Page.30 魔王たちの宴

 蒼月の丘……人里離れた奥地に存在する蒼い月が昇る丘だ。

 そして今宵、魔界三名家による魔王たちの宴サバトが行われる場所である。

 月は完全な満月、心を落ち着かせる穏やかな蒼白い光が丘を照らしていた。


 魔王の宴なんて言うのだから、血の滴るような紅い満月の夜にコウモリが飛び交う荘厳な城で開かれるものだと思っていた。

 入場の際、招待状を確認する係の人にその話をしてみたけど、魔族としてはそういうのを好む傾向は確かにあるらしい。


 ただ、長年の付き合いがある家同士とはいえ魔王が集まるのは確かだ。

 少しでも争いになる確率を下げるため、心を落ちつかせる蒼い光に満たされた丘が会場に選ばれた。

 また、会場が丘の上をぐるっと布で囲っただけの簡単なものなのも同じ理由だ。

 特定の魔王の所有する建物に集まると、どうしてもその所有者の魔王と配下たちが戦いにおいて有利になる。

 裏切りを画策しやすくなるので、宴の会場はその期間だけ、どの魔王の有するものでもない場所に作られる。

 そして、終わるとすべて撤収される。

 あまり凝ったものを作っても無駄なんだ。


 と、ここまで親切な係の人の話を聞くと、なんだか魔王同士の集まりという危険な響きにもかかわらず、小さくまとまった宴会でしかないのでは……と思った。

 しかし、それは間違いだった。

 会場の中に入ってみると、そこは屋根もない野ざらしの場所だというのに活気にあふれていた。


 地面に直置きのテーブルに酒のビンやグラスを散らかして騒ぐ者。

 しっかり椅子も使って静かに月を眺める者。


 空の下で作られた料理をそのまま外で食べる者。

 設置されたテントの中で作られた料理をそのままテントの中で食べる者。


 酒が回って腕相撲で戦いだす者。

 酔いつぶれて救護テントに運ばれていく者。


 とにかくみんな好き勝手やっているのだけれど、妙な一致感がある。

 このどんちゃん騒ぎがある意味まとまっているように見える。

 きっと形は違えど、全員が全員いまの瞬間を楽しんでいるからだろう。


「ふむ、これがサバトか。派手なパーティだな」


「少しイメージとは違うけど、こう……陰湿な感じじゃなくてちょっとホッとしてるよ」


「我々をはめる罠でもなさそうだしな。ただ、一つだけはめられたな」


「え?」


「ドレスやスーツなどほとんど誰も着ておらんではないか!」


「ああ、そういえば……」


 俺とパステルはパーティということで笑われないようにそれなりの服を着てきた。

 しかし、会場にはそれなりの服どころか上半身裸の大男とかがうろうろしている。

 確かに俺たちが浮いている感じはある!


「あっ、でもパステル。一部の人はバッチリ衣装をきめているよ」


「そういえば……目立たぬところにぽつぽつとおるな」


 宴の中心を離れた端っこの静かな場所では、ドレスを着た女性陣がグラス片手に談笑をしている。

 男も同じく衣装をバッチリ着こなしている人は、同じような格好の人と会話を楽しんでいるようだ。


「おそらくあやつらはこの中でも身分の高い者たちだな。騒いでいるのは分家や親戚など身分の低い者やその配下たちだろう」


「なるほど、高貴な人は高貴な人同士で積もる話もあるんだね」


「まあ、牽制に次ぐ牽制かもしれんがな」


「あ、あはは……まあ、俺たちは大人しく料理でも食べておこうよ」


 料理には身分が上も下もない。

 どれも美味しそうだ。

 ただ、こうなると会場に入れなかったメイリとサクラコに申し訳なくなる……。


 俺たちの招待状で会場に入れるのは、名前が記された招待客と同伴者の二人までだった。

 おそらく他の招待客も同じ扱いだろう。

 会場は思ったより広いけど、招待客全員が自慢の軍団を引き連れてきたら溢れること間違いなし。

 泣く泣く二人には会場を取り囲む森の中で待機してもらうことになった。

 何かあったらすぐ駆けつけてくれるだろう。


 ……これだけ料理はたくさんあるし、余るだろうから容器に入れて持って帰ろうか。

 良いお土産に……ならないな。


「エンデ、料理を楽しむのは少し後にしようぞ。私たちには会わねばならん相手がいる。この素晴らしい宴に招待してくれた者に礼を言わねばな」


「うん、そうだね。とはいえ……どこにいるんだろう?」


「三家の中の一つ、ソーラウィンド家の当主の妹だ。招待状を見せて案内してもらえばすぐに見つかるだろう」


 そうか、流石に彼女くらい身分の高い人がうろちょろしているとも思えない。

 きっとどこかのテントで優雅に会食を楽しんでいるだろう。

 発想も今までの生活も貧しい俺の偉い人のイメージはそんな感じだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「エンジェ様はこちらにおられます。今は特にお客様もなくお一人かと」


