Page.22 禁断の出会い

 禁断の勇者メル。

 目の前の女性は自らをそう紹介した。

 勇者とはまさに人間の最強戦力で、数こそ少ないが魔王にも劣らぬ力の持ち主ばかりと聞いている。

 実は俺もよくは知らないが、少なくとも現在の彼女の行動は世間一般の勇者のイメージとはかけ離れているはずだ。


「お庭が広くていいですね~。でも、少し殺風景かも? 家庭菜園やガーデニングでも初めて見たらどうかしら?」


 メルは玄関から外に出て庭を散策している。

 しかも、庭の利用方法まで提案してくる。

 魔王の屋敷を尋ねてきた勇者がすることがこれなのか?


「……そんな怖い顔しないでくださいよ。私は何も魔王を倒すために来たわけではありません。ただ、お話をしに来ただけなんです」


「話次第では倒すってことですよね?」


「まあ、あまりに乱暴な方だとそうなることもあります。ですが、ギルドマスターのお話を聞く限り、かなり温厚な魔王様がここにはおられるようですが……」


 アウグストに話した情報は全部知っていると考えてよさそうだな。

 確かにパステルは温厚だし、誰かに害を加える力もない。

 ケンカ慣れした子どもたちよりも無力で無害だ。

 しかし、メルの話をまるっきり信じてパステルを連れてくるわけにもいかない。


「パステ……魔王様は温厚な方ですが、同時に臆病……いや慎重な方です。そう簡単に勇者の前に姿を現すことはありませんよ」


「あら~、困りました……。これまで会ってきた魔王様は勇者が来たと聞けば部下を押しのけてすっ飛んでくる方ばかりでしたのに。皆さんプライドがお高いようで」


「うちの……我らの魔王様は生き残るためならばプライドも捨てられるお方です。勇者とて速やかにおかえりいただければ見逃しますよ」


「まあ素敵! ますます会いたくなってしまいます!」


 困ったものだ。帰る気配はまったくない。

 彼女にとって魔王なんてもはや見慣れたもので、恐れる必要なんて何もないのか?

 それに俺も魔力の気配を消していない。

 つまり、竜の魔力を垂れ流している状態だ。

 それにもまったく反応を示さない。

 竜の力すら警戒するに値しないのか?


「エンデ、ちょっと相談」


 サクラコが俺の腕をぐいっと引っ張ってメルから距離をとる。


「あっ、相談事ですか? いいなぁ~、私そういうことできる友達がいないんですよね……」


 メルはしゅんとしているが、近づいては来なかった。

 だが、どれだけ離れても聞かれているような気がした。


「エンデ、あいつの話は俺も聞いたことがある」


「メルのことを?」


「ああ、勇者の話はだいたい耳に入れるようにしてる。だってモンスターからすれば人間界で一番ヤバい相手だからな。出会わないように情報を集めるのは当然さ」


「それでメルはどんな勇者なの?」


「えっとだな……顔が良くてダイナマイトボディ、何もかもデカいけど締まるとこは締まってる規格外にスゴイ女。ただ、大抵の男より背が高いせいで男性人気は微妙。女性人気もふわふわしたぶりっ子っぽい性格のせいで微妙。だが、俺は一目見た瞬間思ったぜ。俺好みの女だってな」


「きゃ~! 嬉しい~! 私、残念ながらこんな体なんで好みだなんてオーガさんくらいからしか言われたことないんです~!」


 やっぱり聞かれてた。

 メルは体をくねらせて喜んでいる。

 確かに彼女はいろいろスゴイ体してるけど、いま欲しいのはそんな情報じゃない。


「サクラコ、情報はそれだけ?」


「ごめんごめん、俺にとってはそっちも大事な情報だったからな。んで、こっからが本題! メルは勇者の中でも素行が良くてキッチリ任務をこなす方だ。主に魔王の調査、討伐をメインにしていて、戦闘能力は勇者の中でも抜きんでてると言われてる」


「そうですよ~。残念ながら私強いですから!」


「ただ、一方で怪しいウワサもある。魔王の調査といいつつ、実際は魔王と接触して何らかの取引を持ち掛けているのではないか……って。もちろんメルの調査に同行した人間は一人もいないから、どこからか自然発生した根も葉もないウワサかもしれない」


