Page.14 敵との対峙

「ぐ……うううっ……! お、俺はっ……また大事な仲間を失ってしまった……。最低のリーダーだ……!」


 冒険者ギルドの前の道路で、迷惑にも一人の冒険者がむせび泣いていた。

 彼の名はアーノルド。魔境探索を主に活動をしているA級冒険者だ。

 冒険者のランクはFからA、その上の特殊ランクSを加えた七段階存在する。

 つまり彼は冒険者の中でも上から二番目に位置するエリートなのだ。


 しかし、その実態は非合法かつ非人間的な方法で実績を上げている犯罪者でもある。

 今日もまたあらかじめ殺すつもりで魔境に連れて行った新人冒険者サリーを、まるで運悪く失ってしまったかのように見せる演技を披露していた。


 彼とて毎日殺しは行っていない。

 ただ、今回は一週間ほど前にも仲間を失っているので、怪しまれぬように演技にも力が入っていた。

 それを囲んで見守ったり慰めたりしているのは彼の仲間、つまり共犯者だ。

 許してあげてくれという雰囲気を醸し出すのが彼らの役目である。


「サリーは……まだ駆け出しでッ!! とても魔境に連れていける子ではなかった! しかぁし! 彼女には母の薬を買うという大いなる役目があった!! それに心を打たれた俺は彼女に薬を買ってあげようとした!」


 そんな事実はまったくない。

 アーノルドたちはサリーに前金を渡した後、薬を買う暇も与えずに魔境に連れ出していた。

 しかし、サリーはほんのわずかな隙をついて前金を隠していたため、エンデの時のように回収はされなかった。

 人を殺した後はそいつの持っていた金で豪遊するのが趣味のアーノルドが、その事実に気づきイラ立ちを覚えたのは言うまでもない。


「だが、サリーは俺にこう言ったんだ……! 『自分で稼いだお金で買ったお薬じゃないと、母は受け取ってくれません』と! 薬は高額だった……! 俺は彼女にそれだけの金を自分で稼がせてあげるために……魔境に連れ出してしまったんだ……!! 俺のぉ……判断ミスだぁ……」


 サリーはそんなことを言わない。

 彼女は貰えるものは何でも貰うし、投げてよこされた金も拾う。

 薬を買ってやると言われば、遠慮もなしにお願いしますと言える女性なのだ。


 だが、新米の冒険者であるサリーの性格を知っている人などここにはいない。

 今朝すれ違っていたとしても、一言二言会話をしたとしても、どうでもいい人間のことなど気にもしない。

 アーノルドを囲う仲間以外の群衆にとって、サリーはどこか遠くのかわいそうな女の子でしかなかった。

 だというのに、彼女のために涙を流すアーノルドは悲劇のヒーローに見え始めていた。

 同情を誘うような空気の中で、一緒に涙を流す者もいた。


 そんな中で二人だけが地面にうずくまるアーノルドを冷めた目で見つめていた。

 フードで顔を隠して群衆に紛れる二人の正体をアーノルドはまだ知らない。


「良い奴ばかりが死んでいく……。思えばエンデもそうだった。あいつは魔法が使えなかったけど、その代わりに優しい心を持っていた……。最期には俺たちをかばって……」


「その話って、本当なんですかね?」


「……あ?」


 フードを深くかぶった男がアーノルドの言葉を遮り疑問を投げかける。

 迫真の演技に水を差され、まだ顔には出ていないがアーノルドはイラつく。


「エンデって人はピンチに誰かをかばえるようなカッコいい人間じゃなかったように思うんですよ。優しい奴といえば、優しい奴なのかもしれませんが、勇気はない人だと」


「何が言いたい?」


「嘘っぽく聞こえるんですよ、あなたの話は。エンデは最期に『いつもは役立たずの俺ですが、最後くらいはみんなのために頑張らせてください!』とか言ったらしいですけど、死ぬ間際にこんな気の利いたことは言えません」


「俺は実際に聞いたし、見たんだ! エンデと一緒に冒険したことのないお前に何がわかる!?」


「わかるさ。だって……」


 男がフードを取る。

 あらわになった顔を見たアーノルドの目が飛び出そうなほど見開かれる。


「自分のことだから」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 そうそう、それそれ。

 俺はあんたのその顔が見たくてこの町に戻って来たんだ。

 飛び出そうな目とマヌケに開かれた口。

 普段は絶対に見ることが出来ないだろう。

 特に俺みたいな弱者には普通させることのできないエリート様の吠え面だ。


「お、お前は……エンデ! 生きていたのか!?」


「ええ、おかげさまで」


「そ、それは良かった……!!」


 俺に抱き着こうとするアーノルドを払いのける。

 何という切り替えの早さだ……。

 死んだと思っていた人間が目の前に現れたのに、奴はもう自己保身に最適なシナリオを考えて実行している!

