


 他のみんなにとって、これは間違いなく余興だ。

 でも、パステルにとっては真剣勝負なんだ。

 俺としては無理してほしくない。

 一度失格になった選手は試合中の仲間の手伝いをすることは出来ない。

 もどかしい状況で俺は見守ることになる。

 でも、彼女が真剣ならば俺だって真剣に応援するし、いざという時は体を張って守る。

 それだけはどんな状況で、どこにいても変わらない。

 たとえ、屈強な魔族たちに囲まれていようとも。


「私のわがままのせいで、いらぬ心配をかけてすまないと思っている」


「このくらいのわがままが聞けないほどみみっちい男ではないさ」


「いつもなら冗談に聞こえるが、今日はそのセリフもきまっているぞ。エンデが他の女にとられぬよう注意せねばならんな」


「そんな女の人いるかなぁ?」


「ふっ……世の中見る目のない女ばかりで助かる」


「あっ、大会が始まるみたいだよ!」


 地面を盛り上げて作られた武闘大会のバトルフィールドの上に一人の男が登ってきた。

 黄土色の髪に印象的な口髭、茶色など地味な色を組み合わせ作られたスーツを着こなしている。

 一見変人に見えなくもない。

 しかし、その身から溢れ出す大物オーラはどうしても隠し切れない。

 おそらく彼が……。


「どうも、ゾイル・アースランドです。みなさん、お楽しみいただけているようですね」


 今回の宴の主催にして魔界名家が一つ『アースランド家』の現当主。

 アースランド家は地属性魔法を得意とし、このバトルフィールドもアースランド家の関係者の合体魔法によって大地の形を変えて作られた。

 その家をまとめる当主であるゾイルも相当の使い手だとわかる。


「しかしながら、宴はまだまだそのボルテージを上げていきます! みなさんお待ちかね……武闘大会の開幕をここに宣言します!」


 ワッと沸き立つ魔族たち。

 酒に戦いがあれば人間だって盛り上がる。

 でも俺は少しこの熱狂に取り残されているからか、違和感というか少し頭が冷たくなる感じがした。


「さて、ルール説明に移るのですが……まあ、毎回ほぼ一緒ですし、参加者にはすでにお伝えしてあるので省略します! どうせ試合中に実況でなんどもルールには触れますしね」


 あのシンプルなルールを理解していない者はこの中にいないのだろう。

 周りの人々もここらへんの話は聞き流している感じがする。

 そんなことより早く試合をやろうぜ……と。


 しかし、そんな考えが吹き飛ぶような『変化』がこの後に訪れた。

 本来ならばルールよりもどうでもいい賞品の話で。


「我々は……もう少し真剣勝負をしてみるべきだと思うのです。三家はあまり人間との衝突を好んでいませんし、お客様の中にも最近本気で戦っていないという方もおられるでしょう」


 うなずく人が何人もいる。

 確かに常に人間と戦争しているのならば、こんな宴を定期的に開くのは難しい。

 普段はみな自分の土地の中でやりくりしつつ、小競り合いを続けているんだろう。


「とはいえ、命を奪う本当の真剣勝負など出来るはずがありません! 我々は盟友なのですから! しかし、せめて試合に勝ちたいという気持ちを高める賞品をこちらでご用意させていただきました……。ご覧ください!!」


 いつの間にかゾイルの隣に用意されていた布にくるまれた物体。

 彼はその布を思いっきり引っ張った。

 中から現れたのは、吊るされた首のない人の体だった。


「うっ……!」


 本能的に目をそらし、パステルにも見せないように目を塞ぐ。

 やはり、ここは魔族の集まりなんだ……。

 本来ならば人間のいて良い場所じゃない……。


「エンデ、よく見てみろ。あれは人間でもないし魔族でもない。モンスターでも動物でもないぞ」


「えっ!?」


 た、確かに首の断面がまったく人間的じゃない。

 金属特有の光沢と何かを差し込む穴が見えるだけだ。

 よくみると関節も人間の形をしていない。

 皮膚も質感から生き物っぽさを感じない。


「ここにお集まりの聡明な皆様ならもうお分かりでしょう。こちらはGKAシリーズの……100番でございます」


 ゾイルの言葉を聞いて群衆が一気に騒がしくなった。

 首のない体は平然と受け入れ、意味のわからない言葉で盛り上がる。

 先ほど以上に置いていかれてる感あるぞ……。


「パステル、今の彼の言葉の意味わかる?」


「むぅ……わからん。なんなのだGKAシリーズとは……」


「Giant Killing Android……。通称GKAだ。『強大な敵を倒してくれる機械人形』という願いを込めてつけられた名だそうだ」


 俺たちの疑問に答えてくれたのは、赤く長い髪と一瞬女性と見間違えてしまったほど整った顔を持つ美男子だった。

 それでいて、身のこなしにも隙がない。

 話しかけられるまで彼の接近に気づけなかった。


「お主は……フレイア・ソーラウィンドか!」


「そういうお前はパステル・ポーキュパインだな? エンジェから話は聞いている」


 ソーラウィンド……エンジェのお兄さんか?

