Page.8 鍛える魔王
翌日、俺たちは予定通り朝から昼前まで戦闘訓練を行った。
今日のメニューは『魔力制御』と『基本体術』。
場所は屋敷の中庭だ。
ここならバリアの外に出る必要もなく、それなりに広く安全である。
メンバーは教官のメイリとちょっと眠たそうなパステルと同じくちょっと眠い俺だ。
まずはどのメニューであっても必ず行うハードな準備運動で眠気を吹っ飛ばして体を温める。
魔力も人間が持っている力の一つで、魔法はそれを消費して発動する。
だから、魔法の質は健康状態にも左右されるし、肉体のトレーニングは欠かせないのだ。
大魔法使いはムキムキな人が多いと聞いたことがある。
そういえば、メイリは背の高さもあいまって結構ガッチリしてる。
ほどよく筋肉が付いていて贅肉の少ない引き締まった体だ。
でも胸の贅肉はなくならないんだから、サキュバスって素晴らしい種族だと思う。
「エンデ様、訓練に入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、うん! 大丈夫!」
「では、まず『魔力制御』の訓練を始めます。難しく考える必要はありません。魔力も手足と同じ体が持っている機能の一つです。重い物を持ち上げれば腕の力がつくように、走れば脚の力がつくように、魔力も正しく使えば成長する。それだけの話です」
説明を終えたメイリの体から周囲の景色を揺らめかすオーラが湧き出てきた。
無色透明ではなく薄っすらと暖色系の色が付いている。
「これは体の中から外に魔力を放出しつつ留めている状態です。今は見えやすくしていますが、本来は完全に見えない状態で無意識のまま使うのが理想です。体と外との間に壁を作ることで格段に防御力が上がります」
スッとオーラが消える。
そして今度は腕だけに集めてみたり、彼女の武器であるナイフに纏わせてみたりと魔力の使い方の例をたくさん紹介してくれた。
「ここで重要なのが、別にこれは魔法ではないということです。ここまでなら体の本来持っている機能でしかありません。だから、魔本に呪文がなくとも問題なく強くなれます」
呪文がなくても強くなれる。
パステルにとってこれほどやる気の出る言葉はないはずだ。
しかし、やる気だけで訓練初日から上手くいくはずもない。
パステルはそもそも一つも魔法が使えないので、魔力を使うという感覚がよくわかっていなかった。
感覚がわからないと体だってうまく動かせない。
それにパステルはそもそも魔力が少ないらしく、その存在を自覚するのに時間がかかりそうだ。
逆に俺は魔力を使う感覚を最近覚えたけど、身に余る力を宿しているので制御というものがまったくきかなかった。
ムキムキの体を手に入れても格闘術を学ばないと張りぼてでしかないのと一緒だ。
それどころか無駄な筋肉のせいで動きが鈍くなることだってある。
膨大な魔力を使いこなすにはもっと訓練しなければならない。
「魔力操作の訓練はこのくらいにしておきましょう。次は基本体術です。今日は武器も魔力も使用しません」
体術というのは冒険者ならば誰もが多少は心得がある。
ギルドで冒険者登録をした後には、必ず体術などの基本的な戦闘の講習を受けなければならないからだ。
でも、こういう講習の先生ってロクに仕事がない冒険者が仕方なくやっていることも多くて……。
「ぐえーっ!」
「人間界ではその動きを実践的な体術として教えているのでしょうか?」
「はい、残念ながら……」
まあ、独学で極めていかなければ使い物にはならない。
冒険者ギルドの新人教育なんてこんなもんだ。
少なくとも魔界仕込みのメイリには全く歯が立たない。
じゃあ、同じく魔界の魔王学園仕込みのパステルはというと……。
「えいっ! やあっ! どうだ?」
「パステル様は……メニューを走り込みに変えましょうか。逃げ足を磨いた方が生き残る確率が上がりそうです」
「私もそう思っていたところだ」
俺より動きは様になっている気がするけど、あの華奢な体では話にならない。
メイリにパンチを繰り出す拳は弱々しすぎてパステルの方にダメージが入ってそうだ。
投げ技や関節を決める技もそもそもパワーがなさ過ぎて抑え込めはしないだろう。
状態に合わせて臨機応変にメニューを変えて、訓練は数時間続いた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「初日は成果が出なくて当然です。一日で劇的な効果が現れるのならば誰も苦労しませんからね。今日はお二人ともよく頑張りました。ついてこられるとは思っていませんでしたから、ぎゅーってしてあげたい気分です。でもそれは、汗を流してからにしましょうか」
「うむ……そうしてくれ……」
パステルはバテバテだった。
頬っぺたも赤く、胸も激しく上下している。
でも、やり切った表情は悪くない。
「エンデ様は思ったよりもタフでしたね。素晴らしいです」
「まっ、これでも毎日限界まで働かないと生きていけない環境だったからね」
底辺冒険者がエリート冒険者に勝っているところがあるとすれば、それはスタミナと雑草根性だけだ。
この程度でへばったりはしない。
実はパステルに良いところを見せたくてやせ我慢してるだけだけど……。
「明日からはまた少しメニューを変更しますね。パステル様は少し緩く、エンデ様には少し厳しくいきます」
「の、望むところさ」
厳しい方が早く強くなれる。
本当の危機っていうのは急に来るものだから、楽なんてしてられない。
俺には【
でも、これだけじゃ勇者や魔王どころかエリート冒険者……アーノルドに勝てるかすら怪しい。
パステルには俺と同じ苦しみを味わってほしくないし、俺自身あんな目に合うのは二度とごめんだ。
