第三章 首無の人形と首狩の鬼人
Page.43 光が導く冒険
「…………んぅ……」
夜明け前、ふと目が覚めたパステルは体をベッドから起こす。
最近は隣でメイリが寝ていない。
自分自身の呪文が目覚めてからは、一人前の大人だと強がって一人で寝ているのだ。
しかし、やはり広い部屋に一人は寂しいもので早くも後悔している。
「くぅ……乗り気ではないが、生理現象ゆえ仕方あるまい……。お手洗いに……」
トイレは二階にもある。寝室からさほど遠くない。
しかし、夜明け前の屋敷はどこか不気味で不安になる。
「メイリを呼ぶか……。いや、私だって独りでこれくらいできる……」
呼び鈴を鳴らせばいつでもメイリは飛んでくる。
ただ、トイレについてきてもらうために呼び出すのは、小さな子どものようで恥ずかしい。
「魔王が何を恐れるというのだ……。私は本来恐れられる存在……」
カッ…………カッ…………カッ…………。
「ひぃ……!」
物音に悲鳴を上げるパステル。
何かが歩くような音だ。
それはどんどん近づいてくる。
カッ……カッ……カッ……。
「あ……あ……」
カッカッカッ!
「…………!」
暗がりの中から……首のない体が現れた。
ひとりでに歩きまわるそれを見た瞬間、パステルは腰を抜かした。
そして、それが隣を通り過ぎた後……。
「ぎゃあああああああああああああああああッ!!!」
屋敷全体に響き渡る悲鳴。
エンデ、メイリ、サクラコの三人は三十秒と経たないうちにパステルのもとに集結した。
「どうしたのパステル!? 大丈夫!?」
「あ、ああ……く、くびが……」
「えっ!? いや、パステルの首はくっついてるよ! 切られたような傷跡もないし……」
「エンデ様、おそらく原因はこれかと」
メイリが首のない体……
「GKA-100……恐るべき古代兵器ですが、その制御を司る頭部が失われているため貴重な歴史的骨董品でしかないという話でした」
「でも、どう見たってこいつ動いてるぞ! 今も歩こうとしてる! どこに向かってるんだ?」
サクラコの言う通り、メイリに抱きかかえられた状態でも足は動いている。
まるで何かに呼び寄せられているようだ。
「気になる点は多いですが、まずは侵入者を疑いましょう。この機械人形は布にくるんで物置部屋に置いてありました。内側から拘束を解くのは容易ではないはずです。誰かの手によって解き放たれた可能性も無視できません」
「それもそうだな……。よし、俺は分身を飛ばして探るぜ! エンデはパステルを寝室に戻して護衛だ!」
サクラコは自分の分身に屋敷を探らせる。
メイリも機械人形を鎖で縛ってから探索に加わった。
「さあ、俺たちは部屋に戻ろう」
「待てエンデ。廊下の明かりを一度消してくれないか?」
「別にいいけど……」
理由はわからないけど、とりあえず明かりを消す。
すると、機械人形の胸から微かに光が放たれていることに気づいた。
「私がこいつとすれ違った時から光は放たれていた。夜明け前で暗かったからよくわかる。そして、この光は常に同じ方向へと伸びている」
確かに機械人形の体を回転させても光は一定の方向を指し示す。
一回転させたら今度は背中から光が放たれる。
「いったいこの光の先に何があるんだろう……」
その疑問の答えを想像するのは難しくない。
首のない体が何かを探しているならば、それは首だろう。
きっと、この機械人形には失ったパーツを自動で探す機能があるんだ。
首を取り戻すまでこの体は動き続ける。
首を見つけてあげたい気持ちもある。
でも、首のある方角がわかっても距離はわからない。
何万キロも旅するわけにはいかないし……。
「な、なあ、エンデ……」
「ん、なに?」
「そのぉ……お手洗いに……ついて来て欲しいのだが……。そもそも、そのために起きてきたのでな……」
「ああっ、ごめんごめん。もちろんついて行くよ」
「助かる……。だが、あまり耳を澄ませたりするでないぞ」
「し、しないよそんなこと! それより、あんなに驚いたのによく我慢できたね。俺ならダメかも……」
「ああ、私も意外に我慢できて驚いた……じゃない! そこまで子どもではないわ!」
「ご、ごめん……」
「許す! だから、ちゃんと扉の前で待っているのだぞ……。今度は首の方が飛んでくるかもしれん……」
