Page.40 勇気VS衝動
「ふむ……もう少し手強いと思っていましたがね。過大評価だったようです」
「く……っ!」
やはり勇者は強い……!
そのうえ、俺の毒魔法と氷魔法の相性は最悪だ。
毒の性質は水に近い。
凍らされると十分に力を発揮できない。
「毒の力は魅力的ですが、操るにしても危険すぎて近くには置いておけませんね。常に逆らわないように監視して命令を出し続けるのは骨が折れる。つまり……利用価値はないということです」
フリージのまとう冷気が一層冷たくなる。
「凍らせて踏み砕いて処理するとしましょう。流石のあなたも固体のまま粉々にされればタダでは済まないでしょう」
固体のままでは自力で人間の姿には戻れない。
今もすでに全身のほとんどが凍って動けない!
なんとか……なんとか氷を解かせ!
「ん……? な、なんですかあれは!?」
夜空に俺とフリージを明るく照らす太陽が現れた。
この魔法を俺は知っている。
しかし、雰囲気がまるで違う。
穏やかな陽光は俺の体を頭から溶かしていく。
「
頭だけでも反撃には十分!
むしろ、チャンスはフリージが太陽に驚いている今しかなかった。
「ぐおおおぉぉぉぉ……!?」
俺の頭から伸びたツノによって、フリージの脇腹は貫かれた。
これで毒が体内に入った。
後は時間を稼げば……。
「くっ! 私としたことが……。あのような規格外の魔法を使う個体の情報は持っていたというのに……驚いてしまうとは!」
フリージは傷口を凍らせて塞ぐ。
同時に体を冷やすことで血の流れが遅くなる。
毒が全身に回るまでの時間稼ぎか。
でも、そんな状態で今まで通り戦えるはずがない!
「おっと、動かない方がいいですよ。あなたが動けばこの足元に転がる哀れな人々が死ぬことになる」
「自分で連れてきた人たちが俺を脅す人質になるとでも?」
「ええ、なりますね。だって本当に覚悟があるのなら、敵は眠らせるのではなく殺すはずです。あなたは魔王の側になりきれていません。人を殺す覚悟が出来ていないのです!」
「確かにそうかも……ね」
「でしょう。そこで大人しくしていなさい。また凍らせて、今度こそ粉々に……」
「勘違いしないことです。俺が動かないのは、この人たちが殺されるのが嫌だからじゃない」
「では、なぜだというのです?」
「そもそも俺が動く必要がないからだ」
人々が一斉に立ち上がり、手に持った武器でフリージを刺し貫く。
「ガハッ……アァ……?」
「訳がわからない……なんてことはないでしょう。あなたの悪事を知り、こうも追い詰められた状況に放り込まれれば、人々は衝動的にあなたを殺そうとする。当然のことです」
「い……いつから……」
「戦ってる間に解毒効果のある針をばら撒いていたんですよ」
まるで何もかもお見通しのように語っているが、俺もこうなるとは思っていなかった。
ただ俺は危険な毒と冷気が振りまかれる戦場に、眠った人々が転がっていては危ないと思い解毒をしていた。
こっそりと逃げて欲しくて。
フリージは勇気のページによる操作にも魔力が必要と言っていた。
つまり、眠った人を操作するための魔力は無駄になる。
やつは優秀な男だから、魔力の無駄はすぐにカットしていると予想していた。
だとすれば、フリージに気づかれないように人々を起こせば操られる心配はない。
しかし、人々はすぐには起き上がらなかった。
恐怖で腰が抜けていた、フリージに気づかれずに逃げるタイミングがなかった……など理由は様々だろう。
その結果、人々はフリージの悪事を聞き同じタイミングで反旗を翻した。
傷を負い弱った勇者に自分たちの手でトドメをさせるこのタイミングで。
「下等種族が……。あなたたちは……勇者の駒になれることを光栄に思わなければ……ならない……!!」
フリージの体から強い冷気が吹き出す。
全身を刺し貫かれてなおこの溢れ出す魔力!
このまま死んでくれる気配はない……!
