Page.13 新たな犠牲者

「サクラコは正式に俺たちの仲間になることになったよ」


 眠れない夜が明けて朝が来た。

 パステルとメイリに昨日の夜にサクラコと話したことを伝える。

 彼の過去を話すことについてはちゃんと許可をもらっている。


「ふむ、かつて人間と暮らしていたのか。まあ、あの舌の回り方は擬態が得意なだけで身につくものではないだろうし、納得と言えば納得だがな」


 サクラコの人というか人以上に会話が得意なところにはパステルも目をつけていた。

 おかげで彼女はサクラコの過去を疑うことはなかった。


「メイリは……大丈夫かな? サクラコもきっとこの屋敷に住むことになると思うけど」


 一番因縁というか壁がありそうなのはメイリだからなぁ……。

 彼女が嫌というと、また庭で寝てもらうことになってしまう。

 しかし、メイリは意外にも素直にその事実を受け入れた。


「パステル様とエンデ様がお決めになったことに口を出すつもりはございません。あのスライム……サクラコは味方と思います。しかし、私自身はまだ彼を完全には信用しきれていません。自分なりに警戒は続けさせていただきます」


 メイリは『パステルの寝室にサクラコを入れないこと』、『パステルとサクラコを二人っきりにしないこと』を条件にサクラコが屋敷に入ることを許した。

 俺自身はサクラコのことを完全に信用している。

 昔のことを話す彼の顔は複雑な感情が入り混じっていて、とても演技だとは思えない。


 しかし、俺は人に騙された結果ここにいるので、サクラコのことは信用できても、サクラコを信じる俺のことは信用できない。

 メイリには警戒を続けてもらおう。

 俺も中立的な目で彼を見る努力はしよう。


「それで当の本人はどこに行ったのだ? まさか部屋で寝ているわけでもあるまい」


「ああ、サクラコならマカルフの町に行ったよ。擬態魔法を使っていろいろ探って来てくれる」


 俺はアーノルドのことも二人に話した。

 放っておくわけにはいかない。

 自分の手で決着をつけたいという意見も添えて。


「ほう、エンデもなかなかの大悪党に目をつけられたものだな。魔界社会も楽しめそうな面の皮の厚さではないか」


「まったくだ。そんな人だとは見抜けなかったよ」


「ぜひとも倒してくれ。魔王らしい言い方をするならば、この魔境は我の庭だ。罪なき者の死体を捨てる場所にされては不愉快だからな」


「そのつもりさ。でも、アーノルドは俺とは違うAランクの冒険者だ。死ねば他の冒険者が原因を探りに来る。屋敷が見つかる可能性もある」


「仕方あるまい。イかれた冒険者に我が物顔で魔境を闊歩かっぽされる中、いつ見つかるかと怯えて暮らすくらいならば、こちらから仕掛けようではないか。覚悟を決める時だ」


 パステルは心から戦いを望んでいるわけではない。

 でも、いざとなれば戦いをためらう人でもない。

 彼女もまた力がすべてとされる魔界を生きてきた魔王なんだ。


「あっ、わかっていると思うが私は戦いに参加せんぞ。足手まといになってしまうことくらい理解しているからな」


「ふっ、魔王様の手を煩わせるまでもありませんよ。このエンデにすべてお任せを!」


「負けそうなセリフだな……」


「自分でもそう思った……」


 顔を見合わせて苦笑い。

 本当にそんな気がしてくるから下手なことは口に出すべきではない。


「エンデ様が出る必要もございません。このメイリがすべて解決して御覧に入れましょう」


「うむ、大丈夫な気がしてきた!」


「似たようなセリフでも言う人でこんなに印象が変わるとは……」


 メイリは本当に頼もしい。

 でも、アーノルドとの決着だけは俺がつける。

 あいつはきっとメイリでも勝てない。

 そのことを伝えようとした時、屋敷の玄関が乱暴に叩かれた。


「おーい! 俺だよサクラコだよ! 開けてくれー!」


 サクラコ?

