映し出されたのは誰の心

 KOZYは広げた自分の手の平を頭上に掲げた。まるで手の平に地域住民の力や資産を集めているかのような気迫すら漂っている。78歳の老人がじゃんけんで勝利しただけのことだが、KOZYはとりあえず無邪気に喜んでいた。


「じゃあ写真撮りまーす別に急がないでいいと思うんですがー決まったんでそれをやっていきましょうね」


 良介は、いかにもめんどくさそうに早口で言った。


「わしが勝ったら写真だったっけ」

「お義父さんが発注したホームページ用に写真は必要でしょう」

「スマホでいいのか」

「十分です」

「マッスオ、貴様、めんどくさいのを隠す気がないだろ」


 そんなわけないじゃないですか、と言い終える前に良介は背を向けていた。全員の視線が自分の背中に向けられていることは分かる。それほど暑くはないが汗ばむのは仕方のないことだ。

 とはいえ自分にできることは、初歩的な演奏の指導だけ。それ以外でできることといえば老人たちに負担がかからないよう、力仕事や規則的な休憩の提案といった裏方仕事のみ。良介はガレージ内の整理をせっせと始めた。

 見てくれが悪くないようにアンプやドラムセットの向きを変え、向き直って説明を始める。


「えー、バストアップの写真は撮りません。いわゆる胸までを映すいえ、免許証みたいな写真ですね」

「おれ、こないだ免許返納したわ」


 ドラゴンが実にどうでもいいことを言った。


「そうか、わしも考えないとダメなのかな……」

「私なんか自分で運転したことないです」

「なんだそれ。ハッピー、お前仕事何してたんだ」

「あいつさっき遺影って言いかけなかったか」


 それを皮切りに、輪をかけてどうでもいい老人たちの話が始まった。良介は何も言わずにその場面をスマートフォンで撮影する。モノクロにすればミーティングの雰囲気は出るだろう。

 カシャッという撮影音に老人ホームズは振り向いたが、そこもまた撮影。


「おいマッスオ」

「大丈夫、大丈夫ですから」


 穴から顔を出したプレーリードッグのように、全員がきょとんと同じ方向を見ている写真は、どことなくユーモアを感じさせる一枚になった。ホームページのトップ画像にしたら、そこそこ笑いが取れるかもしれない。メンバー個人の写真はどう撮るか。苦痛を浮かべることの多い演奏中よりは、談話中の方がいい写真が撮れそうだが。


 良介がそんなことを考えていたら、ガレージの扉が開いた。妻の晴香が息子の誠也を伴って見学に来たのだ。孫の姿を見つけたKOZYはやにわに相合を崩した。サングラスを外して孫を呼ぶ。


「おっ誠也! おいで!」


 駆け寄ってきた孫を勢いよく抱き上げ、おじいちゃんの友達だよ、と老人ホームズのメンバーを紹介した。


「こっちの賢しげな目をしたボケ老人がドラゴン、悪を滅しそうなうさんくさい薄化粧がハッピーじゃ。こいつはな、まあ今はいいか」


 言葉が難しかったのか、誠也は黙って二人の顔を見比べている。ドラゴンは目を逸したが、ハッピーは大げさに両手を広げて喜びを表現した。


 良介はこの微笑ましい状況を止めさせようとした。恐れていたと言ってもいい。誠也がガレージに入ってくることは、良介にとって避けておきたい出来事だったのである。

 ハッピーの家族構成は分からない。だがドラゴンは結婚もできず、当然子供もいないと言っていた。成功者である小次郎に対しての気後れを感じることもある、とも。

 少なからずドラゴンの境遇を気にかけている良介にとって、小次郎の幸せの結晶のような子供を近づけることは、バンド継続のモチベーション低下につながるのではないかと危惧していたのだ。


 祖父の手から降りた誠也は、少し迷ってドラゴンへ歩み寄った。顔を見上げ、ニッコリと微笑みかけ、今では天涯孤独となったドラゴンの足へしがみつく。


「どらごん、おじーちゃんとなかよくしてね」

「お、おい」

「どらご〜ん」

「KOZY、どうにかしてくれ」


 ドラゴンは仕方なく、といった様子で慎重に誠也を抱き上げた。今まで見せたことのないような、照れくさそうな笑顔を浮かべている。


 それを見た瞬間、良介の脳裏に父の記憶がふっと浮かんだ。二十歳の頃に亡くなった父親とはろくに会話もしなかったが、遺品整理の際に見つけたアルバムの中の父は、砂浜で幼い良介を抱き上げ、やはりどこか照れくさそうにはにかんでいた。よく晴れた青空の下、水平線にヨットが浮かんでいたことを覚えている。あれはどこの砂浜だったのだろうか。

 会いたいわけでもないし面倒くさいが、そろそろ墓参りに行っておくか、と良介はまだ遠い先の夏休みの予定を考える。


 喜んでいるのか困っているのか今ひとつ分からない孤独なベーシストに、良介はピントを合わせた。

 だが、シャッターを押すことはできなかった。


 その様子を見ていた晴香が誠也に話しかける。


「お父さん嬉しそうで良かったわ。急に来ちゃったけど、良介に知らせといた方が良かった?」

「大丈夫」


 震える声で答えた良介は、目を赤くしながら笑っている。

 夫の横顔を見つめていた晴香は微笑み、その肩にそっと手を置いた。

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