ライブ「麻草笑女マリファ★ナノ力」後編
「慌てたな。けど逆に休憩ができた」
「逆にもへったくれもないだろう」
楽屋にて。
安堵する小次郎に、バンド内では最大の被害者であるドラゴンが口をとがらせている。今後町で誰かとすれ違ったら悪霊扱いされるかもしれない。
だが言うまでもなく、最大の被害者は地獄を覗いたようなリピート映像を観せられた挙げ句、まさしく青天の霹靂のようなR30:G80:B220のブルーの画面を叩きつけられた観客であった。
「ガッツです、ファイトです。気持ちを切り替えて後半でまた盛り返しましょう」
良介は薄っぺらい励ましの声をメンバーにかける。先程の事件は良介の責任ではないが、じゃあ誰のせいだと詰められれば小声ですみませんと答える以外にない。
自分でも気づいているが、今は謝る時ではない。なんとかしてモチベーションを高めなければならない時間だ。その為に作った10分だ。
ハッピーが口を開いた。
「マッスオ、失敗を悔やむなかれ。人生というのはひとがなまと」
「うるせえな」
一言で黙らせた良介は、本気の言葉を叫んだ。
「がんばってがんばったら、後はがんばるしかねえだろ! 非難は後で聞くから! 今は演奏に全てを注いでくれよ! あと2曲しかねえんだ!」
追い詰められたねずみが猫に噛み付くように、小次郎にも、ドラゴンにも、キッスにも臆せず発破をかける。やらかした側が非のない側を責めているようにも見えるが、後がないのはメンバーも同じである。本日2度目の円陣を組み、小次郎が掛け声をかけた。
「もう一度エンジンをかけて、最高潮に到達するぞ!」
「おーっ!」
「入婿が逆ギレしとるが、気にせんでいい!」
「おーっ!」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
全ての観客が席に着いたのを確認したのち、演奏が再び始まった。
4曲目の「最後に残った草の汁」はキッスとドラゴン、そして小次郎の声で歌われる、スローテンポの曲である。
あまりないことではあるが、もし不測の事態でライブが中断された時、リスタートする際は速いテンポの曲と相場が決まっている。観客の意識を集中させるためだ。しかしこのライブでは、映像と演奏が連動しているので曲順を組み直すことができない。
悪いことが重なったが、10分間の休憩をはさんだことで、観客側の集中はかえって増しているようだった。演奏する側が老齢であれば、観客の多くもお年寄り。結果的には丁度いいタイミングでの息抜きとなったのかもしれない。
♫もう少しください
私に謎の葉を おなかがすきました
ならん もっと欲しければ
邪神を根絶やしにしたあとじゃ
このネックツリーの枝を折ってごらん
おれがあんたの杖になり斧になるよ
そんなものより最後に残った草の汁
ガツンとよく効く草の汁をどうか私に
モニターでは、観客を地獄にぶちこんだ毒竜の死骸・ネックツリーと、器に残った最後の草の汁を犬のように舐めている
ふと演奏しているドラゴンに目をやると、集中しすぎているせいか、バンド結成初期のような自立型首吊り死体に成り果てていた。だが観客は誰も気にしていない。大型モニターで展開される
ラストの曲となる「わたしの、最高の食材」。再度BPMを90まで速め、ハッピーの息の根も止まりやがれと言わんばかりに演奏時間を6分近くまで伸ばされた曲である。今までのどの曲よりも難易度が高く、特にベースとドラムのリズム隊にかかる負担が大きい。
だが、日々の練習は、それに耐えうる体力を養っていた。リズムがよたれることもなく、曲は進んでいく。
モニターには邪神ことバーチャルおくりびと・
何の害意もなく、ただ「目障りだから」という理由で一方的に誅殺される役割に何らかの隠喩を感じる観客もいるかもしれない。
気のせいである。
雁木まりはネックツリーからもぎとった枝を、大リーグの強打者よろしくフルスイングで来世逝クに叩き込み続ける。満面の笑みを浮かべながら、立ち尽くすだけの来世逝クにクリティカルダメージを何度も何度も与え続けた。
悪気も良心の咎めもない、純粋な草欲しさから生まれる殺意を表現した、ダメゼッタイ的な啓蒙映像と信じる観客もいたかもしれない。
それも気のせいである。
派手目のアクションシーンを良介が欲しただけの結果であった。
なすすべなく地に伏した邪神・来世逝クが悲しげな声で歌いだす。どこかで聞いたようなメロディーにやがて雁木まり、ネックツリー、そして寿命尽クの声が重なり、※CSN&Yのような重厚なコーラスが完成した。
♫私のお腹の前で キメないでください
何も悪いことしてません 泣いてなんかいません
だって目障り 目障りじゃったので
バキバキにキマった老婆に刈らせた
倒した邪神 煮て良し焼いて良し
最高の食材が手に入りましたわ
それでいいか それでいいのか
この大きな空が 憂いているようです
映像は、邪神の躯の上に座り込み、一服した吸い殻を投げ捨てている雁木まりの笑顔で終わった。人間の手による行き過ぎた自然破壊を告発するような映像である、と深読みする観客もいただろう。
もちろん気のせいである。
まりの笑顔だけだと画面が寂しいし怖いので、ポイ捨てという動きの指示を出した良介の気まぐれであった。
計5曲が終わり、ステージがライトで照らされる。
観客席から、静かな拍手が起こった。やがて拍手は大きなうねりとなり、多くの暖かな声援を呼び起こす。
ある者は麻薬撲滅キャンペーンの一環と思い込み、ある者は明日から自然を大切にしようと心に刻み、またある者はいじめ根絶を誓い、またある者は腹を抱えて笑い転げていた。観る側が各自でテーマを考えてくれているのだから、これ以上の幸運はない。
感無量の表情でそれに応えるバンドのメンバーは、ステージの前面に立ち、手を取り合って頭を下げた。
鳴り止まない拍手と共に、立ち上がった老人たちがステージの前にゆっくりと集まってくる。まるでハイハイ商法の高級羽毛布団に群がる高齢被害者のようだ。
「これは、アンコールのご希望ということでよろしいか?」
小次郎が笑顔で観客に尋ねる。「ハイ!」と叫ぶ女性の声が聴こえた。良枝かもしれない。それに釣られたように、ハイ!ハイ!と老人たちが声を上げる。警察が見たらステージ上の人間は確実に連行される決定的場面だが、ものを売りつけようとしているわけではない。
「けど、もう曲がないんじゃよね」
そうこぼした小次郎に、ドラゴンがのけぞった。
「あるだろ」
「あったっけ」
「最初に、いやってほど練習したのがあったろ」
小次郎は笑顔でおでこを叩いた。
「この歳になると物覚えが激しくなりましてな」
観客にそう話しかけ、メンバーはそれぞれのポジションへと戻る。
ドラムのカウントで、ラストの一曲「GET BACK」が始まった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
※CSN&Yとは
デヴィッド・クロスビー、スティーブン・スティルス、グラハム・ナッシュとニール・ヤングからなるグループ。頭おかしいのかとしか褒めようがないスティルスの変則チューニングギターに、やはり頭おかしいのかとしか褒めようがないクロスビーとナッシュのコーラスが魅力のスーパートリオに、割と普通におかしいニール・ヤングが加わった、コロッケの天ぷらにカレーとシチューをかけたようなもの。とてもおいしい。
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