Page.29 しおりの能力
冒険というのは家に帰るまでが冒険と誰かが言っていた。
つまり、屋敷に帰ってくることが出来た俺たちは、この度の修羅のしおりを巡る冒険を無事終えることが出来たということだ。
それにしても、帰る家があるって素晴らしい。
昔は冒険者向けのボロボロの宿を長期間借りているだけで、自分の居場所という感じがしなかった。
でもここは俺の居場所だ。間違いなく。
「メル様は留守の間この屋敷を尋ねてはいないようですね」
メイリが門の柱に貼っておいた書置きをチェックする。
俺たちが修羅神の迷宮に出かけていることを知らせるもので、メルが来た時にはその印と、わかる範囲で次に訪ねてくる日付を書いておいてもらう予定だった。
しかし、書置きには何も記されてはいない。
こんなあからさまな物を勇者が見落とすとも思えないので、やはり来ていないのだろう。
「まっ、いいじゃねーか。来てないなら来るまでゆっくり待てば。しおりをゲットした今となっては長期間出かける用事もないしな。さあさあ、疲れたし屋敷に入ってひと眠りしようぜ」
「ふっ、サクラコよ。寝る前にやるべきことがあるだろう」
「へ?」
一番体力がなく疲れているはずのパステルが余裕の笑みを浮かべている。
彼女をそうさせる原因は一つしかない。
「しおりの効果を確かめるのだ!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
屋敷の中に荷物は置いて、身軽な状態で俺たちは中庭に集まった。
この屋敷の中庭は広いので、まあ派手な魔法でない限り練習は可能だ。
「外でなくていいのか? もしかしたら屋敷を吹っ飛ばしてしまうかもしれんぞ?」
「そんなことになるなら、俺はパステルの体の方が心配だよ」
魔法の威力が高ければ魔力の消費も激しい。
体にも大きな負担がかかる。
ゲーゴシンはパステルに合ったしおりを選んだと豪語していた。
しおりについて無知な俺はその言葉を信じるしかない。
メイリとサクラコもソワソワしている。
こんなに自信過剰で調子に乗っているパステルを見るのは初めてだもんなぁ。
いったい何が起こるやら……。
「いくぞ? やるぞ? しおりを魔本に挟むぞ?」
「うん、心の準備は出来てるよ。何かあったらすぐにこっちの魔法で回復する」
人を癒す能力を与えられたのは本当にありがたいことだと実感する瞬間だ。
心の準備は出来てるって言ったけど、正直ドキドキはしてるぞ……。
「本当にいくぞ? 今にもやるぞ? もうしおりを本に乗せたぞ。閉じたらいよいよだ!」
パステルは数分間も俺たちを焦らしに焦らし、ゆーっくりと魔本を閉じた。
しおりの効果は待っていましたと言わんばかりにすぐ現れた。
魔本が発光し、形を変えたかと思うとパステルの全身を覆った。
思わず手を出してしまいそうなところをグッとこらえ、ゲーゴシンのことを信じて見守る。
長い長い時間待った……ように感じただけで実際は五秒もかかっていない。
まさに『早着替え』だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員無言のままさらに数秒、一番に言葉を発したのは当事者であるパステルだった。
「な、なんだこれは……。このお子様が着るようなレインコートはなんなのだああああああああああ!!?」
それは屋敷を吹っ飛ばすようなスゴイ魔法ではなかった。
修羅のしおりに宿っていた力は、まさに『お子様が着るような』と形容するのがふさわしい……デフォルメされたカエルをモチーフにしたかわいらしいレインコートを作り出す魔法だった。
「あのふざけた神め! どこが『間違いなく最適なもの』なのだ! こんなのを貰って喜ぶのは年端もいかぬ女児くらいだぞ!! くそぉ……今すぐ引き返して迷宮に殴り込むぞ!」
「ま、待ってよパステル。正直、すごい似合ってるし最適なものであることは間違いないよ。まあ、欲しかったものではないのは確かだけど、もう少しコートのことを調べてからでも殴り込むのは遅くないんじゃないかな」
「エンデまでそんなこというのか……。これのどこが私に似合っているというのだ!?」
頭を覆うフード部分にはカエルのまん丸い目がぴょこっと飛び出している。
サイズは少し大きめで体をスッポリ覆っている。
雨に濡れる心配はないだろう。
よく見るとコートのほかに長靴と手袋までついているようだ。
どちらもカエルの手足を模していて、水かきまでついている。
まさかこれを着て泳げるのか?
