白紙の冒険譚 ~パーティーに裏切られた底辺冒険者は魔界から逃げてきた最弱魔王と共に成り上がる~
草乃葉オウル@2作品書籍化
第一章 白紙の魔本と魔王の少女
Page.1 はじまりの日
「おいエンデ! 道間違ってんぞ!」
「えっ!? ああ、すいません!」
「まったく……。魔本は読めなくても地図くらいは読めよな」
「あはは……」
おかしいなぁ……。
もらった魔境の地図は何回も見て頭にルートを叩きこんだはずだ。
それに今もこうして手に持って確認しながら進んでいた。
間違えてはないと思うんだけどなぁ……。
とはいえ、今回一緒に冒険しているアーノルドさん達は俺みたいな魔法も使えない底辺冒険者が意見を言えるような相手じゃない。
冒険者の仕事の中で最も危険とされる仕事、常人が決して踏み入ることができない『魔境』の調査を専門にしているAランク冒険者だからなぁ。
きっと俺の方が間違っていたんだろう。
アーノルドさんの言う通り、地図くらいはちゃんと読まないと……。
「ゲホッ、ゲホッ! ぐぅ……咳が……」
「ほら言わんこっちゃない! おい、誰かエンデに薬をやれ!」
「すいません……」
この魔境『毒霧の迷路』は一見ただの霧深い森に見えるけど、実は違う。
無害な霧に混じって毒の霧も存在するんだ。
しかも、毒の霧は流れずに壁のようにその場にとどまっている。
だからこの魔境は『毒霧の迷路』と呼ばれている。
毒霧の壁に突っ込まないように正しい道を探し続けないと、俺みたいに毒に犯されることになってしまう。
「ほら薬だ」
「ありがとうございます……。ちゃんと後でお代は……」
「いらないさ。俺たちはパーティなんだぞ? パーティ内で商売してどうするよ」
アーノルドさんが俺の腕をもって立ち上がらせてくれる。
ああ、俺みたいな無能がこんな素晴らしいパーティに加わっても良かったのか……。
誰もが物心ついた頃、心の中から生み出すとされる『魔本』。
そこにはその人が使える魔法の呪文や特別な能力が記されている。
でも、俺の魔本は白紙だった。
つまり、何もできない奴。
捨て子で家族もいない俺はロクな仕事にもつけず、冒険者になった。
とはいえ、そこらへんのゴロツキでも一つや二つ使えて当然の魔法が使えない俺にロクな仕事はない。
日々食べるのにも困っていた。
そんな俺をアーノルドさんは雇ってくれたんだ。
しかも、仕事の前金まで支払ってくれた!
ただ、その前金を受け取ったのは本当に仕事の直前だ。
俺は金庫とか安全な保管場所を持っていないので、今もお金は手元にある。
ずっしりと重い金貨は動くのに邪魔になるどころか、むしろやる気が湧いてくる!
さて、せめて足を引っ張らないように頑張らないと……。
「ゲホッ、ゲホッ……あ……あれ?」
咳が止まらない……。
薬の効きが悪いのか?
「……おい、あの薬をエンデに」
アーノルドさんが新しい薬をくれる。
さっきのより色も臭いも味もキツイやつだけど、その分効き目はすごそうだ……。
しかし、それでも俺の咳は止まらなかった。
「激しい咳に、皮膚の変色か。発熱もある。あっ、こりゃ……」
アーノルドさんが笑みを浮かべる。
懐から使い古されたの手帳を取り出して、メモを取るようにペンを走らせる。
なにか治す方法を思いついたのかな?
「すまんエンデ! お前死んだわ!」
「え……」
「いやぁ、もうちょっと長く使ってやる予定だったんだが、この魔境にまだ俺の知らない毒物があったんだなぁ。お前に偽の地図まで渡して毒の壁につっこませた甲斐があったわ! まあ、新種とはいえ症状からして治せそうな薬はあるんだが、あいにくそれは貴重でね。俺たちに毒がうつった時用に温存させてもらうわ!」
どういう事だ……?