「それは本当なんですよ。私はお友達になりたくていろんな魔王様に会いに行ってるんです! ウワサの出所は誰かの冗談かもしれませんし、もしかしたら今まで会ってきた魔王様の配下の方が人間に言いふらしらのかも! 意外とつながっているかもしれませんからね~、人間と魔族も!」


「あなたの言うことはよくわかりませんが、とりあえず魔王側に寝返ろうとしている勇者ってことでいいんですか?」


「違う!!!」


 突然の叫びに俺は腰を抜かすことはなかったものの、立ちすくんでしまった。

 サクラコもあわや人型が崩れかけていた。

 それほどまでにメルの叫びは悲痛で、彼女の笑顔も失われていた。


「あ……ごめんなさい……。私は……どちら側でもないんです。人間にも悪い人はいますし、魔王にも良い人がいると思います。勇者は人間ですけど、人間とは違うんです。肉体が強靭で優れている。人間とは違う種族のように……。勇者はどちらかというと魔王に近いんです」


「それも少し違うな」


 中庭に現れたパステルが会話に割って入る。


「パステル! どうして来たの!? まだ彼女が味方かどうかは……」


「悲痛な声が聞こえたからな。それに私に会うまでは帰らんだろう。水晶を使って会話は聞かせてもらったぞ」


 そうか、ガーゴイルは敷地内のいろんなところに設置されている。

 文字通りここは俺たちの庭だ。

 会話が筒抜けなのは勇者側も同じだった。 


「初めましてだな、禁断の勇者メルよ。私の名前はパステル。魔王だ」


「あ、あなたが……?」


「そうだ。要するにおぬしは人間社会で怪物扱いされるから同じ怪物である魔王の友が欲しいということだろう? 甘い、実に甘いな。魔王だからといって強者ばかりと思ったら大間違いだ! 私など弱すぎて魔界で友がおらんかったのだぞ!」


 胸を張って自慢できることではないが、この場合は効果的な発言だ。

 パステルにとってメルは怪物だ。

 メルどころか普通の冒険者すら近寄らせたくない。

 今だって颯爽と庭に現れたように見えて実はメルから相当離れた位置にいる。


「わかったのならば立ち去るがいい!」

 

「か、かわいいーーーーーーっ!! こんなにか弱い魔王様がいるなんて! 抱きしめても良いですか!?」


「いいわけないでしょ!」


 パステルに近づこうとするメルを押しとどめる。

 ただ歩くだけですごいパワーと迫力だ……。

 確かに彼女が町中を歩けば目立つし、人間と関わるのが億劫になる気持ちもわかる。

 でも、一番の問題は性格なんじゃ……。


「これ以上好き勝手するなら追い出します!」


 はたして追い出す力が俺たちにあるのかは知らないけど!


「はっ!! ごめんなさい……。私って残念ながら精神が不安定でよく取り乱してしまうんです~」


「それでよく勇者になれましたね……」


「勇者っていうのは、なってしまうものですから。それよりもますますパステル様とお友達になりたくなりました! ぜひ私のお話を聞いてください! 決して悪い話ではありませんよ! 友達と言ってもただ仲良くするだけじゃなくて同盟を結ぶようなものです! 私に協力していただければ、毎月人間界のお金を提供します!」


「お金を!?」


 その言葉を聞いてチラッと他の仲間の顔色をうかがう。

 アイコンタクトを交わし、みんなその同盟に興味を示したことを確認する。

 よし、話を聞いてみよう。

 お金は大事だ。特に俺たちにとっては。


 それに本当に勇者と仲良くなれるのならば、こんなに美味しい話はない。

 人間界側の情報が手に入るし、他の勇者に俺たちが狙われるリスクも回避できるかも。

 メルだって今のところは悪い人には見えない。

 全部演技だったら怖いけど、最近演技が上手い男に騙されたばかりだから、なんとなくこれが演技ではないと感じ取れる。


 まあ、これが素というのもある意味恐ろしいんだけど……。

 彼女は悪い人ではないが、間違いなく変な人だ。

 悪い人なら狙いは魔王であるパステルだから、彼女を守ればいい。

 しかし、変な人だと行動が読めない。


 一難去ってまた一難、昨日の今日でまた新たな脅威が現れた。

 まさか、魔王の屋敷に勇者を招き入れることになるとは……。

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