もう警察も怖くない
「ちょっと待てマッスオ」
そちらを見るまでもなく、怒りの形相を浮かべたKOZYが睨みつけてくるのがわかる。
「
「お義父さんは、転んだ箸を笑うのと、国際問題を皮肉って笑うのと、どっちが知的な笑いだと思いますか」
良介は叱責に答えず、前もって準備していた質問で小次郎を自分の土俵に引っ張り上げた。アイロニカルに笑うことが知的だとは全く考えていないが、あくまでわかりやすくするための設問である。
そして小次郎が何かを言う前にべらべらと話しだした。
「そうです、後者です。そして皮肉な笑いの代表といえばブラックユーモアです。ならばより黒い方が人の目を引きます。ロックンロール・ミュージックをこよなく愛する老女が、大麻吸って笑いながら邪神を生き埋めにするくらいは最低限しないと」
まずユーモアに走る必要があるのかといったところまでは言及していない。徹底して正面衝突を避けつつ、土俵は死守するという矛盾をも含んでいる。
「繰り広げられるのは、ただのフィクション映像です。警察だって怖くありません」
「入婿よ、用意していたかのように調子に乗って一方的に話してるがな、キッスの気持ちはどうなるんじゃ」
小次郎は土俵に上がってすらいなかった。面食らったような表情で、良介は偽りのない正直な心を吐露した。
「……き、もち……?」
「きさま」
「あ、いえ、私はさして気にしてないですよ。本当のことですから」
ふふふと笑うキッスの目は氷のように冷たい。それはそれはもう、静かに怒る人というのはこういう人かと初めて知った良介である。伴侶のドラゴンは顔を赤くして怒りをこらえて、もしくは溜め込んでいる。
「魔法少女っぽいんですよ。デジタル映像ですよ」
「それだけで通ると思うか」
「子供が喜ぶに決まってます、多分」
「……」
「ましてやけっこうな技術を用いて歌とダンスとみなさんの生演奏が合わさるんですから、これはもう話題を独占します、多分」
みなさんの生演奏というところで力を込めた。
「……」
「下手すれば取材が来ます。間違いありません、多分」
もはや詐欺師顔負けのマシンガントークの引き金を引き続ける良介に、救いの神が現れる。
「そんなことより、私は神なんですよね。どういう神なんですか」
今や信者の8割が離脱し、没落の一途を勢いよく転げ落ちている新興宗教団体ゴールデンハッピー教の教祖がしゃしゃり出てきたのだ。こういう時に空気を読まない男は使える。
「ええと、ハッピーの役割はですね」
矛先が変わったのをこれ幸いと、良介は手元の紙へ目線を落とした。そしてホワイトボードに勢いよく殴り書きした。
バーチャルおくりびと
「いかにも謳って踊れるキャラクターっぽい名前でありながら、性質がわかりやすい。いい名前だと思います」
「確かにいい名前だと思います。来世に全てをかけたい私にとっては」
ハッピーが本気で言っているのか皮肉で言っているのか、表情からは判断がつかないが、良介は気にしないことにした。
「簡単に説明しますと、今にも死にそうな邪神ですね」
ハッピーの分の解説を打ち切り、キッスに視線を合わせる。
「主人公、ヒロインの名前は、まりです。彼女は正義の心をもって、邪神を退治する旅に出かけます」
「まあそれはいいとして、名字はないのかしら」
「
ホワイトボードに2つ目の名前が書き込まれた。
「くれぐれも、立ちくらみとか飲んだくれと同じイントネーションで発音はしないように注意してください」
さすがに笑顔が固まったキッスを尻目に、最大の難敵へ良介は立ち向かう。
「お義父さん、KOZYは雁木まりをサポートする、ミニキャラです。肩に乗るような感じの。最近の魔法少女系では重要なキャラクターとされています」
小次郎は無言で返した。その沈黙に便乗し、ホワイトボードに
という3つ目の名前が掲示される。その名と良介を見る小次郎の顔は、かつてないほど厳しいものであった。無言というのがかえって小次郎の怒りを伺わせる。もし眼力で人を殺せるものなら、良介は念入りに3cm角のサイコロ肉にされ、東京湾の魚のエサにされているに違いない。
さすがに冷や汗が吹き出たが、良介は前に進む。
「ドラゴンは……えー、ドラゴンは……」
「良介、ここまできて言いにくそうにするなよ。怒らねえからよ」
「毒竜の死骸、ネックツリーです。死骸が長年地面に突き刺さって、木のようになったキャラですね」
それはキャラクターじゃなく背景ではないのか、と誰も問わない。ハッピー以外の怒りが沈黙を呼んでいるのである。良介は重たい空気の中、泳ぐようにゆっくりとホワイトボードへペンを走らせる。
「えー、首吊り……じゃなかったネックツリーと」
バンドを初めた当初、ドラゴンのベースプレイが首吊り死体のようだったからです、とまではさすがに言う必要がない。
「皆さん激怒されてますけど、あくまでキャラクターですよ。あくまで。本人ではないんです。物語を面白くするにはこれが最適だったんです。例えば、普通の魔法少女を出すとしますよね。どこにいますか、少女が。他の方の役割は。じゃあ例えば、ロックバンドのサクセスストーリーにしますよね。それ、誰の興味も引かないでしょう。また例えば」
「わかった、もういい」
小次郎はうんざりといった表情で良介に「喋るな」と言った。
「この中で一番若いのは、入婿、貴様じゃ」
「まあ、40ですけど」
「当然、感性も若い。そうじゃな」
「多分……」
「なら正しいのじゃろう。バンドのメンバーをコケにしくさって、もしこれで会場が失笑に満ちてみろ」
スマートフォンを取り出した小次郎は、とあるホームページを開き、良介に見せつけた。
「わしのお抱え弁護士」
「べんごし」
「貴様は結婚前の菊池さんに戻ることになる」
「きくちさんに」
オウム返しが精一杯の良介だが、全ては自業自得である。
「し、しかし、このストーリーと配役がベストかと……」
「そうか? 入婿よ、本当にそう思うか?」
「あ、その」
「イエスかノーかだ」
マレーの虎はこんな迫力だったのだろうか。良介は心の底から怯え上がったが、迷っていても何も始まらない。
「も、もちろんイエスです! これ以上の盛り上がりを見せるものは、あ、あ、ありません!」
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