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」
人々の手が武器から伝わってきた超低温で凍りつき、離れなくなる。
このままでは全身凍って死んでしまう。
「人を信じる勇気のない臆病者! 無理やり人を繋ぎとめようとするのはもう終わりだ!」
打撃でトドメをさしてはいけない。
繋がっている人々の凍った腕が粉々になる。
フリージだけを消すんだ!
(応えてくれ……ハイドラ! あの時ほどでなくてもいい!)
俺は跳躍し、フリージの真上をとる。
上から下へ、周りを巻き込まず一直線に……。
「
放たれた紫紺の竜に以前ほどの力はない。
だが、それが今は助かる。
【
後には紫紺の跡と赤黒いシミが残るのみだった。
「勝てた……か」
純粋な戦闘能力では完敗だった。
一瞬の隙をついた攻撃、その隙を作ってくれたあの子、最後の最後で勇気を見せた人々……。
勝利にはいろんな要因が絡んでいる。
本当は人々の行動は勇気ではないのかもしれない。
ただ、追い詰められて一時の感情に任せて刃を振るっただけに過ぎないのかもしれない。
勇者を敵に回すリスクや、倒せなかった時のことを考えていたとは思えない。
でも、それでこそ人間なんだ。
社会的なルールやなんやらで縛っても、心の衝動は抑えられない。
あいつは勇気のページなしでも人は支配できるみたいなこと言ってたっけ?
そんなの無理に決まってる。
それどころか、勇気のページをもってしても人の心までは支配できやしない。
フリージがそのことを理解していなかったから勝てた。
しかし、勇気と信頼でページの力を使う勇者がいれば……それは俺たちにとって脅威になるだろう。
……と、感慨にふけっている時間はない。
戦いは続いている。
パステルのもとに急いで向かわなければ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦いは短時間で終結した。
同盟を破棄し反乱を起こしたアースランド家の当主ゾイル。
協力者である氷結の勇者フリージ。
その両名が早い段階で討たれたことが大きな要因だった。
不意を突かれたうえ、強い酒で戦力の大半が酔わされていたソーラウィンド、マリンハイドの両家も多大な損害を受けた。
しかし、現当主フレイアとシーラは生存。
結果だけを見れば、当主が生き残った二つの家の勝利と言えるだろう。
でも、勝利を喜ぶ者は誰もいない。
突然大切な仲間をたくさん失ってしまった。
それは裏切りを起こしたアースランド家も含まれる。
彼らだって大切な仲間だったはずなのに。
「こんな大事な時に戦えないなら……私に魔王を名乗る資格はない……。私にできる魔王らしいことなんて……戦うことしかなかったのに……。みんな……ごめん……」
シーラさんは意識を取り戻してから、ずっと荒れ果てた丘に頭を擦り付けて謝り続けている。
生き残った配下たちが止めてもやめようとはしなかった。
この戦いで得をした者は誰もいない。
俺も得はしていない。
ただ大切なものを失わずに済んだ。
「四人全員生き残れてなによりだ。みなよく戦ってくれたぞ」
パステル、メイリ、サクラコは無事だった。
元気そうなみんなの顔を見た時、本当に心から嬉しいと思えた。
「すまねぇなぁ二人とも。すぐに会場に駆けつけられなくて」
「敵も本会場とその周りに待機している戦力を合流させないように動いていたようで、容易にここへはたどり着けなかったのです」
「マカルフの冒険者とは比べ物にならない練度だと思ったが、まさかの勇者パーティだったとはなぁ……」
「パステル様、エンデ様、お役に立てず申し訳ありません……」
「メイリが頭を下げる必要はない。今回は相手が相手だし、完全に不意を突かれた。命あるだけ感謝せねばならん。エンデもよく勇者を仕留めてくれた。おぬしが奴を抑えていなければ会場にいた者は皆殺しだったぞ」
「運が良かっただけさ。それにみんなに助けられた。エンジェにもね」
「ああ、あいつはよく頑張った。流石は名家の娘、神童、魔神の生まれ変わり……とたくさん褒めてやった」
「でも、パステルだって頑張ったんでしょ?」
「ふふふ……さあ、どうだろうな?」
パステルは笑みを浮かべる。
泣いてる人はたくさんいるけど、同じように涙を流しても意味はない。
俺たちは生き残った。
今はそれを喜び、次に向かおう。
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