 失った仲間が奇跡的に生きていて喜ぶヒーローのシナリオを……。


「どうしたんだエンデ? 俺はこんなに嬉しいのに……」


「とぼけないでください。僕はあなたの罠にはめられて殺されたんですよ」


 アーノルドの仲間たちの視線が泳ぎ始める。

 真相を知っている共犯者にとっては生きた心地がしないだろう。

 いま真実を知った群衆は半信半疑といった表情だ。

 しかし、俺が現れたことでギルドの建物の中から見たことのある顔の冒険者たちが次々群衆に加わっていく。

 きっとこの中に俺の味方がいるはずだ。


「殺されたって……エンデは実際生きているじゃないか! 奇跡的に助かったのは良いけど頭が……」


「証人はもう一人います」


 サリーもフードを取る。

 アーノルドの顔色が明らかに変わった。

 俺一人ならばどうにでもなるという余裕があったのだろう。

 どこまでも口の回る男だ。


「僕もサリーも無謀な探索をさせられて、あの魔境の毒を吸わされた。そして、あなたは救おうともせずに見捨てた。俺の場合は研究材料として死体を解剖されるところだった」


 『解剖』というショッキングな言葉に、野次馬の女性陣は悲鳴を上げる。

 聞いただけでも恐ろしいことだ。

 実際行われそうになったら、頭がおかしくなって当然だ。

 俺が今も俺でいられるのは、ハイドラが命を与えてくれたからなんだ。


「そ、それでも俺の主張は変わらないぜエンデ。お前は今も元気なんだ。あの魔境の毒を吸ったらただじゃ済まない。いや、吸ったのかもしれないけど、やっぱりそれは頭に影響のある毒で、妄想と現実の区別がつかなくなってるんだ」


「アーノルドさんはよく『毒は薄めれば薬になる』って話をしていましたね。僕と魔境に行く前にも」


「ん? ああ、そうだな」


「僕は確かに死に至る毒を吸った。だけど、あの魔境には変化が起こっていたんだ。あなたも知っている通り、あの魔境の毒霧は薄くなっている。その結果環境が変わり、薬の霧が出現しているんですよ」


「く、薬の霧だと!? 馬鹿な! 薄めると言ってもただ水で薄めれば薬が完成というわけじゃないんだぞ!」


「それがありえたんですよ。人知の及ばぬ超自然の大地『魔境』ならね。アーノルドさんだって魔境のすべてを知ってはいないでしょう」


 もちろん俺も知らない。

 でも、いいんだ。

 いつもの俺みたいに当たり障りのない、誰かに嫌われないようなどっちつかずの意見はいらない。

 相手にそれっぽい意見を押し付けるんだ!


「もう一つに人間にはなかなか知ることが出来ないものがあります。それは自分自身に眠る力です。僕もなかなか知ることが出来ませんでしたけど、死という大きな脅威にさらされた時、ついに目覚めたんです。自分の中に眠る力に」


 俺は芝居がかった動きと共に魔本を具現化した。

 かつての白紙の魔本ではなく、紫紺に染まった竜の魔本を。

 昔の俺の魔本を実際に見たことがある冒険者からは驚きの声が上がる。


「おおっ! ついにエンデも目覚めたか!」

「白紙でよく何年も冒険者を続けてきたもんだ。根性だけは誰にも負けてねぇ」

「頑張ってりゃ報われるんだなぁ……。俺も頑張らねーと」


 俺のことを下に見ていると思っていたかつての同業者たちにも、俺の変化は好感触だった。

 勝手に死を望まれているなんて思ってたけど、ひねくれすぎだったかもな……。

 みんな、なんだかんだ俺のことを見ていてくれたんだ。


「僕の力は毒の力! 生き残るために目覚めた力ですから、本来の僕の能力とは少し違った形になっているかもしれません。でも、あの魔境で生き残るには最適な力でした。食べ物も手に入れられましたし、モンスターも倒せました。帰り道だけはわからず何日もさ迷ってしまいましたけど、サリーを救えたのでそれもまた良しとします」


「はい! 私はエンデさんに倒れていたところを助けてもらったんです! 毒は薄めれば薬……エンデさんは癒しの力も持っているんです!」


 台本そのままのセリフだけど、まあ問題ない。

 群衆は俺の方に傾いている。

 多少突拍子のないことでも、群衆というのはスキャンダルが好きだ。

 エリート冒険者が実は仲間を殺していたとなれば、面白そうなのでそっちを信じたくなる。

 サクラコがそう言っていた。


「皆さんの中にアーノルドと関わってから死んだ友達や家族を持つ方はいませんか? もしかしたら、その人たちは僕たちと同じ目にあわされていたのかもしれません! 勇気を出して真実を暴きましょう!」


 群衆たちがざわめく。

 このざわめきの中に、真実を暴く力が……。


「おい、エンデ。お前なかなかやるなぁ。ここまで俺を追い詰める存在になるとは思わなかったわ。確かにお前のことを見誤ってたかもな」


 アーノルドは開き直ったようにそう言った。

 そして、ゆっくりと腕を振り上げて、素早く下におろす。

 何かを切るようなジェスチャーをしたかと思うと、俺の魔本を持つ右腕が肩からすっぱりと切り落とされ地面に転がった。

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