また、両腕の手首部分にはカエルのマスコットのようなものがくっついている。
かわいさのためだけでなく、これにも役目がありそうだ。
総じて実用性も高く、デザインも優れていると言える。
何より怒られることを承知で言えば、本当にパステルに似合っている。
本来持っている少女としてのかわいらしさをこの服は高めてくれている。
怒って顔を赤くしていても、かわいいものは仕方がない。
かわいいに嘘はつけない。
メイリも微笑んでいるし、サクラコは腹を抱えて笑っている。
ほら、似合っているんだ。
「ごめん……本当に似合ってるし、かわいいよ。パステルのかわいさを誤魔化すことは出来ないし、俺もかわいすぎて嘘がつけない」
「なに……? そんなにかわいいのか!? 本当だろうな? この目を見てもそう言えるか!?」
ジトーっと俺をにらみつけてくるパステル。
そんなことされたらより嘘がつけなくなる……。
「どうあがいてもそのかわいさは絶対だ! それより、このレインコートにはいろいろ便利な効果が……」
パステルの両肩に手をかけた時、ネバネバとした粘液がベットリと俺の両手についた。
まるでこれは……本物のカエルの体を覆っている粘液のようだ。
やはりこのレインコートはただかわいいだけじゃないぞ……!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ではパステル様、いきますよ」
「うむ、こい!」
「
メイリが例のレインコートを着たパステルに火弾を放つ。
パステルはそれを背中で受ける。
すると、驚くことに火弾はレインコートの表面を雨粒のように滑り、軌道を変えてしまった。
もちろんパステルは無傷だ。
「このレインコートは……雨だけではなく魔法をはじくことも出来るのだ……!」
これがレインコートの一つ目の効果だ。
また、フード部分の中に隠れている透明な布を引っ張り出すと、視界を確保したまま顔全体を覆える。
そこにも粘液はついているのでより安全になる。
次にパステルは屋敷の壁に手を付けて、どんどんと上へとよじ登り始めた。
この屋敷の壁はつるつるというわけではないが、手や足を引っかけられるほどデコボコもしていない。
本来ならばよじ登ることなど不可能だ。
だが、カエルの手足を模した長靴と手袋に備わった粘着力を用いれば可能になる。
「粘着力は魔力で強弱をつけられる。くっつけたりはずしたりは慣れれば自由自在だ!」
これがレインコートの二つ目の効果だ。
屋敷の屋根の上にたどり着いたパステルは、最後に左右の手首にそれぞれ付いているカエルのマスコットの口から舌を伸ばす。
これはよく伸びて、頑丈で、長靴と手袋と同様に粘着力もあるムチのようなものだ。
カエルは獲物を舌で捕獲する。
つまり、このレインコートの唯一の武器だ。
パステルはその舌のムチを屋根の上にくっ付けて命綱にすると、ゆっくりと地上へと降りてきた。
「ムチの振り方を習っていないので、武器として使いこなすには訓練がいる。しかし、便利なものだ。ゲーゴシンにはよく調べもせずに暴言を吐いてしまって申し訳ないと思っている」
「まあ、あっちもわかってて渡した気がするけどね」
だってしおりを受け取る前のパステルは、それはそれはすごい力がもらえるぞ……って顔してたもんなぁ。
いや、このレインコートもすごいのはすごいのだ。
メイリの放つ上級魔法のような派手さはなくても、確かな実用性……機能美がある。
パステルの戦闘における立場は、チェスで言うとキングだ。
俺もチェスはよく知らないけど、キングを倒されたら戦いに負けることはわかる。
でも、キングって周りのマスに一歩ずつしか動けないらしい。
倒されたら負けなのに、逃げる力すらないんだ。
言い方は失礼だけど、今までのパステルもそうだった。
俺たちの中で一番大切な存在だけど、身体能力は低い。
全力で走って逃げる場合、パステルが真っ先に置いていかれるだろう。
でも、今日からは一番逃げるのが上手くなった。
壁も移動できるし、舌を伸ばせば高いところにも行ける。
パステル曰く、カエルの力をモチーフにしているのだから脚の力も強化されいるだろうとの事。
走りも速くなっているかもしれない。
レインコートは防御力と機動力の強化に特化している。
倒されたら負けな存在に前線向きの攻撃力を多少くっつけるくらいなら、いっそのこと逃げ回る能力を高めようという意思を感じる。
縦横無尽に盤面を逃げ回り、一撃で倒せない王……。
そんな王だったら、チェスというゲームは初めに考えた人と身内が三時間ぐらい楽しんで飽きるだけのゲームだっただろう。