自分と大切な人と場所を守る力くらい身につけてみせる。
「エンデ様、どうかされました?」
「あ、うん……大丈夫だよメイリ」
「もしかして、昨日の話を気にしているのですか? 安心してください。ダメな時というのはやって出来ない時ではなくて、やろうともしない時です。今のエンデ様は立派ですよ」
どうやら俺がメイリのお仕置きが何かをずっと気にしていると思われていたらしい。
確かに気になるけど、考えていたことは少し違う。
「何かお悩みですか?」
「ううん、ちょっと疲れが出たかなってだけさ。それより、パステルをお風呂に入れてあげてくれるかな? 汗だくで土とかもついてるし」
「そうですね。このままじゃお昼寝も出来ません」
メイリはぐったりしているパステルをひょいと抱えて屋敷の中に戻っていった。
さて、俺も汗をかいたし次に入るとするか。
そういえば、メイリだって風呂に入るときは服を脱ぐんだろうなぁ……。
俺も前ではいつも同じメイド服だから、その服の下がどうなっているのかは非常に気になる。
でも、俺は覗いたりしない。気になるけど……ダメだ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「メイリはいつもそんな長袖ロングスカートの服で暑くはならんのか?」
「暑い時もあります」
「なら半袖とかミニとは言わんが短めのスカートでも良いだろう」
「邪道です」
「私もそう思う。メイド服で露出を増やすのは言語道断だとな。だが、夏場になったらキツイぞ?」
「少し考えておきます」
少し元気を取り戻したパステルは、メイリが脱いだメイド服をじっくりと観察する。
頑丈な生地に素朴なデザイン。
意外と軽く柔軟性もあり、戦闘を考慮した設計だということがわかった。
ただその分通気性が良くない。
「パステル様もいつも来ているその黒いローブは暑くないのですか?」
「うむ、安物なので通気性は最高だぞ」
二人とも汗のしみ込んだ服をぱっぱと洗濯カゴに入れていく。
そんな中、パステルはあるものが目についた。
「メイリのブラジャーは思った以上に大きいなぁ! ほれ、私のツインテールにぴったりの帽子になるぞ!」
「はしたないですよパステル様」
パステルの明るいオレンジのツインテールに黒いブラジャーは妙に合っているが、下品は下品である。
メイリはすぐにそれを取り上げてカゴに戻す。
「今度洗いたての物をお渡しします」
「ああ、汚れているから嫌だったのだな」
すべての衣服を脱いだ二人は浴室に入る。
この屋敷にはシャワーだけではなく大きめの浴槽も設置してあるのだ。
浴槽はすでに湯で満たされているが、すぐには入らずまずは体を洗う。
「どこかかゆいところはございませんか?」
「うむ、十分に行き届いておるぞ。こうして誰かに頭を洗ってもらったり、背中を流してもらうというのはいいものだな」
「言ってくださればいつでも喜んでいたしますよ」
メイリはあっという間にパステルの体を洗い終え、浴槽に浸からせると今度は自分の体を洗い始めた。
パステルはその体をジーっと見つめる。
特にぷるぷると揺れる大きな胸を。
「それにしても、メイリの胸はおっきいなぁ……。やはり、種族的なものなのか?」
「ええ、サキュバスは大体大きいですね。ただ、ゴルド様曰く私はその中でも規格外に大きいらしいです。おかげで下着やメイド服を作るのに金がかかるとおっしゃっていました」
「そうか~、やはり男というのは胸の大きい女が好きなのだろうか?」
「胸の大きいサキュバスが多いということは、そういう事でしょうね。私たちは本来男性から精気を奪って生きる種族です。その種族が巨乳ばかりということは、エサである男性がそれだけ巨乳に惹かれるということです」
「ふむ、種族の特徴を根拠に説明されると認めざるを得んな。ということはエンデもそうなのか?」
「はい、エンデ様はよく私の胸を見ておられますから」
「やはり、胸の大きい女は男の視線がわかるものか?」
「私の場合は相手の目線を常に意識するクセがついていますからハッキリわかります。しかし、普通の女性はどうなのかはわかりません」
「そうか……」
パステルは自分の胸を見つめる。
年齢の割にはハッキリとしたふくらみが存在するが、もちろんメイリには及ばない。
「私もいつかメイリのように立派な女体になれるだろうか。そのスライムのようにぷるぷると揺れる胸が羨ましいぞ」
「あったらあったでそれなりに邪魔ですよ。料理の時には手元が見えませんし、戦闘の際は重りが付いているようなものですから」
「持たざる者にはその不満も自慢に聞こえるものなのだ」
我ながら名言だなぁ……と思いつつ、パステルは肩まで湯につかる。
ふーっと息を吐いてリラックスしていると、その頭の上に水滴が落ちてきた。
「ちべたっ! むぅ……この位置に水滴が落ちてくるように設計されているのか? 欠陥だなぁ……」
パステルは体の位置を少しずらす。
浴槽は広いのでパステルの体系ならば自由自在に動ける。
しかし、水滴は狙いすましたようにパステルの頭に落ちてくる。
しかもその量はどんどん増えていく。
「これは……なんだ?」
水滴を手に取ってみると、妙に粘っこくピンク色をしている。
明らかに天井に湯気が付着して水滴に変わったものではない。
自然とパステルの視線は天井に向く……。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
叫びと共に天井に潜んでいたピンク色の粘液の塊は、パステルめがけて落下した。
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