Page.11 真夜中の相棒

 サクラコに出会った日の夜、俺は不意にベッドから起き上がった。

 時間は深夜で、みんなはぐっすり眠っている。

 モンスターの唸り声も聞こえない静かな夜なのに、妙にハッキリと目が覚めた。


「なんか飲むかなぁ……」


 二階にある寝室から一階のリビングへ。

 その最中にある窓から月明りが照らす中庭を見る。

 サクラコは来ているだろうか?

 それとも今日は人間の町で過ごしているのだろうか?

 気になった俺はそのまま玄関から中庭に出た。


「なんだエンデ、一人じゃ眠れないのか?」


 サクラコは芝生の上に大の字になって寝転がっていた。


「サクラコこそこんなところでよく寝れるね。冷えるよ」


「もうとっくにひんやりスライムだぜ。触ってみるか? 気持ちいいぞ」


 サクラコの頬っぺたを触ってみる。

 ひんやりぷにぷにの新感触だ。


「サクラコは寝る時も人間の姿なんだ」


「人間の社会で生きるなら、意識を失ったぐらいで擬態が解けたら困るのさ。もはや、意識しないとスライムの姿に戻れないようになってる」


「へー、そんなに人間が好きなんだ」


「人間というか、人が好きなんだ。魔王でも魔族でも亜人でも人間でも結局は人さ。もちろん個人的に嫌いな奴もいるけど」


「そういう話もっと聞きたいな。屋敷の中に入らない? ここはやっぱり冷える」


「いいのかよ、勝手に連れ込んで」


「パステルはわかってくれるって」


 俺たちは屋敷に入って暖炉に火を入れる。

 暗いリビングを照らすのは窓から入ってくる月明りと暖炉の火だけだ。


「ふわぁ~あったけぇ! ちょうど温もりに飢えてたところだぜ!」


「やっぱりスライムも暖かい方が過ごしやすいでしょ?」


「熱いと溶けるが寒すぎると凍る。適温じゃないと俺たちは生きられない。飼おうとしたら犬猫よりも大変だぜ?」


「飼おうなんて思わないよ。サクラコは仲間じゃないか」


「ははっ、そういうこと言ってくれたのはエンデが二人目だ。前は家族って言ってくれた奴がいた」


「うん……」


 思った通り、彼には『サクラコ』という名前と人格を与えてくれた家族がいるんだ。

 なかなかスライムが突然変異だけで人間のような知能を身につけるのは難しい。

 人と過ごす中で少しずつ成長して今のサクラコになったんだろう。


「でも、俺ってモンスターだからさ! それが周りの人間にバレちゃって、結構大ごとになったから出て行かざるを得なくなったんだ。今となっては俺を育ててくれた奴がどうなってるかわからん。こっからはちょっと遠い国だからさ」


「帰りたいと今でも思う?」


「昔は思ってたけど、何年も経っちまったしな。もう俺みたいな異物はいらないだろう。覚えてくれてるかもわからねぇ。俺はずっと覚えてるけどさ」


「それが仲間になれない理由?」


「おいおい、そんな女々しい男だと思われちゃ困るぜ! 魔王の配下になるってことは、他の魔王とは対立するってことだ。会って一日で仲間になる方が信用ならんだろ」


「そ、そうかな?」


 俺は一日どころか一目惚れのように配下になったからなぁ……。

 冥約まで交わしてるし。

 そういえば、俺の身の上話をサクラコにはしてなかった。

 仲間に裏切られてからメイリが仲間に加わるまでの出来事を簡単にサクラコに伝える。


「……へぇ、エンデってなよなよしてるように見えて案外情熱的なんだな。少し見直したよ」


「後先を考えられるほど頭が良くないだけかも」


「熱くてバカな男はカッコいいのさ。俺もやっぱり身を固めるべきか。町に住んでたまに屋敷に来るというより、屋敷に住んでたまに町に出かけるぐらいの方がいいかねぇ。エンデの話を聞いてると、なんだかお前をほっとけなくなるよ」


「えっ、パステルじゃなくて?」


「パステルはお前が守るんだろう? それにメイリもいる。でも、お前を守ってくれる奴は誰もない。だから、俺はエンデがほっとけないのさ。危なっかしい性格してるよお前」


 そう……なのか?

