Page.50 カーニバルナイト
「上から見るカーニバルというのも格別だな、エンデよ」
「そうだね。でも、せっかくの来たんだから一緒に踊れば良かったのに」
「この人混みは流石に遠慮させてもらいたいな。二十回は誘拐されそうになると思うぞ」
今日のザンバラは年に一度のカーニバル!
なんだけど、俺たちはホテルのテラスから眼下に広がる煌びやかなカーニバルを見下ろしていた。
「こう人の群れを見下ろしていると、偉くなった気になるな。魔王にはふさわしいカーニバルの楽しみ方なのかもしれん」
「それは言えてるかも。キラキラ光る衣装とか町の飾りつけのおかげで遠目で見ても高まるものがある」
「私も無数の配下を手に入れた暁には、これくらい派手な生誕祭をやってもいいかもしれんな。まあ、そもそも誕生日すら知らぬのだが」
「俺もだよ」
「そうか……。出会った日を誕生日にするとエンデ被るし、悩ましいものだなぁ……」
騒がしい町の中、俺とパステルの間にはゆったりとした時間が流れる。
とりあえずフェナメトが言うことを聞いてくれるようになって、一安心できたのが大きいかな。
「明日、屋敷に帰るというのもせわしない。とはいえ、長くとどまっても意味はないやもしれん。帰り時がわからん」
「首が見つかれば満場一致で帰れるんだけどね」
「まったくだ。首からこっちに走って来てくれんものかな」
「体がこっちにある以上、期待できないね」
「そのフェナメトの体はどこに行ったのだ?」
「近くでカーニバルを見たそうにしてたから、メイリたちがこっそりホテルの前まで連れて行ってるよ」
「上手く隠さないとカーニバルがパニックに早変わりだな」
と、噂をすればメイリが地上から俺たちの部屋のテラスまで飛び上がってきた。
……えっ!? メイリって飛べるの?
「緊急事態なので火魔法の爆風で飛んでみました」
「両手から火を出して飛ぶなど……カッコいいではないか! 私もそういう魔法が使いたいものだな」
「パステル様の場合、体を先に作りませんと腕の方が飛ぶと思われます。そもそも制御も難しいのであまりおススメしません」
「メイリ、緊急事態って?」
「フェナメトが人ごみの中に突っ込んでいってしまいました」
「ええっ!?」
「サクラコの機転でダミーの頭をくっつけ、ベールも被せてあるのですぐには騒ぎにならないと思いますが、それでも時間の問題かと」
「なんで急にそんなことを……。話は通じてると思ったのに。やっぱりメンテナンスでどこかが……」
「逆だエンデ。正常に戻ったと考えるのだ。その場合、なぜフェナメトが急に走り出したのかすぐにわかる」
「……首の位置を掴んだのか!」
「そうだ。おそらく向かっているのは西。ザーラサン砂漠の方だ。秘密の地下通路を使って我々も追うぞ」
「了解しました。先行します」
メイリがテラスから地上へと落下する。
俺もそれを追って下りようとすると、パステルに袖を掴まれた。
「エンデは私と一緒に階段でこい!」
「ごめんごめん、メイリにつられそうになった」
「まあ、気持ちはわかるぞ。私もあれぐらい頑丈な体になりたいものだ」
「あそこまでになるには才能もいるかもね」
会話をしつつも足は休めない。
すぐに一階にたどり着き、人ごみをかき分けて町中へ。
つないだパステルの手は離さない。
「全然前に進まない! 少し危ないけど、路地裏を通るか……」
「そうするとしよう。ふつうに考えれば魔王軍である我らが危ない奴らなのだがな」
カーニバルの日は犯罪も増えるが、その標的は浮かれている人々だ。
むしろ路地裏は静まり返っていた。
これは正しい判断だったな。
と、油断していたら曲がり角でばったり人とぶつかってしまった
「すいません! 俺の不注意で……」
「だ、大丈夫っす! だから、気にせず行ってくださいっす」
「ありがとうございます。あっ、頭に巻いてた布が落ちてますよ」
「こ、こっちに来ちゃダメっす!」
その人には目が一つしかなかった。
しかも、その一つが異常に巨大だ。
俺はギョッとして後ずさる。
「か、仮装パーティーでもやってるのかな……?」
「何を言っておるのだエンデ。こいつはギェノンの部下の男ではないか。名前は確か……」
「モノゴっす! あえて感激っす! 運命的っす!」
「お前たちもカーニバルを楽しみに来たのか? 残念だが、その見た目で踊りに混ざると討伐されてしまうぞ」
「違うっす! 笑い事じゃない大事な伝言を伝えに来たっす! 実は俺たちのアジトで……」
ドガアアアアアアアアアンッ!!
