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初顔合わせの翌週。
「バンド名は『cresc. molto80』か、『15LIFE』の二択になったわけじゃが」
ガレージ内のホワイトボードの前で小次郎が説明を始める。
バンド名の候補はどちらも良介が考えた。というより考えさせられた。義父である小次郎の財力に屈したのである。具体的に言うと遺産の話をチラつかされた。そもそも両者の力関係は明白、入婿の良介に義父の依頼を断る気概はない。
小次郎の攻撃はそれだけにとどまらず「僕も昔バンドやってました」という理由だけで老人トリオの指南役に指名され、日曜日の休みを奪われた。後見人のようなマネージャーのような、保護者のような、または介護福祉士のような役割を負わされたのだ。
なお、バンド名を考えてくれと言われてから6日間、良介はその事をきれいに忘れていた。なんか名前がどうとか言われてたよな、と思い出したのは練習を数時間後に控えた、土曜日の夜だ。慌ててパソコンを開いてそれっぽい言葉を探し、なんとなく数字をくっつけたのである。
1つ目の候補「cresc. molto80」は、クレッシェンドよりも急激に強くを意味する音楽記号に80を足したものだ。
80の意味を問われた良介は
「80年代の活気がここから芽生えるように、との意味を込めました」
と嘘をついた。
当然のことながらメンバーのだいたいの年齢を表記しただけである。また、バンド演奏初心者止まり、楽譜はあまり読む気にならない良介にとって、クレッシェンドという音楽記号は小学校卒業以来縁のないものであった。縁がないからこそ「これでいいや」と割り切れたのである。
実際は80歳越すか越さないかの辺りで急激にうるさくなったからという半ばクレームのようなバンド名であった。
そしてもう一つの「15LIFE」には
「みなさん15歳のような若々しさですので、いつまでも元気でいられますように」
とこれまた嘘をついた。
当たり前だが年金支給日を示したものである。年金支給日にライフを回復し、元気いっぱいでパチンコ屋に突入していくような年寄りを思い出しただけのことだった。
バンドメンバーの3人で多数決を採った結果、満場一致で15LIFEに決まった。
「いいじゃないか、若々しくて。わしらにぴったりじゃ」
「ナウいな。というかエモいな」
「エロい? どこがエロいんじゃ、ドラゴン」
「KOZY、違います、エモいですよ。テレビでJKが言ってました」
「ほう、上皇陛下が」
ご満悦のKOZYが現金の入った袋を渡してきたが、良介はさすがに固辞した。
「で、練習曲は決めてあるんですか」
当然の質問を良介は投げかけた。
ベース担当の隆が三白眼を向けながら答える。
「まずは『天国への階段』かな」
「無理です」
良介は即答した。
1971に発表されたレッド・ツェッペリンの代表曲の一つ「天国への階段」は、演奏時間約8分。その8分間は緑茶による水分補給や、ベッドで横になって休憩することができないのである。80歳近い、もしくは越さんとする老人にその体力があるとは思えない。
「やってみなければわからないだろ」
ドラゴンが異を唱えた。すいません、と良介は詫び、説明した。
「無理は失礼だったかもしれません。無謀です。皆さんリハビ、いや、何十年ぶりかに楽器を持つんでしょう。それであんなのはできっこないです。8分間、重たい楽器を肩からぶら下げて立っていられますか。リコーダーもいないし、途中で諦めることうけあいです」
それに我が家で天国への階段を登られても困る。せめて病院で登ってほしい。
「じゃあ何がいいと良介さんは言われるのですかな」
電子ドラムのハッピーのみが唯一人敬語を崩さない。グラムロック好きらしく、死化粧ならぬ薄化粧を施している。
「『ゲット・バック』でいいでしょう。ビートルズの。簡単ですから」
ご存知「ゲット・バック」はジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作として知られている。コピーすることが容易であることからロックバンドの練習曲として、世界中で親しまれているのだ。
メンバーが押し黙った。なにやら難しい顔をしている。難しい顔のまま小次郎が口を開いた。
「あのな、良介君」
「はい」
「わしらを舐めとるのか?」
口々に不満を漏らしている。曰くサティスファクションのリフを考えたのはわし。曰く英語ができないからビーチボーイズに入れなかった。曰くデビッド・ボウイより私の方が活動が長い。
それぞれが都合よく記憶の改竄を始めだした。このままだとビートルズが解散した理由はわしの加入を認めなかったオノヨーコのせいとか言い出しかねない。
このまま老人たちの愚にもつかない自慢話を聴いていても日が暮れるだけだ。
「じゃあ演奏で証明してください、はい」
良介は手を叩いてメンバーをポジションへ追いやった。見ようによっては老人虐待だ。
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