「うむ、ありがとう」


 思った通り招待状を見せるとすぐに案内してくれた。

 招待状を見せる前にエンジェの名前を出すと怪訝そうな顔をされたけど、招待状を見せればこの通り。

 まあ、それだけ名家のお嬢様を守るシステムは出来ているってことか。

 俺たちって質素が染みついたこの場にふさわしくない怪しい二人組だもんなぁ……。


「エンジェ、来たぞ。パステルだが……」


 エンジェの返事はない。

 テントからは明かりが漏れているし、誰かと話しているわけではないのはわかっている。


「入るぞ」


 二人でそっとテントに入ったその瞬間、パステルの頭めがけて何かが飛んできた。

 俺は反射的にそれをつかみ取り、放さないように握りしめる。

 そして、すぐに体の陰にパステルを隠す。


「何が飛んできたのだエンデ!?」


「これは……白手袋?」


 シミ一つない純白の手袋だ。

 肌触りが最高だけど、材質は何だろうか……じゃなくて、これはいったいどういう意味だ?

 何一つこれに殺傷能力はないぞ。


「それは決闘の申し込みを意味するのですわ!!」


「エンジェ! いるなら返事くらいしろ!」


「決闘の相手となれ合うつもりはありませんわ!」


「決闘……だと?」


「そう! 白手袋を投げつけ、それを拾えば決闘成立! 私とこの後に行われる余興の武闘大会で戦っていただきますわ! それも一対一で!」


「だ、そうだエンデ。どうするのだ?」


「え? あっ、俺が手袋とっちゃたんだ。ごめんなさい!」


 エンジェの言うことを信じるなら俺が戦わないといけない。

 もちろん、彼女がそんなことを望んでいるはずもなく……。


「あ、えーっと、その、いきなり投げつけたのが悪かったですわね……。あのぉ、わたくしといてはパステルと戦いたいので……よろしければ、パステルに手渡してくださいませんか?」


 懇願するような目で俺を見つめるエンジェ。

 パステルに対する態度とえらい違いだ。

 しかしながら、これをパステルに渡していいものなのか?

 俺としてはエンジェはすごい力を秘めた魔王って考えてるんだけど……。


「俺としてはエンジェさんを強い魔王だと思っているので、出来ればパステルと戦ってほしくないのです」


 スッと手袋を握った手を背中にまわす。

 制御できない爆発的魔力の前にパステルを差し出すのは怖い。

 雨蛙合羽ガマガッパはメイリの第三段階レベルサードの魔法は受けきれなかった。

 絶対防御の力では決してない。

 それに武闘大会となると、その戦場は狭く制限される。

 機動力も生かしきれないだろう。


「わ、わたくしを高く評価してくださるのはとっても嬉しいのですが……。そのぉ、わたくしは戦わなければならないのです。パステルと戦って、一歩前に踏み出したいのですわ……」


「それはどういうことで……」


 俺が疑問の言葉を言い切る前に、手から白い手袋が抜き取られた。

 他でもない、パステル自身の手によって。


「パ、パステル!?」


「良いではないか、殺し合いではなくあくまで宴の余興。力試しのようなものだ」


「でも、彼女の魔法は……」


「ああ、確かに強い。魔界では勝てたことはない。だが、私は新たな世界に来て、新たな仲間と出会い、新たな力を得た! エンジェ……お前を倒して一歩前に進みたいのは私も一緒だ!」


 パステルは白手袋をエンジェの足元に投げ返した。

 決闘の申し込みをパステルから行ったのだ。


「戦って勝つ、一対一でな」


「の、望むところですわ!」


 エンジェは白手袋を拾い上げた。

 決闘は成立だ。


「行くぞエンデ、これ以上なれ合う必要はない。あとは戦いで語るのみ」


 すたすたとテントを後にするパステルを追って、俺も外に出た。

 正直、しおりを手に入れてパステルの気が大きくなっている感じはする。

 でも、今回の決闘はそれが理由ではないと思う。


 お互い俺の知らない因縁があるのだろう。

 俺があの戦いを経て人間界と決別したように、パステルもまたこの戦いで魔界時代のしがらみと決別しようとしているんだ。

 魔王の配下として、ここは見守ってあげるべきだ。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「は~、今頃あの囲いの向こうでどんちゃん騒ぎしてる予定だったんだがなぁ~」


