You Against You
「おいおい、何怒ってんだKOZY。バンドマンが30分遅れるのは常識だろ?」
真田“ドラゴン”隆(82)の元へ、大西“KOZY”小次郎(78)がゆっくりと歩み寄る。サングラスを取ったその顔からは明らかな怒りがにじみ出ていた。
「お義父さん、落ち着いてください」
「わしはお義父さんじゃない。KOZYじゃ。マッスオ、下がっておれ。話すだけじゃ」
大西良介(40)はKOZYの怒りをなだめようとしたが、入婿ならではの弱腰である。マッスオと呼ばれるのもむべなるかな。
めんどうなことになったと良介は思う。怒りで血圧が上がって倒れたりされら、色々とまずい。まだ小次郎が元気で、おそらく遺産の分配も決めていない状況の今、そしてバンドのろくな指導もできていない今、倒れられるのは非常にまずい。まだ自分のポイントはそこまで上がっていないはずだ。
打算的にもほどがあるが、善意のみで日曜日や夕食の時間を潰すほど良介はヒマではない。頭の中でチーン、とレジスターの音が鳴り響いた。
「お義父さ、いやKOZYもドラゴンも落ち着きましょう」
「下がれと言ったぞ」
「マッスオ、下がってください。大丈夫ですからKOZYに任せましょう」
ドラムの本条“ハッピー”幸雄(79)が自分でつけた通り名そのままに、のんきな声を上げた。
バカ野郎大丈夫なわけねえだろ、この場でハッピーなのは貴様のかつらの下で死にかけてる扁桃体だけだと良介は絶叫したくなったが、その前にKOZYがドラゴンに向き合った。
「のう、ドラゴン」
「なんだ」
「30分遅れ。スタジオ借りてたら丸損じゃのう」
「ここはお前の家だろが。カネ払えってことか?」
お前みたいな一般人からお義父さんがカネを取るわけないだろ、と良介は思うが、当然口には出せない。
庭に防音ガレージを建てたことからも分かるように、大西家はカネには全くといっていいほど不自由していない。それはひとえに小次郎の手腕によるものなのだが、昔から家の中ではとりたてて尊大な様子は見せない。かといって謙遜するかというとそんなこともない。金持ちの余裕から生じる等身大の自信とでもいうのだろうか。良介はその一点において小次郎を尊敬していた。
そんな小次郎が、同年代の相手に資産で勝ち誇ったりするわけがない。
「貴様みたいな貧乏人の汚い小銭なんぞいらんわ。わしがいくら持ってるか教えてやろうか、このクソたわけ」
全員が押し黙った。
ドラゴンは顔を真っ赤にして唇と三白眼をぶるぶると振るわせ、ハッピーは口をポッカーンと開けて固まっていた。
そんな二人の様子を良介は見つめている。間違いなく5年は寿命が縮んでいるだろう。特に82歳にもなって経済的な意味での往復ビンタを喰らった形となったドラゴンにおいては、3分後に救急車で運ばれてもおかしくはない。もしくは自分を守るため、この日の衝撃は脳内から消されるかもしれない。
「こ、この」
ドラゴンが唇を震わせながら言葉を絞り出す。
「こ、ここここの。おれよりも年下の分際で」
四捨五入すれば二人とも百歳ですが、と良介は口に出そうとした。この場を収めるには、自分が共通の敵になるのが一番手っ取り早いと思ったのだ。
だが小次郎の怒りは良介の判断の速度を上回っていた。
「長く生きてれば偉いのか」
小次郎の舌鋒は止まらない。鋭さを増してドラゴンに襲いかかる。
「お前の自慢はそれだけか。のうドラゴン。わしはカネを払えと言ってるんじゃない。ただ一言、遅れてすまんと言ってもらえればそれだけで良かったんじゃ」
30分待ってる間に鬼籍に入る可能性も高いですしね、と良介は頷いた。
肩で息をするドラゴン。静かに謝罪を要求するKOZY。二人の間に緊張の糸が張り詰めている。
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