All Along the WatchTower
「そんなにひどかったの? 演奏は」
老人3人で結成されたロックバンド「15LIFE」が初の音合わせをした夜。
パジャマに着替えた晴香と良介は寝室で静かに語り合っていた。ベッドではすでに息子の誠也が静かな寝息を立てているのだが、寝相が悪くて枕の上に足が乗っている。
「ああ……なんというか、あの惨状をうまいことあらわす言葉がみつからない。強いて言うなら……」
「聞きたくないなあ」
「百姓一揆が制圧される寸前に間違えて響いた法螺貝というか、高度成長期に咲いた徒花の断末魔というか……」
いくらなんでもそこまででもないでしょ、と晴香は笑う。
良介は何も言わず晴香にヘッドホンを差し出した。昼間の練習をスマートフォンで録音したものだ。
「ああ、録っててくれたんだ、ありがと。今までお父さんのギ」
感想は途中で止まった。
晴香は眉間にしわを寄せて虚空を睨んでいる。
そしてすぐに転げ回るような笑いに変わった。
「リ、リズムがない! アハハ、正しくないとかじゃなくて、ない!」
「おまけにお義父さんもドラムの本条さんも、8小節いかないうちに、なんか一拍休憩するんだよ」
「アハハハハ!」
「生きてるよなって注意して見てるとまた動くんだけど、お互いのリズムがめちゃくちゃで、どこにも合ってないんだ」
「アハハハハ! しかもベースがほぼずっと同じ音!」
「うん、真田さん、リズムは割としっかりしてたんだけど、全く指が動いてないんだ。多分『ミスしたらかっこ悪い』とか、本当にどうでもいいこと考えてるんだろうな」
「いや……もう……おなかいたい……」
晴香は涙を流しながら椅子の上で悶絶していたが、
「い、いま……小さい声でいきな、いきなりなんか『オイヤー!』とか」
遂にフローリングに滑り落ちた。
「テンション上がってシャウトしたんだけど、照れがあったんだろうな。すごく小さい声だった。間違えて火葬されたおじいさんたちの悲鳴にも聴こえたよ……」
「いや……もう……」
「おれはね、眼の前で3分近くこれをやられても、笑ってはいけないんだよ。みんな一生懸命やってるんだから。一生懸命にやっている人を笑ってはいけないんだ。お義父さんは興が乗ったのか、歯でギターを引き出してさ。すぐにうずくまったから心配したけど、差し歯が取れただけだった」
良介は自分に言い聞かせるように、苦虫を噛み潰したような顔で説明を続ける。
「初心者はね、だいたい思い込むんだよ。『この中でおれが一番うまい』って。下手な奴に限ってそう思うんだよ。おれもそうだったから間違いない」
「あー、はー。はー。しんどい。そういえば良介はバンドいつまでやってたんだっけ?」
「5年くらい前まで。中学からだから、長いことは長いね。長いだけだけど。音符なんかもう読めないだろうし」
晴香は笑いを止めて良介の手を握った。
「けど、大変なら指南役なんて止めてもいいのよ? 仕事に影響あったら困るでしょ?」
「いや、やるよ?」
意外そうに良介が答える。
「だって、誠也の初めてのライブ鑑賞が恐怖体験として残るのは嫌だからね。誠也が大人になって、自分の好きなミュージシャンのライブに行って、演奏始まった瞬間に最初のライブを思い出して泣き出したりしたら、それはお義父さんたちのせいじゃない。おれのせいだ」
「考えすぎよ」
「まあ、教えるのも嫌いじゃないし。懐かしさもある。何より、あのレベルの演奏の怖さは、誰かが注意してあげないと自分の悪いところに気づかないという点にある」
「良介のそういう優しいところ、本当にすごいと思う」
「優しさだけではないよ。これは言いたくなかったんだけど、お義父さんに遺産のことチラつかされたからね」
良介は微笑みを晴香に向けながらそっとベッドに腰を下ろした。
「あんなおかしい人じゃなかったけど、遺産がどうこうなんて弱気なことを言われたのは初めてなんだよ」
「確かにそうね。おくびにも出さないタイプよ、お父さんは」
「やっぱり『ロックは不良への第一歩』『エレキギターは不良』と断言してた昔のPTAは正しかったのかもしれないね。若者にはともかくとして、お年寄りには確実に悪い」
晴香も静かに良介の横に座る。
「週イチくらいの練習を生きがいにしてもらうつもりだよ」
「ごくろうさまです」
良介のほほにキスをした。
「上手くなるしかない、今の時期は楽しいはずだからさ、今度の練習も録っておくよ」
「楽しみだわ。笑っちゃいけないんだけど……」
良介はすぐに静かな寝息を立てた。休日に気を使ったことで疲れが押し寄せたのだろう。晴香は薄い布団を良介に優しくかけた。
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