誰が聞いても何かが爆発したとわかる音が聞こえた。
音の感じからして、ザンバラを囲む防壁が爆破されたか。
「そ、そんな……こんなに早くこっちに来るはずがない……。俺は全力疾走したし、アニキたちだって全力で戦ってるはず……。ああ……そんな……アニキ……」
「落ちついて事情を説明して! なにがなんだかわからないよ!」
「今にわかると思うっす……」
「ええ?」
その時、耳にキーンとくる金属音が町全体に響いた。
『あ、ああ、あああ! 我もこれを使うのは初めてだ。これはもう動いているのか?』
これは……
あれよりもさらに声が大きくなる物のようだ。
『ザンバラの町でカーニバルをお楽しみの人間諸君、我の名はダストンだ。魔界の闇に巣くう悪鬼と呼ばれ、いわゆる魔界ギャングのボスをやっている。そして、今から魔王となる者でもある』
「ああ、やっぱりアニキは……」
「しゃんとしろ! ギェノンに何があったのか知らんが、仕事を頼まれているのだろう? それを果たすのだ!」
「あ、ああ……アニキは魔王さんに『探してる物を見つけた』って言えって……」
「首か! 我々もフェナメトの反応でそれを知り、いまアジトに向かおうとしてたところなのだ」
「もっと早く来てほしかったっす……。もうアジトはダストンの配下に蹂躙されてるはずっす……」
「ダストンって誰なの? このうるさい声の主と同じってことでいいんだよね?」
「はいっす……。そもそも俺たちはあのダストンという魔界ギャングの傘下の賊なんすよ……」
モノゴは俺たちにすべてを語ってくれた。
ギェノンが砂漠の町を守るために覚悟を決めて謀反を起こしたということを。
「あいつめ……やはりやる男ではないか。だから謙遜が過ぎると言われるのだ」
「でも、戦いに関しての謙遜は本当だったっす……。アニキはダストンに負けちまったんだ!」
「自分たちのリーダーを信じてやれんのか!」
「信じているから言ってるっす! アニキが生きてるなら……死んでもダストンを町には向かわせないっす!」
「むぅ……!」
「そもそもダストンは冥約のページを持っていないだけで、実力は並の魔王なんて目じゃないくらい強いっす。それでもアジトの地形と俺たちの連携があれば、外からの攻撃に対しては抵抗できたはずっす。でも、あいつは中に現れた。その時点で負けてたんす!」
「モノゴよ……。お前のギェノンを信じる気持ちを疑ったことは謝る。だが、人というものは生きていてもやるべきことが出来ないなんて事はよくある。死んだと決めつけるにはまだ早い」
「魔王のお嬢さん……」
「それに並の魔王より強いからといって恐れる必要はない。私だって魔王だ。並の魔王とはどのくらいだ? ずいぶんとふんわりとした表現だな。本当は大したことないのかもしれん」
「そ、そんなの楽観的過ぎるっす!」
「悲観して動けなくなるくらいならそれでいい。我々はダストンを討つ」
「なっ……!?」
モノゴが絶句している間にもダストンの演説は続いている。
『人間諸君、おめでとう。ザンバラ及びザーラサン砂漠は我が覇道のはじまりの地に選ばれた。光栄に思うといい。君たちも抵抗することなく服従を選ぶというのならば、その覇道を共に歩ませてやろう。奴隷としてな……ハッハッハッ!』
「まずこの傲慢な態度が気に入らんし、無駄に長くて格好の悪い二つ名も気に入らん。ネーミングセンスがない」
『さて、人間諸君には少しばかり考える時間を与えよう。その間に……聞こえているのだろう魔王パステル・ポーキュパイン。我の前に姿を現せ。抵抗するなとは言わん。存分にあがいてみろ。お前はどちらにしろ殺さねばならんからな。我が覇道のために……!』
「お呼びがかかったぞエンデ。向かうとするか」
「うん、この場合は逃げても事態は好転しない。正面から見せつけてやろう」
「ちょ、ちょっと! 本当にダストンに勝つつもりっすか!? ダストン一人ならまだしも魔界から呼び出した直属の部下たちだっているんすよ!? それに謎の機械の巨人だって……」
「安心しろ。我々もそれなりに修羅場はくぐってきた」
「今回も大丈夫って根拠にはなってないっす!」
「魔王たるもの、それでも戦わなければならない時がある」
「はっ……! か、かっこいいっす……!」
「では、また会おう」
逃げ惑う人の波に逆らい、ダストン軍の攻撃で空いた防壁の穴を通り、やつらの正面に飛び出す。
軍勢の数は今までの戦いの比ではない。
アーノルドの冒険者連合、フリージの勇者パーティの数十倍はいるだろう。
冗談みたいな魔界ギャングという肩書も、笑えない真実みたいだ。
『数年前からその存在は耳にしていた。今朝の報告でも聞いてはいた。だが、それにしても……なんと幼い子娘よ……。こんな矮小な存在に冥約のページが与えられ、我に与えられない道理はない。その薄っぺらな魔本からひっぺがしてくれる!』
「私にはお前の言動の方が薄っぺらく感じるがな」
『魔王に必要なのは言葉ではない! 圧倒的な力だ! いけ、我が軍勢よ! 小娘以外は殺して構わん!』
「言動が薄っぺらいのは否定しないか……。行くぞエンデ。もはや、おぬしもあの程度の小物と雑兵の群れには動じないだろう」
「まあ、あれくらいなら前に戦ったやつらの方が恐ろしかったかな。それに今はパステルが側にいてくれるから、いつも以上の力が出せそうだ!」
「いつも以上の力は確かに出せるのだ。私の魔法でな! 殲滅するぞ、エンデ!」
「ああ!」
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