Page.32 戦士パステル

 武闘大会は大きな盛り上がりを見せた。

 それは賞品が超貴重な物だからなのか、ゾイルの言葉に刺激を受けたのか、はたまた今回提供されている強い酒のせいなのか……断定することは出来ない。

 ただ、選手だけでなく応援する観客もエキサイトしている。

 声が大きいくらいならまだいいけど、やたら心無いヤジまで飛び出すのはいかがなものかと思う。


「パステル……ヤジは聞き流した方が良いよ。みんなロクなこと言ってない」


「安心しろ。これまでロクなことを言われた方が少ない」


「あっ、それもそうか」


 パステルにとって罵倒が乱れ飛ぶ場所こそホームなのかもしれない。

 でも、俺の方がパステルへの暴言に耐えられないかも……。


「エンデ、一応言っておくがヤジ程度で観客に攻撃をしかけてはいかんぞ。刃を向けてきたなら許可するが、言葉に暴力で返すとこちらが小物のように見えてしまう」


「じゃあ、言葉に言葉で返すのはいいかな?」


「……人によっては言葉の方が暴力より力を持つ者もいる。口が達者な奴はな。だが、エンデはやめておいた方が良いだろう。より小物に見えると思う。堂々と構えて私の勝利を待っておれ」


「うん、努力はするよ。でも、俺はパステルが命の危機だと判断したら止めに入る。絶対にだ」


「そうでなくては困る。ただ、それは私が戦いから目をそらし、お前に助けを求めてからにしてくれ」


「……了解」


 意外とパステルは感情が表に出る。

 ダメな時は「あ、これはだめだ」って顔をしている。

 試合中はパステルの顔から目を離さないようにしないと。


「パステル様、エンデ様、試合の時間となりましたのでフィールドへどうぞ」


 無言でうなずき、俺たちは控え室であるテントからフィールドに向かった。

 テントはバトルフィールドを挟み込んで両側に一つずつある。

 反対側のテントにはもちろん俺たちの対戦相手がいる……。


『さあ、選手の入場です! まず現れたのはオレンジの髪が目を引く美少女魔王パステル・ポーキュパインとその配下にして人間のエンデのタッグです!』


「うわっ!? なんだこの大声!?」


『おっと人間のエンデはこの声を大きくしてくれる古代遺物アーティファクトを知らないご様子! しかし、恥じる必要はない! 今まで試合に出た選手の七割が同じような反応をしていました! 正直こんな物のことほとんど誰も知りません! 仕組みに関して理解している者はゼロと言ってもいいでしょう!』


 と、とりあえず声が大きいのは古代遺物アーティファクトのおかげなんだな……。

 実は風魔法の応用で声を大きくしている人には会ったことがある。

 しかし、ここまで一定の音量でしゃべり続けるのは難しい。

 言葉というのは一つ一つ空気の揺れ方が違うから均一に調整するのが難しいらしい。

 流石は古代遺物アーティファクトといったところか。


『さてさて、この二人に関する情報は一切入っておりません! なんでもソーラウィンド家のエンジェお嬢様がお呼びした客ということですが、一体どんな戦いを見せてくれるのか!』


 そういえば、この声はアースランド家の当主ゾイルのものなのか。

 確か『実況する』って言ってたな……。

 顔は身分の高い中年紳士って感じだけど、心と体はまだまだお若いようだ。


『おーっと、ここでウワサのソーラウィンド家の令嬢エンジェ様の登場だ! タッグを組むのは生まれた頃から一緒の執事キューリィ! これ以上ないというほど関係性のわかりやすいタッグです! まさに真逆だ!』


 エンジェは真紅のドレスを、キューリィは漆黒の燕尾服を着込み気合十分といった感じだ。

 こうして見ると、二人とも強そうに見えてくるんだから服装が与える印象というのはバカにならない。

 それと……この会場の雰囲気だ。

 この喧噪の中で堂々と立っているだけでも強者の風格が漂う。

 俺は……どうなのだろうか?


「エンデ……さっきから体が左右に揺れておるし、視線も泳いでおるぞ」


「やっぱり? そういうパステルも俺の顔をチラチラ見てるけど」


「ふっ……エンデが怯えておらんか心配しただけだ。さあ、手順は覚えておるな? 始まるぞ!」


 覚えるもなにも、やることは一つだけだ!


『それでは試合開始です!』


 カァン!

 ゴングが鳴ると同時に俺とキューリィは華麗な横っ飛びを披露した。

 そして、バトルフィールドの外に降り立つと何事もなかったかのように真顔でジッと立ち尽くす。


『おーっと!? 男性陣は即退散! 決着は女同士の戦いに任せるということかーっ!? これがこれからの時代の戦いのあり方なのか!?』


 ゾイルの声も困惑している。

 そして何より……俺とキューリィへのヤジがすごい……。


「戦え腰抜け!」

「お前たちなんざ男じゃねぇ! 今すぐ女になれ!」

「あんなに小さい子を残して逃げるなんて卑怯よ!!」

「おい人間! 俺はこの魔王の宴に子ども連れて突っ込んでくるお前の勇気に感心して殺さずにいてやったんだ! 感謝こそすれど逃げるんじゃねぇ! 戦って力を見せないなら死ね!」


 特に最後のが酷い!