疑問を口に出そうにも、体がしびれて唇ももう動かない。
「体の感覚がなくなってきたか? じゃ、そろそろ採取といくか」
その一言で仲間たちが荷物を下ろして、中から大小さまざまな容器を取り出す。
アーノルドさん自身もナイフとビンを手に持って、倒れている俺の隣にひざまずく。
そして、そのナイフを俺の手首へと突き立てた。
吹き出す血がビンへと流れ込んでいく。
「ぐっ……!」
「あ、すまんすまん。まだ痛覚は生きてたか。まあ、そのうちなくなるさ。俺も生きたまま人を解剖しようなんて悪趣味な奴じゃあないぜ」
解剖……?
じゃあ、仲間たちが用意しているたくさんの容器は……。
「アーノルドさん、容器の準備が完了しました」
「おう、綺麗にしといたか? 生きたまま解剖する趣味はないが、内臓ってのは出来るだけ新鮮な状態で保管しないといけないからなぁ。特に毒に犯されてる内臓は腐りやすいしな」
容器は内臓を保管するための物だ……!
そんな物を持ち歩いていたということは、俺は初めから殺される予定だったのか……!?
「まだ聞こえてるかどうかは知らんが、冥途の土産に教えといてやるよ。この魔境はあらかた探索済みだ。ただ、ここに自生する毒性の植物が薬の素材になるんで定期的に来る。そのたびに新しい植物も発見するんだが、いちいち効果を動物で試すのがめんどくさい。だから手っ取り早く人でやってる。まあ、今回は霧に引っかかっちまったけどな」
薬を作るために……?
そのために人を殺しているのか……?
しかも、一人や二人で済む口ぶりじゃないぞ……。
「だってよぉ。人のための薬の効果を人で試さないなんて遠回りだろ? だから俺がやってやるのさ。お前みたいな無能を連れてきて役に立ってもらう。嬉しいだろ? 魔法も使えない無能がたくさんの人の役に立てるんだ。そして、俺の懐も潤う。白紙野郎が一生かけても出来ない人類への貢献を俺がやってやるんだ。感謝こそすれど、恨むなよ?」
恨むなよ……だと?
正論言ってるようで、要するに事故に見せかけた殺人じゃないか……!
それが人の役に立つからって、殺される本人が納得できるわけないだろ……!
思いっきり叫んでやりたい。
でも、もう呼吸すらままならない。
視界もかすんで、手首から流れ出る赤い血だけがやけに鮮明に見える。
結局アーノルドの言う通りなのか……。
殺されるというのに抵抗する能力もない奴は、死んで誰かの役にたてばいいのか。
目を開けるのもつらくなってきた……。
感じるのは頬に当たる風だけ……。
「ん……風が出てきたか?」
「そうっすねアーノルドさん。まあ、そよ風程度ですよ。ちょっと霧が揺らめくくらい……」
「何をのんきなことを言っている! この毒の霧の森で風なんて吹いたら困るんだよ! 迷路が崩れるぞ! ったく、今までこんなことはなかったんだが……。迷路が崩れたら、今まで作ってきた地図も無駄になる。とてもじゃないがこの魔境には入れんな……」
「ひ、退きますか? 容器はどうします? 全部出しちゃいましたが……」
「捨て置け! また買えばいい。命あっての物種って言うだろ? 急いで退くぞ!」
足音が遠ざかっていく……。
道ずれとは……いかないか。
あんな奴でもAランク冒険者だ……。
判断力はムカつくほどある……。
ただ、これでしばらくこの魔境には来られないだろう……。
ざまぁみろ……というにはあまりにも情けないか……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『目覚めろ、哀れな人の子よ』
頭の中に声が響く。
目を開けて見ると、そこは真っ暗な闇の中だった。
ここが死後の世界ってことなのか?