絶対世界に広まらない。
ゲームのバランスをとるために『王』という最強に聞こえる役職をあえて弱くするんだから、賢い人はすごいもんだ。
まあ、王にはいろいろしがらみがあって動きにくいのは確かだけど。
そういう意味では、パステルは正しき王の姿をしているのかもしれない。
それにしてもゲーゴシン様には頭が上がらないな。
本当に最適な物を選んで、パステルが一度はブチぎれて交換しようとするとこまで読んでいたのだから。
やっぱり、誰かの言葉を信じることも必要なんだな。
「よーし! さらに
「
「このレインコートの名前だ。意味は私もわからんが、使いこなすうちに頭に浮かび上がってきたのだ」
「ふーむ、かわいい見た目の割に名前はなんだかゴツイような……」
「ガマはカエル、カッパはまあレインコートのことだぜ。ここらへんとは違う地域の言葉だな」
サクラコが意味を教えてくれた。
そういえば彼は修羅神の迷宮でも昔自分のいた国のことを思い出していたな。
ガマとカッパもその国の言葉なのだろうか。
「メイリ! さっきの魔法よりも威力を上げて撃ってみてくれないか? このレインコートがどの程度の魔法に耐えられるかを知っておきたい」
「それは大変よろしいことですが、今日はもうダメです」
「な、なぜだ? まだ私はこんなに元気で……」
「興奮でごまかしているだけです。お気持ちはわかりますが、今パステル様が使っているものは、それはそれは強力な修羅のしおりです。それも装備魔法型ともなると、着ている間ずっと魔力を消費し続けます。私の予想ではすでに限界だと思われます」
「しかし……せっかく初めて手に入れた力なのだ……。もう少しだけ……」
「今すぐ使用をやめないというのならば、このメイリが力ずくでコートを破壊します」
破壊……か。
装備魔法で作られた装備は破壊されても時間が経てば再生する。
つまり、外付けの呪文と言われるしおりから作られた装備もまた時間と共に再生する。
再生するまで再使用はできないので、強制的に体を休ませることができる。
合理的だけど、メイリがこうまで言うということはパステルは本当に限界なんだ。
むしろ限界まで待ってあげたのかもしれない。
「わかった。今日はここまでにする。私も少し調子に乗っていたな」
レインコートは光となってパステルの体に吸収された。
「それに流石の私もレインコート一つでメイリに勝てるとは思わん」
「ご理解いただきありがとうございます」
「だが、明日はやるぞ。
確かにそこに行くのならば、最低限自衛のための力を持っておきたいと思う気持ちはわかる。
ただ……。
「エンデ、不安に思うのはわかる。三つの名家に属する者はみな優秀だ。もし敵対する事態になれば私を逃がすのは難しいかもしれない。エンデたち自身はそいつらにも劣らないと思っているが、私というお荷物を抱えるとな」
「パステル……」
「だから私は自分で動けるお荷物になる。まずはそこからだ。それに……エンジェが私を客として誘ってくれたのだ。その言葉を信じてみたい。また迷惑かけるかもしれんがよろしく頼む」
「もちろん、そのつもりさ」
「ソーラウィンド家、アースランド家、マリンハイド家……それぞれの人間界における戦力を考えると、四人で力を合わせれば戦略的撤退は可能でしょう。私が一家くらい断絶させて御覧に入れましょう」
「いやいや、それは全面戦争だぞメイリ……。まっ、俺はあの赤髪縦ロールお嬢様が悪者とは思えねぇな。美人だし性格も今は悪そうだが根っから悪い奴の雰囲気ではない。きっと美味しい料理と酒を楽しむだけの宴会になるさ」
みんなの意見はまとまったというか、元から一緒だ。
メイリの発言がちょっと怖いけど、サクラコの言うことには同意できる。
あのエンジェって子が罠を仕組めるとは思えない。
それも三つの家を巻き込んでだ。
自分の家に来てと言われると罠っぽいと思うけど、招待状を見た感じ今回の宴の主催は他の家みたいだ。
何より今のパステルには自信をつけさせてあげたい。
誰かを信じるというのも、自分に自信がなければできない。
ゲーゴシンの言葉をなんだかんだ信じ、
おそらく人間界に来てから……もしかしたら、今まで生きてきた中で一番の笑顔だったかもしれない。
それだけ彼女は自分が何かできるようになることを喜んでいた。
もっとパステルには胸を張って生きてほしい。
『お荷物』なんて言葉は使わせたくないんだ。
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