 殺さないことで恩を着せられるとは思わなかった……。

 でも、言い返さないぞ。

 正直、投げかけられる言葉が多すぎて言い返す言葉が思いつかないのは内緒だ。


 それより……妙な視線を感じる。

 どこからかはわからないけど、複数の視線が冷静に……刺すような目で俺を見ている。

 明らかに観察されている。

 酷いヤジの人が言ったように、人間でありながら弱いパステルを連れてこんなところに堂々と来る俺の実力を把握したいのか?

 こんな感情と魔力が爆発する場所では、感知系の魔法や能力も効果が薄れる。

 でも、目視に頼ってまで俺のことを知りたいか?


 ……俺が逆の立場なら知りたいなぁ。

 だって明らかに浮いたコンビだもん俺とパステル。

 なんで呼ばれたのか少しでも知りたいと思ってもおかしくない。

 ただ、少し知りたい程度でこんなに視線は痛くなるのだろうか……。


『おおっと! 女性陣も女性陣でにらみ合って動こうとしません! これは武闘大会始まって以来の静かな立ち上がりになっております!』


 そうだ、今はパステルを見ておかなきゃ!

 俺が見られたってどうでもいい。

 こんな男でいいなら好きなだけ見てくれ。

 ……悪い気はしない!


「パステル……お使いになればよろしくってよ? 修羅のしおりを存分に」


「無論、そのつもりだエンジェよ」


 先に動いたのはパステル。

 魔本を具現化し、しおりをページに挟みこもうとする

 その隙を狙ってエンジェも動く。


太陽炎サンフレア!」


 エンジェの手のひらから炎が放たれる。

 思っていたよりも小さい炎だが、それでも小柄なパステルくらいなら包み込める。

 パステルは一瞬にして火だるまになった……と、観客は思っただろう。


『こ、これは!? 炎の嵐をレインコートで防いでいる!?』


 魔本も修羅のしおりも普段は心にしまわれている。

 つまり、置いてある場所は一緒なんだ。

 わざわざ具現化してしおりを手に取り、ページを開いて挟む動作はもう必要ない。

 訓練の末、心の中で処理できる動作になった。

 さっきのあからさまな隙はパステル側の罠だ。


「レインコート……!? それが修羅のしおり……ああっ!?」


 カエルの舌のムチがエンジェに絡みつく。

 それを外そうとエンジェがもがいている隙に、パステルは攻撃に移った。


 パチンッ……!


 よく通る乾いた音だった。

 思わず観客たちも静まり返るその攻撃。

 パステルの平手がエンジェの頬を打ったのだ。


「お前が昔よく私にやってくれたことだ」


「…………」


 エンジェは状況が飲み込めないのか、しばらくぽかんと口を開けていた。

 しかし、その顔はパステルの平手の痛みを感じ始めた途端、怒りで歪んでいった。

 正直、音はよくても非力なパステルの平手なんて痛くはない。

 だが、エンジェにとっては痛すぎる一撃だった。


 あのパステルにやり返された……それも大衆の前で。

 ジンジンとする微かな痛み、頭の中に残る小気味よい音……。


「ゆ、許さない……。パステルごときが……わ、私の頬を……」


 顔を真っ赤にして泣くエンジェの心には、きっと試合が始まる前の『一歩前に進みたい』という決意も残っていないだろう。

 昔と同じ、心のざわつきを鎮めるためにパステルをボコボコにしたい……それだけ。


太陽炎サンフレアッ!!!」


 両手から放たれた炎がバトルフィールドを火の海にする。

 同じ呪文でこの違い……これがエンジェの暴走か!

 しかし、パステルはエンジェのことをよく知っている。

 彼女の考えも、行動も、望まない長い付き合いで覚えてしまっている。


『ああっ!? パステル選手たまらず場外に逃走! これは敗色濃厚か!?』


「場外に出て十秒経ったら負けだ。つまり、九秒までならなんの問題もなかろう!」


 あたり一面火の海にすることぐらいエンジェにはよくある事らしい。

 当然予想していたパステルは場外へと一時退避。

 観客席最前列にある柵にカエルのように張り付いた。


 というのも、観客たちはバトルフィールドの試合をよく見るため、協力して即席の観客席を作った。

 階段状になっている土やら石やらの観客席は最前列が一番フィールドに近い。

 危険なので誰かが気を効かせて魔法で柵を作っておいてくれたみたいだ。


「柵を作っておいてくれた者には礼を言わんとな。おかげであの戦法がやりやすいことこの上ない!」


 パステルは柵から飛び跳ね、エンジェに体当たりを仕掛ける。

 暴走し冷静さを失っているエンジェはパステルの姿を見失っており、これがクリーンヒット。

 彼女は自ら作った火の海に顔面から突っ込んだ。

 そして、パステルは先ほどまでエンジェのいた場所に着地。

 無論、エンジェ本人が立っていた場所には火はなく安全地帯になっている。


「くうううぅ……!! ちょこまかと……!!」


 炎を振り払いエンジェが立ち上がる。

 全身火に焼かれたというのに大した火傷の跡はない。

 それどころか、服にも引火していない。


 やはり彼女は魔王としても生物としてもパステルより圧倒的に格上だ。

 そのうえ、耐火性能の高い特別な服まで与えられている。

 本来ならば勝てる相手ではないが、この特別な環境に精神状態も合わせれば……勝てる。


 パステルの澄んだ瞳がそれを物語っている。

 何か憑き物が落ちたような濁りのないそのまなざしは、倒すべき相手だけを捉えていた。


「さあ、かかってこいエンジェ! この程度ではお互い戦う意味もなかろう!」

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