「それなら探す手間が省けて楽なんだけどね……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「侵入者がいた形跡はありませんでした」
メイリの報告は予想通りだった。
機械人形がくるまれていた布は力任せに破られていたらしい。
それも内側から。
「フレイアの話では機械人形の頭は体の制御に欠かせない物らしいが、あいつは頭がなくてもある程度動けるようだ。そして、何かを探している。首のない体が探すものなど首しかないだろう」
やはりパステルも同じことを考えていたか。
トイレを済ませてからは普段の顔つきに戻っている。
「胸から放たれている光の線、歩いていた方向から考えて首は西にあると推測できます。西のどのあたりかまではわかりませんが」
「もし探しに行くなら、どこまで行くのか、どこの拠点を経由するのか考えないとな」
サクラコが体内から取り出した地図を広げる。
それはかなり大きくて、テーブルがいっぱいになってしまった。
「サクラコ、これは何の地図ですか?」
「え? 大陸地図だけど」
「こんな精巧な地図をどうしてあなたが……。本物ならば国家機密、国宝と呼ばれてもおかしくない代物です」
「そ、そんなに? 貰い物なんだが……」
「地図というのは侵略にも防衛にも有用です。素早く正確に地形を把握できれば、兵も動かしやすい。相手の動きも読めるようになる。どの国も正確な地図を欲しています。これを人前で見せびらかせば殺してでも奪い取られるでしょう。それだけの価値があります」
「ひぇ~、そんなものを俺に渡したのかよ……。まあ、いいや。それよりここから西と言えば……」
貴重な地図に印を書き込むわけにはいかないので、木彫りの駒と紐を使って位置を示す。
「ぶち当たる一番大きな町はザンバラだな。首を探すならここを目指して移動するのがベターだと思うぜ」
「ザンバラってどういう町なのかサクラコは知ってる?」
「ああ、有名な観光地だしな。砂漠の近くにあるんだが、地下には水が豊富で食べ物が上手い。気候は温暖というか熱いから年がら年中半裸の女を見ることが出来る。スタイルも良いし美人揃いなんだが、いろいろオープン過ぎて恥じらいが足りないんだよなぁ……」
「あはは……相変わらずサクラコの視点はそこなんだね」
「そりゃそうよ! 恥じらう乙女ほど美しいものはないんだよなぁ……」
「で、どういたしましょうパステル様。我々はこの機械人形の首の捜索を行うべきでしょうか」
「そうだな……」
パステルは腕を組んで考え込む。
「この機械人形は首が見つからん限り動き続けるだろうし、何をしでかすかわからん。かといって手放すのは惜しい。かつて世界を壊した古代兵器かもしれんのだ。我々の敵になる者に渡ることだけは避けたい。つまり、手元に置いておきたい。完全な状態でな」
「じゃあ、そういうことだね」
「うむ! 我々は古代兵器GKA-100の首を求めて西方へと発つ! 出発は明日の朝だ。みな万全の準備を頼むぞ」
「了解! でも、もし見つからなかったらどうしようか? ザンバラのさらに西まで行く?」
「それが悩みどころだ。せめて距離がわかれば苦労せんのだがな……。最悪ザンバラを観光して帰ってくることになるかもしれん」
「ザンバラは良いところだぜ~。観光だけでも損はしないってな! パステルもセクシーな服着て踊ってみるとかどうだ?」
「ちょっとちょっと、そんな事したら捕まっちゃうでしょ」
「大丈夫大丈夫! 踊りは町の文化みたいなもんだから小さい子も構わず踊ってるぜ」
「文化なら問題ないか……。裸ってわけでもないんだろうし」
「まあ、実際いやらしい目的で子どもに手を出したら間違いなく捕まるから抑えろよエンデ」
「うん……じゃない! 俺は別に小さい子が好きなわけじゃないから!」
「あれれ~? そうかなぁ? 最近パステルと妙に距離が近い感じしてるけどなぁ~?」
「それはパステルだからであって……」
「二人ともバカなこと言ってないで早く準備せい!」
パステルに怒鳴られて俺とサクラコは準備に戻った。
今回はサバトの時よりも遠出だ。
何を準備すればいいのか。
どこまで行くのか。
そして、何が待ち受けているのか。
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