 おかしいな……帰りは夕方になるって話だったのに。

 違和感を感じ警戒しつつも扉を開ける。

 そこには誰かを背負ったサクラコがいた。


「森で人を拾った! 毒を吸ってて呼吸も脈も弱々しいんだ!」


 サクラコが背負っている少女はぐったりと腕が垂れ、顔は真っ青だ。

 皮膚には変色も見られる。この症状は……。


「とにかくソファーに寝かせて! 俺が何とかする。みんなは不用意に彼女に触れないように。うつるかもしれない」


 彼女の吸った毒はおそらく俺と同じだ。

 本来ならば血などの体液からその毒の正体を探るけど、これならばすぐにあの魔法が使える!


秘薬竜涙メディティア!」


 俺の指先から滴り落ちる無色透明の液体を少女の口に含ませる。

 同時に体に残る外傷にも雫を落としていく。

 するとみるみると顔色は良くなり、傷口も塞がっていった。


 ハイドラが俺を癒してくれたように、俺にも人を癒す魔法が備わっている。

 毒は薄めれば薬になる。二つは表裏一体の力なんだ。


「ん……くぅ……」


 少女が目を覚ます。

 よく見ると彼女は武器を持ち、革の鎧を着こんでいる。

 服装から見て冒険者と考えるのが妥当だろう。

 しかし、一人で魔境に入ってくるとは考えにくいな……。


「あの……ここはどこですか?」


「どこと聞かれると返事に困るけど、とにかく安全なところさ。魔境で倒れている君を見つけて拾ってきたんだ」


「そうだ! 今日は朝からアーノルドさんのパーティと魔境探索に出かけて、その途中で私は……私は……」


「毒を吸って倒れているところを見捨てられた」


「ど、どうしてあなたが知ってるんですか!? いったいあなたたちは何なんですか!?」 


 正体を隠してこのまま話を聞くのは難しい。

 俺はすべてを彼女に明かした。

 最初は信じられないという表情で話を聞いていた彼女も、アーノルドの話になると思い当たる節がいくつもあったようで、少しずつ俺たちのことを信じるようになっていった。


「魔王とか竜とか魔界とか……理解できない部分もありますけど、エンデさんが私と同じ目にあわされたってことは信じようと思います」


 そう言って少女は自分の身に起こったことを話し始めた。

 まず彼女の名はサリー。駆け出し冒険者だ。

 俺と違って魔本は白紙ということはなく、風魔法の呪文をいくつか持っていた。


 その魔法を使って魔境の霧から自分を守りつつ進んでいたのは良いのだが、途中で何かに風の守りを破壊され毒を吸ってしまったらしい。

 アーノルドに助けを乞うも、彼らはその場から素早く立ち去ってしまった。

 その後意識を失っているところをサクラコが発見、現在に至る。


「私、風魔法には自信があったのでお役に立てると思ったんですけど……」


 サクラコ曰く、サリーの倒れていた近くにはまだ崩れずに濃さを維持していた毒霧の壁があったらしい。

 知らずにそれに突っ込んだ結果、魔法は破壊されてしまったようだ。


「君は何も悪くないよ。そもそも魔境に新人を連れてくるのがおかしいし、君が死ぬこともアーノルドにとっては予定の内だ。今はゆっくりこの屋敷で休んで、これからどうするかを考えよう」


「それは……出来ません。私は今すぐにでもマカルフに帰らないといけないんです……」


「でも、いま帰ったら君がどんな目にあうかわからないよ。本当のことを話しても、きっと信じてもらえない。それどころか口封じのために次こそは確実に殺されるかも」


「それでも帰らないといけないんです! もらった前金で、お母さんにお薬を買って帰る約束をしているんです!」


 サリーは病弱な母に薬を買うために危険な魔境探索のパーティに参加したようだ。

 俺と同じように前金を貰っていて、賢い彼女はそれを無くさないように秘密の隠し場所に隠してから出発した。

 その隠し場所は口では説明できないし、彼女にしか見つけられない。

 母は明日があるかも怪しい容体で、娘が無事帰ってくることだけを毎日願っている。

 これで「帰るな」とはとても言えないな。


「わかったよサリー。これから町に帰ろう、一緒にね」


「一緒にとはどういうことだエンデ!?」


 パステルが驚いてリビングの椅子から立ち上がる。

 俺がここを捨てて人間の世界に帰るように聞こえたんだろうけど、それは違う。

 パステルとの生活を守るために、俺は人間の世界にもう一度戻らないといけないんだ。

 決着をつけなければならない。


「真実を話してもサリーだけだとアーノルドが周りの群衆を丸め込む。偶然助かった代わりに錯乱してるとかなんとか理由をつけてね。あいつにはそれだけの話術と演技力がある」