 確かに目つきとか似てるように感じる。

 しかし、彼がなぜ俺たちに話しかけて来てくれたんだ?


「……話を戻すぞ。お前たちは『超古代大戦説』を知っているか?」


「確か……古代に大きな戦争が起こって次元を切り裂く武器まで使い出したから、世界は魔界と人間界に別れたって説でしたっけ?」


「概ね正解だ。ただ、本来の説は単純に遥か昔に戦争があったということを提唱するだけのものだ。二つの世界の誕生は想像の域を出ない」


「それがあの機械人形となんの関係があるのだ?」


「むしろ、あの人形が長寿の魔族すら生き残っていないほどの遥か昔の戦争の存在を教えてくれているのだ。GKAシリーズは古代人類の切り札。力で勝る古代魔族との戦いの最中で生み出された最強の兵器だ」


「あの人間サイズの人形が最強の兵器なんですか!?」


「……動けばの話だがな。魔界の技術ですらあれは修復できない。長い時間で失われた技術が使われている。それも人間だけが持っていた技術がな。今では貴重な骨董品のたぐいでしかない。しかし、もし修復できようものならば……また、世界を大きく壊すことが出来るかもしれん」


「そんなもの賞品にしていいんですか……?」


「私ならば自分の手元に置いておく。三家は同盟を結んでいると言えど、結局は他人だ。あれほど貴重な物を隠していても責めることはできん。それに……ゾイルの言った『100番』が本当ならば、あれは動かずとも考古学的にとんでもない価値がある代物だ」


 フレイアは手帳を取り出しページをめくる。

 その手つきは興奮しているようにも見える。

 こういう古い物が好きなんだろうか。


「先ほどGKAシリーズは古代の兵器だと言ったが、流石に一体二体では世界を壊せない。現在、魔界人間界ともに発見されたGKAは90番代までだ」


「きゅ、90体もいるんですか!?」


「いた……という言い方が正しい。発見されたGKAの中に90の番号を持つ物があっただけで、90体すべては見つかっていない。おそらく、古代の段階ではそれだけ存在しただろうという仮説だ。兵器というのは試行錯誤を重ねて完成させていくものだから、若い番号はそもそも兵器として使い物にならないかもしれない」


「最初の方は実験用というわけだな。逆に数字が大きくなるほど兵器として完成されている可能性が高いというわけだ。100番代ともなると……」


「おそらく大戦の末期に作られたものになるだろう。もしかすると……本当に次元を切り裂く兵器が内蔵されているかもしれん。ただ……頭部がないのが惜しい。人間を模して造られただけあって頭部には体を動かすのに必要なものが多くつまっている。一番複雑な構造をしていて、まったく今の技術では手をつけられん。頭部がみつからん限り、やはりあれは貴重な置物でしかない」


 かなりガッカリしているフレイア。

 心なしかパステルも残念そうな顔をしている。

 俺は……ちょっとホッとしたかな。

 そんな危ない物が簡単に動かれても困る。


 でも、まぁ……俺も男の子だから遥か古代のロマンは感じる。

 機械の首か……人間界に転がってるのか、魔界に転がっているのかすらわからない。

 探して見つかるものじゃない。

 一生のうちに出会えれば運が良い。

 ただ、生き物じゃなくても首をなくして力なく垂れ下がっている体を見ると少しかわいそうになる。


「しかしながら、首が見つかる可能性はゼロではない。体が見つかったのだから、永遠に首の方だけ見つからないと言い切る方がおかしいだろう。もしかしたら、首がつながれば動きだすやもしれぬ。力を欲するなら、わずかな可能性も見逃さないことだ。そして、届くなら手を伸ばせ」


「フレイアさんは武闘大会に出ないんですか?」


「妹が出る。せいぜい真剣に戦うことだ。場合によってはあの機械人形はお前たちの物になる可能性もある」


 フレイアはそう言って去っていった。

 結局、彼はあの古代兵器に関する知識を誰かに話したかっただけなのだろうか?

