Wouldn't It Be Nice
5月初め、大西
フェンダーの赤いストラトキャスターを下げた小次郎は、サングラスに星条旗柄のバンダナ、そして革ジャンにラッパジーンズという臨戦態勢だ。アンプもスタンバイ状態にしてある。
フェンダー・プレシジョンベースを杖代わりにしている真田
そして電子ドラムセットに腰掛けた本条
小次郎はサングラスをずり下げ、マイクに向かった。
「はじめまして」
隆も幸雄もサングラスをずらし、どうもどうもなどと言い合っている。暗くて見えづらいのならばサングラスをかけなくても良さそうなものだが、そこは形から入る老人達のこだわりである。
「今後は敬語は使いませんよ。バンドだし。ロックだし。わし、小次郎。KOZYと呼んでくれ。ジミヘンが生きてれば2歳上の78歳」
「じゃあおれは隆を音読みにしてドラゴン。ブライアン・ウィルソンの4つ上だから82歳」
「私のことは名前の一文字をとってハッピーとでも呼んでもらえれば幸いです。尊師デビッド・ボウイの6つ上の79歳です」
それぞれが信奉しているミュージシャンの年齢を引き合いにだしているが、これはその方が分かりやすいだろうという気遣いではない。自分の立ち位置を明確にするためと、その方がなんとなくカッコいいと思っているからである。いずれにせよ、それらの伝説的なミュージシャンよりもそれぞれが年上であるという事実から、医療技術の進歩が伺える。
ナウいあだ名が決まったところで、小次郎の娘婿、良介がガレージの扉を開いた。生きているかの確認がてら、水分の差し入れに来たのだ。小次郎がやはりマイクに向かって話しかける。
「おお良介君、いいところに。まずはメンバーのあだ名が決まったぞ」
それぞれの紹介を聞いた良介は固い笑いを浮かべながら
「とても素敵ですね」
と言った。自分も挨拶を返し、そのままの表情を全力で固持しつつ
「バンド名は決まったんですか?」
と質問したが、質問の最中にすでに後悔していた。決まっていたら決まっていたで称賛を求められるだろうし、決まっていなければ何かいい案はないかと詰められるに決まっているのだ。
「まだ決まっとらん。何かいいのあるかね、良介君」
案の定の展開だった。
「じゃあ死化粧している方もいらっしゃいますし『おくりびとーズ』はどうでしょう」
とは良介には言えない。
「要介護の度数を合計したものを、ドイツ語とかスペイン語などの外国語で表記したらどうですか」
とも言えない。もちろん
「『ファイナル・エクスペリエンス』、最後の経験とか」
などとも言えるわけがない。
だがこういう時に限って『てめえの家には鏡が無えのかボーイズ』『ロスト・メモリーズ』『家族泣かせバンド』『竹槍三勇士』『若者いびり隊』『火葬場直行Gチーム』『リアルゾンビーズ』『ミュージック・デイサービス』など次から次へと口に出せないアイデアが湧いてくる。
これはまずい、あれは論外と良介がもじもじしていると
「なんでも今、セカオワってのが流行ってるらしいな」
真田“ドラゴン”隆(82)がマイクスタンドを引き寄せながら言った。
「セカオワ。ほう、なんかの略なんですかね」
本条“ハッピー”幸雄(79)が応じる。
やめてくれ、その方向で行くとおれの笑い袋が破裂するのでやめてくれ、と良介は切に願う。
「あれじゃ。確かセカンドライフのオワリとかそんなんじゃ」
大西“KOZY”小次郎(78)が言うと皆が笑った。
「セカンドライフのオワリか。私達そのままですな。ワハハ!」
「これほどうってつけの名前がもう使われていたか!」
「あとは死ぬだけじゃからの!」
ガハハ、とバンドのメンバーが笑いあう。ついに良介は耐えられなくなり、涙を流し膝を叩いて笑い続けた。
ひとしきり笑い終えて顔をあげると、覚めた顔をした三人の老人がいた。
「そんなに面白かったか、入婿よ」
「老人を笑い者にするとは……改宗が必要ですね」
「お里が知れるわ」
すみません、と良介は下を向いた。
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