Page.41 宴の終わり
「お前たちには感謝しかない。おかげで一族の者も、配下も、俺自身も命拾いした」
フレイアが深々と頭を下げる。
彼の飲まされた毒は特別な物だったが、特別という意味では俺の毒魔法も負けていない。
すぐに解毒剤を作り、フレイアは一命をとりとめた。
「いえいえ、俺たちは自分の身を守るために戦っただけですよ。みんなを守ろうみたいな大それたことは考える余裕もありませんでした」
「それでも事実は事実だ。お前の力で勇者は倒され、俺とシーラは生き残った。配下の二人の活躍で敵の本隊が宴の会場に流れ込むのを防いだ」
メイリとサクラコの暴れっぷりは結構敵に損害を与えていたらしい。
宴の会場に送り込まれた人間は、勇気のページによって操られた勇者の手駒のみ。
普通の人間の戦力は会場の手前でせき止められていた。
そして、その勇者と手駒は俺が相手をした。
おかげでソーラウィンド家とマリンハイド家は二対一でアースランド家と戦うことが出来た。
これが不意打ちによって不利な状況で始まった戦いをひっくり返す要因になったようだ。
「そして、魔王パステル・ポーキュパインによって魔王ゾイルが討たれた。この度の戦いはお前たちによって終わったと言っても過言ではない」
「それは過言だぞ。間違いなく」
フレイアの言葉を遮ったのはパステルだ。
「私はエンジェを励ましていただけで、実際にゾイルを討ったのはエンジェだ。妹の活躍を認めてやってくれ」
「エンジェは強力だが制御の利かない武器……。それを操ったのがお前だ。この場合、武器そのものではなくそれを使いこなした者を称えるのは当然だろう」
「エンジェは物ではないぞ」
「それに関してわたくし……気づいたことがあるのですが……」
エンジェが自信なさげに口を挟む。
怪物じみた体力と魔力を持つ彼女も、戦いの後は精神的に疲れている。
「わたくしが魔法を使う際、なにかパステルから流れ込んでくる力を感じましたわ。その力のおかげで私は自分の魔法を暴走させることなく、威力を最大限に引き出すことが出来ましたの」
「私から光とな? うーむ、覚えがないが……」
「わたくしはそれがパステルの魔法だと思いますわ」
「私の……魔法だと!?」
すぐにパステルは魔本を開いて確認する。
魔法が使えたならば、その呪文は絶対に魔本に刻まれている。
「……あああっ!? あったぞ!? 私の魔本にエンデの名前以外の文字がある!? 信じられん!!」
「なんて、なんて書いてあるの!?」
「その呪文の名は……
「す、すべての……!? それってとんでもない魔法なんじゃ……」
「うむ、とんでもない魔法だ! だが、万能というわけではない。これからいろいろ検証していく必要がありそうだ」
パステルは心の底から湧きあがってくる喜びに震えている。
修羅のしおりに続き、また自分に出来ることが増えた。
俺も自分のことのように嬉しい!
「ふっ……お前たちにとっては、この戦いも無意味ではなかったようだな」
フレイアが小さく笑う。
ちょっとはしゃぎすぎた。
今この場で喜びを爆発させるような奴は、ほとんど部外者の俺たちくらいだ。
「いや、気を遣わなくていい。我々にとって盟友と仲間を失っただけの戦いに少しでも意味を見出せるならば……微かだが救われる」
「これから……どうするんですか? 失礼かもしれませんが、聞いておきたくて……」
「生き残った者はまた領地の城に帰る。それは私もシーラも変わらん。アースランド家の者は……どうしたものかな。お前が毒をばらまいてくれたおかげで、意外と生き残ったまま拘束されているが……」
裏切りを画策したアースランド家の配下たち。
彼らに帰る場所はあっても、そこに当主はいない。
そもそも生きて帰されるのかもわからない。
「生かさず殺しておいた方がご迷惑をおかけしなかったですかね……?」
「いや、いろいろ聞き出したい情報もある。それに今回の裏切りはゾイルの暴走のようにも思えた。やたら殺さず説得によって味方にしておきたい。甘いかもしれんが……そもそも我らは盟友だったのだ」
「人間の方はどうします?」
「ああ、それがだな」
勇者を殺したことにより、勇気のページの効果はなくなった。
操られていた人々はみな自由になったが、本当の意味で自由ではない。
人間社会に帰れば、いろんなしがらみが待っている。
操られていなかった普通の兵士たちは、戦況が不利と見るや鮮やかに引いた。
さすが勇者が連れてきた戦力、判断力には舌を巻く。
しかし、操られていただけの人々は放心状態でここに残っている。
彼らを置いていくのも後味が悪い。
「私は……彼らを預かろうと思う」
「人間を魔王の領地でですか?」
「ああ、それで元の生活に戻りたいという者がいれば帰そう。我らに協力するというのならば仕事を与えよう。そうしてみようと思う」
「そう言ってくださると、僕としてもありがたいです。同じ人間として……なんて言うのは都合が良すぎますが」