 冒険者をやるには無能で危なっかしすぎるって言われたことは何度もあるけど、性格は真面目で数少ない評価ポイントだったんだけどなぁ……。


「よし決めた! 俺はエンデを守るためにここに住むわ!」


「本当にそんな理由で?」


「もちろん! でも、強いて言うならもう一つ理由がある! 最近ちょっと気に入らない冒険者が町で勢力を伸ばしてるんだよなぁ。冒険者ギルドで泣くしわめくしいい迷惑だ。俺はギルドの安い酒が好きだってのに」


「その町ってここから一番近くの『マカルフ』のこと?」


「そうそう、エンデもそこから来たんだったな。俺は町から町にふらふらしてるが、移動を決断する時は町に飽きたか、気に入らない奴がいる時だ。マカルフももうすぐ離れる予定だったけど、最近どこもきな臭いし、自分を必要としてくれるところに腰を落ち着けようと思ったのさ」


「へぇ、町から出ていきたくなるほど気に入らない冒険者かぁ。どんな酷いことをしてたの?」


「仲間を失ったことをみんなの前で泣きながら話すのさ! それだけなら俺だって場合によっちゃ同情の涙を流すが、そいつは妙に芝居がかったというか、演技臭いというか、嘘っぽいんだよ。なのに周りの群衆たちは完全にそいつを信じて同じように泣くんだ。気味が悪くてさ……」


 同業者を失った悲しみは、同業者だからこそわかるものもある。

 大泣きする大男たちを見たらそりゃ多少は嘘くさくも感じるだろうけど、みんなきっと本気で悲しんでいるんだ。

 感じ方は人それぞれだから、サクラコの意見は否定しないけど理解してあげてほしいな。


「しかも、あいつの声はキンキン金属音みたいに頭の中に響くんだよ。金切声って言うほど高い声じゃないのに、妙に頭の中に響いてくる。そんなんがお気に入りの酒場に居座ってちゃどっか行きたくもなる!」


「まあまあ、落ち着いて。ここは静かだからさ。うるさく感じたら酒だけ持って帰ってきたらいいよ」


「俺は酒場の喧騒の中で飲むのが好きだから、持って帰るのはまた違うんだよなぁ~。まっ、その冒険者も新しい仲間を見つけて再出発するらしいから、しばらくは大人しいだろうさ。また仲間を失って泣きだしたら直接文句を言ってやる!」


「冒険者って危険な仕事だし、連続して犠牲者が出てもおかしくない。きっと悲しくて泣いているんだろうし、そっとしておいてあげてよ」


「まあ、エンデがそう言うなら……」


「ちなみに何て名前の冒険者だった? 俺がいた頃はそんなに泣き出す人っていなかったから、新人かな?」


「いんや、魔境調査のエキスパートにしてエリート冒険者のアーノルドって奴らしいぜ。泣きわめく姿と内に秘めた膨大な魔力のアンバランス感も気に入らないポイントだ。ああいうなのは信用ならねぇ」


「アーノルド……」


 その名前を忘れることは一生ないだろう。

 俺を殺そうとした男の名前だ。


「サクラコ! その男は泣いてる時に俺の名前を叫んでたんじゃないか!?」


「あっ! そういえばエンデって名前を何回も聞いたような……。じゃあ、エンデを見捨てて殺そうとした仲間ってアーノルドなのか! なるほどねぇ、嘘くさいどころじゃなくて本当に嘘だったのか! 真逆の感情であの演技力とはずぶとい野郎だぜ!」


 奴は俺の死すらも美談に変えていた。

 見捨てたのではなく仕方なく助けられなかった。

 エンデは自分からみんなのために犠牲になった。

 「いつもは役立たずの俺ですが、最後くらいはみんなのために頑張らせてください!」とか言ったことにされているらしい。

 まったく……前金の入った袋までキッチリ回収しておいてよく言うよ。


 でも、ここまではどうでもいい。

 俺の中でのアーノルドの評価は、もうこの程度は下がらないほど低い底の底だ。

 それよりも奴が新しい仲間を加えてまた魔境を調査しようとしてることが問題だ。

 また俺と同じ犠牲者が出る……。

 もうハイドラはいない。助けられるのは俺しかいない。


 しかし、これはパステルには関係ない話だ。

 アーノルドが屋敷に忍び込んできたならまだしも、誰か知らない他人を殺してもパステルにとって脅威ではない。

 魔王がこの魔境に住んでいることは知られていない。

 俺の力も人間界に知れ渡ってはいない。


 だが、アーノルドみたいな名の知れた冒険者を殺すとなるとそうはいかない。

 なぜ死んだのか、誰に殺されたのか……冒険者ギルドは調べあげるだろう。

 それはパステルを危険に晒す行為かもしれない。


 だからといって罪のない冒険者を見殺しにするのか?

 俺はハイドラに助けてもらっただけでなく、たくさんの物を与えてもらったのに。

 俺はどうすれば……。


「一人で悩むなよエンデ」


 サクラコが俺の手を優しく握る。

 手から温もりが伝わってくる。


「相談しろって。俺とかパステルとかメイリとかに。きっとすぐに答えが出るさ」


 そうだ……パステルにこの話をしたら、きっと答えは一つだろう。

 戦う覚悟を決める時が来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る