 それとも、何か彼なりの目的があったのだろうか?


「ただ単に妹の対戦相手をチェックしに来たのかもしれんぞ。この私をな」


「わざわざ賞品の価値を説明して真剣に戦えって発破をかけるなんて、俺たちには優しいけど妹には厳しい人だね」


「厳しさというのは負の感情のみから生まれるわけではない。案外、逆なのかもしれんぞ」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「相変わらず見事な話術だ、ゾイルよ」


「いえいえ、今日はちょっと緊張してましたよ。何度か噛みそうになりました」


 パステルのもとを去ったフレイアは、武闘大会の説明を終えたゾイルをテントで待っていた。

 このテントの中にはフレイアとゾイル、そしてもう一つの名家『マリンハイド家』の当主シーラ・マリンハイドもいる。


「トークもそうだけどあんな隠し玉いつ用意したの? 教えてくれればよかったのに!」


「勘弁してくださいよシーラさん……。あなたに教えたら五分後にはみんな知ってる事実になってしまうじゃないですか!」


「流石にこの人数だと私でも三十分は欲しいかな!」


 水魔法を得意とし、海辺に拠点を構えるシーラは浅黒く焼けた肌に薄い水色の髪を持つ女性だ。

 笑顔がチャームポイントで、致命的なまでに口が軽い。

 自分の勢力にとって重要な情報は配下の中でも選ばれた精鋭たちが管理しており、彼女は魔王でありながらほとんど知らない。


 もっぱら海に潜って魚を捕まえたり、貝を集めたり、海藻を加工したりして暮らしている。

 容姿が端麗であることもあいまってお飾り魔王と言われることもあるが、戦闘能力はしっかり魔王である。

 性格も純粋そのものなので配下に逃げられたことは今のところない。

 むしろ、こんな感じだからもっと支えてあげたいと思うのかもしれない。


「ゾイルよ、あの機械人形をどこで手に入れた……とは聞かんが、よく賞品にしたな」


「私が隠し持っていても特に使い道がありませんからね。骨董品の知識もありませんし、価値がわからない者が倉庫に眠らせているよりかは少しでも皆さんの楽しみになった方がよいかと思いまして」


「うむ、その精神には頭が上がらん。領地の一部が人間に奪われてから、そう時間が経っていないというのに周りを気遣える心……本当に尊敬している」


 フレイアの言葉で場の空気が一瞬凍る。

 本人はその意味がわからずに、左右の魔王を交互に見る。


「な、なにかマズイことを言ったか……?」


「いや、事実なんだけど……きっとゾイルちゃんは気にしてると思うから触れない方がいいよ~って私は思ったね。ここは一応お楽しみの場だからさ」


「す、すまない。他意はないんだ。私はこんな貴重な物をみなに提供するというお前の行動にただただ感心して……」


 ゾイルはゆっくりと首を縦に振る。

 その顔は変わらず笑顔だ。


「ほほほ、フレイアさんは好きですものね、ああいうのが。どうかお気になさらずに。私とて魔王、その程度の発言に気分を害するようでは務まりません」


「ありがとう、ゾイル。我々は盟友だ。言ってくれれば出来る限りの支援はする」


「私もね! まあ、みんなの許可が取れないと私個人で送れるのはお魚くらいになっちゃうけど……」


「いえいえ本当に皆さんお気になさらずに! その問題ももはや解決したようなものですから。今日は純粋に宴を楽しみましょうぞ!」


 凍り付いた空気はすぐに溶けた。

 話題はこれから始まる武闘大会のことに移り変わっていく。


「そうえば、フレイアさんは出ないのですね。当然あの賞品を狙ってくると思っていたのでビックリです。シーラさんはもとから興味ないでしょうけど」


「私の代わりに妹がでる」


「ほう、あの妹君がですか……。それはそれは……」


「贔屓する必要はないとレフェリーに伝えておいてくれ。ゾイルの言う通り、真剣勝負だからこそ見えてくるものもある。たとえ、完敗であろうと事実として受け止めさせるのだ」


「相変わらず厳しいですねぇ、妹君には」


「…………」


「はいはい、しっかり伝えておきますよ。そもそも今回の大会は誰に対しても贔屓なしですけどね」


「助かる」


「では、観戦に向かいましょうか」


「ああ……」


「あははっ、フレイアちゃんめっちゃ緊張してるのまるわかりよ! ほんと妹ちゃんに甘いんだから!」


「…………」


 三人の当主はテントを出た。

 それぞれの思惑を胸に。

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