「だから、エンデと二人で真実を暴こうというのか?」


「うん、二人ならばまだ可能性はあるはずだ」


 一人ならまだしも、二人同時に頭がおかしくなって同じ内容をしゃべるなんて考えにくい。

 俺とサリーには過去に接点もないし、結託して嘘をついてアーノルドを失脚させようとしてるとは思われないだろう。

 そもそも魔境で一度死んだふりをして生きて帰ってくる時点で、底辺と新人冒険者には難しい作戦過ぎる。

 生きて帰ってこれれば運が良いとされるのが魔境なんだ。

 アーノルドが立て続けに犠牲者を出しても疑われないのは、魔境探索をメインにしているからに他ならない。


「アーノルドの悪行を証明できれば死罪は確定だ。わざわざこちらの手を汚す必要はないし、俺の正体もバレずに済む。結果的にここにパステルたちが住んでいることもバレない」


 アーノルドが裁かれたのを見届けた後、俺は今回の出来事がショックで冒険者を辞め田舎に帰ると言い出す。

 誰も引き止めやしないだろう。

 誰だって流石に仲間に裏切られて殺されかけたら辞めるだろうし、俺はギルドにいても役に立つ存在ではない。

 その後どこに行くのかも興味を持たれず、のうのうと屋敷に帰ってこられる。


「どう? 悪くない作戦だと思わない?」


「上手くいけばな。ただ、本当にそれでアーノルドの罪を証明できるのか? 奴が殺したという証拠が出せんぞ。何を隠そうエンデもサリーも生きているのだからな」


「そ、それは……」


 問題はそこだ。

 アーノルドは今までにも人を殺めてきたとは思うけど、証拠はない。

 少なくとも俺の手元にはないんだ。

 俺自身も元気に生きているし、サリーも回復してる。

 本当に俺たちの証言しか証拠はないんだ。

 やはり無謀な作戦か……。


「俺は良いと思うぜ、エンデ。その危うい作戦もさ」


 サクラコは不敵に笑う。


「そもそもこの作戦を実行しなかった時には、アーノルドを町か魔境かで普通に殺すんだろ? なら確率は低くてもこっちの作戦を実行してからでもいいさ。だって、上手くいけば俺たちにとってこんな得なことはないんだからな。ダメならプランを切り替えればいい。やってみようぜ」


 まるでイタズラを思いついた悪ガキのような口ぶりだ。

 でも、そんな彼の言葉だからこそ、なんだかいけるような気がしてくる。


「それにさ、案外口の上手そうな奴でも予想外のことが起きるとポロっと真実をこぼしちまうもんさ。アーノルドは計画を練るタイプだからその傾向は強いと思うぜ。あと、ああいうエリート様を気に入らない奴は多い! エンデの味方にはなってくれなくてもアーノルドの敵はどんどん出てくると思うぜ。そうなりゃ今まで知らず知らずに犠牲になった奴らの知り合いも泣き寝入りをやめて出てくるかもしれねぇ」


 きっと薄々あいつが犯人だと気づいている奴はいるさ……とサクラコは言う。

 運頼りに他人頼りだけど、やってみる価値はある。

 何より俺自身が見たがっている。

 死んだと思っていた俺が目の前に現れた時のアーノルドの驚く顔を。

 悲劇のヒーローとしての自分を崩すまいと言い訳する姿を。


「そうと決まればこっちもツッコミどころは消しとかないとな! なんで毒を吸っても生きてるのかとか、エンデは何日も魔境をさ迷った割に元気そうだなとか、エンデはなんで魔法に目覚めたのかとか、真実とは違うけどそれっぽい嘘を用意しないと負けるぜ」


「わかった! 用意が出来たら早めに出発しよう。アーノルドもきっと今日の台本のチャックをしているところだと思うから」


 迫真の演技と巧妙な嘘に真実をぶつけてやろう。

 ここでアーノルドとの因縁を断ち切る!

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