Nightingale
「一言だけでいいんじゃ、謝ってくれんかの、ドラゴン」
KOZYはドラゴンの目を見て、ゆっくりと諭している。
「待ってる20分の間でも、少しでもお互いを知ることができたはず。それができたら、わしら三人の呼吸を合わせることができた。それができなかったから悔しいんじゃ」
「さっきみたいなことを言われて、すいませんと言うとでも? 世の中お前の思い通りにいくことばかりじゃねえぞ」
ドラゴン、怒りの反撃。正面切って貧乏人めと罵られたのだ。その怒りの度合いがいかほどのものか良介にはわからない。普通のことだがその経験がないためである。
「それもそうじゃな。すまん。わしが言い過ぎた」
KOZYは深々と頭を下げた。暫くの間、ドラゴンは三白眼でKOZYの後頭部を見下ろしていた。何秒続いただろうか。やがて苦々しげな表情とともに吐き出した。
「もういい。おれはやめる」
ベースを下ろし、ケースに入れ、無言でガレージを出ていった。
取り残されたKOZYはまだ顔を上げなかった。もしかして腰か頭をやったのかと心配し、良介はその顔を覗き込む。眉間には、深い後悔を表すしわが刻まれていた。
「ハッピーにマッスオ、申し訳ない。わしの責任だ」
その体勢のままKOZYは沈痛な声を上げた。決して見せかけでない、懺悔の念を二人は見守ることしかできない。
「えっと、お義父さん、とりあえず顔を上げてください。もう真田さんいませんから」
KOZYはしばらくしてから顔を上げかけた。だが上げかけたその体勢のまま止まっている。体が小刻みに震えていた。
「腰が」
「え」
「腰がいった」
慌てて良介がKOZYの体を支える。中途半端な体勢のまま固まっていたために、腹部や臀部回りの筋肉がひきつけを起こしたのだろう。先程までの真摯な懺悔を表す眉間のしわは、純粋に腰の痛みに耐えていただけという可能性が生じた。
ドラゴンを追わなくてはならないが、他人を追いかけるか義父を支えるか、どちらを選択するかと問われれば絶対に後者であった。介護はポイント稼ぎにうってつけである。降って湧いたボーナスステージを見逃すほど良介は愚鈍ではなかった。
「ハッピー、お願いがあります」
「ドラゴンを追うんですね」
お互いにやるべきことはわかっている。
「はい、すみませんがお願いします」
「行きたいのはやまやまなんですが、ちょっと先程の緊張感からか、めまいがして」
「えぇ……」
「たぶん、低血糖。おお神よ、私に力を……!」
「野戦病院かよ」
ナイチンゲールはいねえのかとこぼしながら、良介はKOZYを静かに椅子に座らせた。
「ブドウ糖は!? 持ってきてるんでしょうね!?」
「私のカバンのポケットに」
ブドウ糖を取り出し、ハッピーの口に放り込む。
「じゃあ僕は真田さんを追いかけるんで、お義父さんとハッピーは安静に。いいですね」
良介はガレージを出て、晴香に助けを求めた。状況を伝え、後を託す。
通りに出て周囲を見渡す。遠くのバス停の方角に、ベースを重たそうに背負ってよたよたと歩くドラゴンの姿が見えた。
「お〜い、ドラゴ〜ン!」
ここぞとばかりに大声であだ名を呼ぶ。ガレージという狭い空間ならば恥ずかしくないだろうが、日中に大声で呼ばれたらどうなるか。
「そこのドラゴ〜ン! サナダドラゴ〜ン!」
呼び声に気づいた真田は逃げようとした。やはり、恥ずかしかったのだ。さらなる追い打ちが老体に襲いかかる。
「ちょっと待ってドラゴン! ストライプシャツの真田ドラゴン隆さん! 話を聞いてください!」
周囲がざわついている。日曜日の朝から大の大人がドラゴンドラゴンサナダドラゴンと叫んでいるのだ。通りすがりの子供たちはドラゴンが召喚されるのかと期待に胸を膨らませ、母親たちはその手を引いて足早に過ぎ去ろうとする。
真田は顔を真っ赤にして良介の方へ歩み寄ってきた。
何もしていないうちに、勝手に子供たちの期待を裏切った真田隆(82)。
どうやら怒ると顔が赤くなるサナダドラゴン。
ベースを背負った結果、猫背からネックのみが飛び出てカブトムシのようなシルエットになっている老ドラゴンは、小声で良介に囁いた。
「何の用だ。おれはもうやめたから、その名で呼ぶな」
「真田さんがそう言うならそうします。けど、少し話をしませんか」
良介は真田からベースを預かり、近所の公園へ向かった。
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