ずいぶんと寂しいところだな……。
悪いことは何もしてないつもりが、地獄行きだったか。
『お前の体は治した。毒も抜け、傷も塞がっている』
確かに体の感覚が戻ってきている。
痛みも寒気もない。
でも、起き上る気力は湧いてこない。
『どうした哀れな人の子よ。立ち上がり、お前の住む世界に帰れ』
そんなこと言われたって、帰るところなんてない。
町に帰ってアーノルドの悪行を暴露したって、俺の方が信じてもらえないだろう。
魔境から偶然生還したけど、頭がおかしくなってしまった人扱いだ。
そして、ほとぼりが冷めたところでアーノルドに口封じのために殺されるのが関の山だ。
何より、もう俺は生きることに疲れてしまった。
家族もいないし、友達も恋人もいない。おまけに魔法もない。
帰ったところで喜んでくれる人はいないんだ。
アーノルドが奇跡的に見逃してくれたり、他の町に逃げてもまた苦しい生活に戻るだけ。
あの死に方は嫌だったし、助けてくれたことは感謝してるけど、もう俺は……。
『ほう、この死に瀕している竜の前で死にたいと申すか。どこまでも哀れな人の子だ』
「竜……!?」
思わず起きあがって振り返る。
そこには紫紺色の鱗をもつ竜が横たわっていた。
目は白く、鱗には艶がない。
だらしなく開いた口からのぞく牙はほとんどが抜け落ちている。
竜を初めてこの目で見た俺でも、彼が老いていることは一目でわかった。
『立てるではないか。我も昔はただそこにいるだけで人の腰を抜かすことができたが、今は弱ったお前を威圧することもできん……』
「ご、ごめんなさい。そうとは知らなくて……」
『生きる気力が湧いたか?』
「う、うーん……」
『だろうな。老いた竜を見てやる気が出る者などおらん。人の子よ、名をなんという?』
「エンデです。冒険者のエンデ」
『我はハイドラ。見ての通りもうすぐ死を迎える竜だ。さて、お前は何を望む? 何があれば幸せになれると思っている?』
何が欲しいのか……。
そう聞かれるとスッと答えが出てこない。
すべてを失ったというのに、いざ何を望むかと聞かれると悩んでしまう。
『笑いはせん。素直に答えてみろ』
「一つは……力です」
最強の力である必要はない。
ただ、俺には何もなさすぎる。
体を鍛えてはいるが、そんなことでは魔法や特殊能力に対抗することは出来ないんだ。
せめて、自分の身を守れる力が欲しい。
『ほうほう、まあお主が受けた仕打ちを考えれば当然の答えか。他にもあるのか?』
「もう一つは……愛です。誰かに必要とされたいというか……」
『ウハハハハハハ! そうか! そうくるか!』
「わ、笑わないって言ったのに……」
『すまんすまん! 素直な奴だなぁと思ってな! まあ、愛は我からはやれんな。もうじき死ぬ命だ。与えられても別れが悲しいだけだろう。だが、力は与えられる』
「力を……!?」
『ああ、だが一つだけ条件がある。その力でこの哀れな魔王の子を守るのだ』
ハイドラが垂れ下がっていたボロボロの翼をゆっくりと上げる。
その陰に隠れて眠っていたのは、オレンジ色の髪が印象的な少女だった。
老いた竜と対照的に彼女の肌は若々しくて、体も未発達。
顔立ちは非常に整っている。
今にも目を開けて元気に動き回りそうだ。
『愛が欲しければ愛を与えることだ。返してもらえるとは限らぬが、それでも』
「この子は一体……。魔王ってどういう……」
『すまない……本人から聞いてくれ。我はもう時間のようだ……。エンデ、お前と出会って力とこの子を託す決意をして……満足してしまった。魔本を開け。力を……与えようぞ!』
その言葉はもう俺の恥ずかしいセリフで大笑いしていた竜のものではなかった。
白く濁った眼で力強く俺を見つめるハイドラに応えるため、俺は具現化した魔本を開く。
何も書かれていない本を。
『今日がはじまりだ! お主たちの記していく冒険譚の最初のページに我の命を刻もう!』
ハイドラの体が闇のように黒く染まり、影のように揺らめいたかと思うと、その黒い物体が俺の魔本に殺到した。
魔本の中に、体の中に、心の中に何かが流れ込んでくるのを感じる。
そして、インクのように最後の一滴が魔本にしみ込んだ時……。
『エンデとパステル、おぬしたちがどのような運命をたどるのか……あの世から見守っているぞ。さらばだ!』
それがハイドラの最後の声だった。
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