「仕方ありません。入れるのは二人までだったのですから」


「まあ、こっちはこっちでそれなりに楽しめそうなことだけが救いかねぇ……」


 宴の会場に入れなかったメイリとサクラコは、蒼月の丘を取り囲む森の中で息を潜めて出番を待つ……はずだった。


「まさか、他の招待客も余剰戦力をここで待機させてるとはなぁ」


 会場に入れるのは二人まで。

 しかし、それではいざという時の戦力としては心もとない。

 そこで客たちは会場には入れないが、会場の近くで戦力を待機させることにした。

 これは半ば三家公認で、その三家も戦力を置いているという状況だ。

 つまり、こちらはこちらで宴を楽しんでいるのだ。


「馴れ合いの極みって感じだが、俺は嫌いじゃないぜ」


 酒瓶を受け取り、ジョッキに注ぐサクラコ。


「メイリもどうだ?」


「仕事中ですので」


「お酒弱いのか?」


「強くとも少しでも酔えば戦闘にズレが生じるものです。それでパステル様を守れずに後悔したくはありませんから」


「パステルの名前出されると俺も心配になるじゃん」


 二人で布に囲まれた丘を見つめる。

 布には三家の家紋が描かれていて、ただの布にすら風格を与えているように思えた。


「おや、美しいお嬢さんたちは飲んでないのかい?」


 すでに顔の赤い中年魔族が二人の近くに寄ってきた。

 サクラコはにこやかに答える。


「ああ、俺の相方はお堅いんでね。我らが魔王様を守るために酒は飲まないんだ。そこが良いところだと俺は思うから、俺も……少ししか飲まないことにした! 正直ちょっと酒が強い気がするぜ。もっと弱いのも用意しとかないと」


「ガハハ! 今年の酒はあっちのメイン会場と同じく主催のアースランド家が用意したからな! そっちに言ってくれ!」


「へぇ、三家の一つが酒を用意するってことは、もはやここもメイン会場だな」


「ちげぇねぇ! それより本当に飲まないのか? 結構宴は長いから暇だぜ? むこうは武闘大会とかあるが、こっちはトランプ大会が限界だ」


「完全に遊んでるじゃねーか! 流石にそれはなんかあったとき責任を取らされるぞ!」


「なんかってなんだ? この宴は今まで何も起こったことはないさ! もちろん俺も昔は今度こそ何か起こるかもって身構えてたよ。でも二桁を超える回数こんな感じの待機を命じられると、楽しまなきゃ損な気分になってくる! そのうちわかるさ若いお二人にも」


「まあ、気持ちはわからんでもないが、うちの魔王様は特別なんでね。気は抜けないな」


「それが正しいのは間違いない! 最初はそれでいいさ。最後に……折りたたみの机と椅子があっちにあるから、座りながら見張ってた方が楽だぜ? 座るぐらいは魔王様も許してくれるだろうさ」


「ああ、ありがとうオッサン!」


「軽食くらいは食えよ! 長いから腹減るぞ! 腹が減っては……なんだっけ? どこで聞いた言葉だか……」


「戦は出来ぬ……さ」


「そうそう、それそれ! ガハハ!」


 オッサンは人ごみに消えていった。


「気のいい奴もいたもんだ。無下に扱うのも良くないし、机と椅子は使わせてもらおうぜ!」


「ええ、それは私も助かります」


 二人はちょこんと並んで座り、丘の上の会場を眺める。

 月の光はただ降り注ぎ、風に乗ってかすかに向こうから騒がしい声が届く。


「人間にとっては恐ろしい光景かも知れんが、俺たちにとっては平和なもんだな」


「私たちにとっても味方は四人だけの危険な状況ですが」


「……そう気張るなよメイリ。そりゃ全員が味方じゃないが、全員が敵でもない。それとも何か引っかかる点があるのか?」


「いえ……ただ、これだけ魔族がいて騒がれると私の魔力感知も正常に機能しません。それにパステル様は遠くにいます。エンデ様が近くにいるとはいえ、やはり側にいられないのは不安です」


「メイリの口から不安なんて言葉を聞くとなぁ。まっ、気持ちはわかるさ。でもパステルも強くなったし、信じてやろうぜ!」


「そう……ですね。ただ、この目だけは光らせておきます。最後に頼れるのはやはり目視です。後手後手に回ることだけは避けなければなりません」


「だな。ちゃんと会場に目を凝らしておかないと!」


 二人の見つめる先とその背後、二つの宴は続く。

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