「礼を言う必要はない。我々は多くの尊い仲間を失った。人間の手も借りたい状況なのだ。それにゾイルの言っていたことも一理あると思ってな。人間界で覇権を争うのならば、その世界で生きる人間と手を結ぶべき……と。信頼できない人間もいるが、お前……エンデのような男もいる」
「ぼ、僕ですか!? いやぁ、褒められた男ではないですよ。いつもいっぱいいっぱい余裕なんてありませんから」
急に名前を呼ばれるとドキッとしてしまう。
でも、それだけフレイアは俺のことを評価してくれているみたいだ。
「私は私なりの覇道を進む。世界征服など考えていないが、せめて大切な仲間を守れる魔王になるために変化も受け入れる。今回の戦いの後始末は我々が行う。お前たちは気にするな。そもそも
ありがたい話だ。
後始末でやることがないとなれば、後は屋敷に帰るだけ。
そろそろ、宴もお開きの時か。
「そうだ。武闘大会の賞品はお前たちは持っていけ。大会でも、その後の戦いでもお前たちは素晴らしい働きをした。だれも文句は言うまい」
首なしの機械人形を荷車に乗せて渡される。
そういえば、こんな賞品あったな……。
戦いの中ですっかり忘れていた。
力なくだらんと垂れている手足を見ると、人形でもやっぱりかわいそうに見える。
首が見つかると良いんだけど……。
「パステル……私からも一つ言っておきたいことがありますわ」
「なんだエンジェ。そんなに改まって」
「先ほど魔法をいくつか試してみましたが、やはりパステルのあの光に包まれていないと、私はまだ魔法を制御できないようですわ。だから……これからも私の側にいてくれませんか? 魔王学園の頃のように……」
「すまない! それは……出来ない!」
エンジェの一世一代の告白をキッパリと断るパステル。
「断る理由は、別に過去の因縁ではない。それは今回で完全に水に流した」
「では、なぜ?」
「うむ……なんというか合理的な回答は出来ない。我々のような四人だけの魔王軍ならば、ダメージを負ったとはいえ名家であるソーラウィンド家と共に行動するのが賢いのだろうがな。しかし、私も私の覇道を進みたい。今はまだ……お前たちと交わる時でないと思うのだ」
「……フフフ……うふふ……オホホホホホホホホホ!! なぁに一つ魔法を覚えたくらいでいっちょまえの魔王みたいなこと言ってますの!? どう考えても私と一緒にいる方が安全なのに……なのに……」
エンジェの悲しい顔は一瞬だけだった。
「まあ、断られる気はしていましたわ! パステルは昔から弱っちいクセに頑固で、決めたことは譲らないんですもの! だから、この話も今はここで終わり! さっさと自分たちの城に帰りなさい!」
「ああ、帰るとしよう。その前に……」
パステルが右手をエンジェに差し出す。
二人は固く握手をし、お互いの友情を確かめ合った。
「エンデ、お前を信用してこれを渡しておく」
フレイアから渡されたのは、正方形のしおりだった。
「
「そんな貴重な物を……」
「ああ、本当に貴重な物だ。多くは作れんし、敵の手に渡ればエンジェの居場所が常に筒抜けになる。他愛のない女同士のおしゃべりには使わないように言い聞かせておいてくれ。あくまで大事な用事の時だけ飛ばすんだ」
「はい、いろいろとありがとうございます」
「私こそ命を救ってもらって感謝しかない。それにあの魔王の娘をエンジェと再び出会わせてくれた。あいつにとってかけがえのない再会になった。ありがとう」
俺とフレイアも握手を交わした。
そして、俺たちの宴は終わり帰路へとついた。
「元気でいなければ承知しませんわよパステル!」
「お前こそ無理な修行で体を壊すんじゃないぞ! まっ、心配ないだろうが」
結果的に楽しい宴ではなかった。
だが、俺たちにとって得るものはたくさんあった。
これはいずれ大きな意味を持つ出会いなのかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エンジェ、私からも一つ言っていいか?」
「はい、兄さま」
「お前は自分の魔法で自分が傷ついたことがないと気づいているか?」
「ええ」
「ならばなぜ炎を身にまとって戦わない? 荒れ狂う炎を身にまとえば誰もお前に近づけまい」
「だからですわ」
「だから……?」
「そんな戦い方では大切な人たちも傷つけてしまいます。もし今回そのように戦っていれば、ゾイル様を倒すのに兄さまやパステル、周りの配下たちどころか丘全体を燃やし尽くしていますわ。暴走を許容すれば、際限がなくなる……。本能がそう訴えてきますの」
「そう……だったのか」
「いずれこの魔力を制御して見せますわ。生まれ持って与えられた力……きっと意味がある。そう信じて、たとえ笑われたって自分の道を進もうと思いますわ」
「それがお前の覇道なのだな」
「そんな! 兄さまの覇道に比べれば砂利道のようなものですわ!」
「もし……道に迷うことがあれば言え。お兄ちゃんが教えてやる」
「……っ! 約束ですからね、お兄ちゃん!」
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