わたしの、最高の食材
電話を一方的に切られても、ハッピーは全く気にしない。再度かけるのみである。
「そもそも神が見えなくなったのがいつからか、きちんとお話していませんでした。申し訳ございません」
「興味がないので」
再び電話は切られた。だがそれでもハッピーは全く気にせず、再び電話を耳に当てる。いじましい行動ではない。ましてや、めげずにがんばるといった必死さがあるわけでもない。自分の話すことは他人が聴いて当然であると信じているのだ。電話が切れるのは回線が不調なだけだと、疑いも持たない。
「それは信者が私の靴を拭いた布で」
「アンタのうざさに気づいた人がやめてってるんですよ」
「うざい。私が」
「うざい。アンタが。前に出過ぎ」
「それはそうと靴の磨き布で」
「ハッピーが表舞台から引っ込めば信者の減少に歯止めがかかりますよ」
やはり電話は切られた。恐らく電池切れだろう。ハッピーはそう信じている。安心して風呂場へ向かった。
確かに、言われてみれば前に出すぎたかもしれない。露出しすぎたことにより、不可侵性や厳かさといった要素が薄らいでいっていたのかもしれないと、ハッピーは珍しく他人の言うことに心を動かしていた。
小次郎に止められていることもあるので、現場で教団への勧誘をすることはやめておこう。動画サイトにアップしたものに「教団主催」とテロップを入れておき、最後に祈りの場面を合成すればいいのだ。一生懸命演奏する老人たちのロックは、私をメインに仕立て上げる最高の食材になる。
ハッピーの頭の中は、自分のことと教団の宣伝のみに占められているのだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
小次郎は妻の良枝に見守られながら、近所の公園を散歩していた。四点杖を使えばなんとか歩行できるまでに回復した小次郎であるが、やはり補助がいないと不安なのである。
11月半ばの冷たい風の中、枯れた落ち葉を踏まないように、老人はゆっくりと一歩一歩足を運ぶ。
やがて周回が終わり、妻の待つベンチへと腰を下ろした。
「だいぶ早く歩けるようになってきたわね」
「いや、まだまだ。杖なしで歩けるようになっとかんと、晴香たちに迷惑かけるかもしれんからな」
良枝は水筒に入ったお茶を小次郎に渡す。礼を言ってそれを飲んだあと、
「良枝、バカと狂人の違いって、知っとる?」
「何よ、急に。知らないけど」
「バカってのは、目的は正しいんじゃが、手段が間違えてる。狂人ってのは手段は正しいんじゃが、そもそもの目的が間違えている」
「誰のこと言ってるの」
小次郎は含み笑いをした。
「そこへ行くと、良介君はただのバカで良かった」
「言い方」
「子供や老人だけでなく、若い子たちが来ても笑えるようなものを作ろうとしてくれてるんじゃろ。盛り上げようとしてくれている目的は正しいけど、手段がおかしいわな」
「まあ、あまり賢いやりかたではないわね。せめてメンバーに相談があっても良かったんじゃないの?」
内容は良枝も聞かされていた。
「まあ、仕方ない。任せたのはわしじゃ。で、問題なのはハッピー」
「絶対やらかすわよ、あの人」
「うん。多分、ライブで勧誘をすることを諦めていない。演奏という手段を用いて、ライブハウスを蜘蛛の巣にするという、完全に基地の外にいるタイプ。多分教団主催とか入れて動画をこしらえるじゃろ」
「まあ、常軌を逸してるわね。私は見たくないわよ。大晦日にあの人のあのポーズは」
良枝は両手を広げて目を剥いた。
「なんか対策考えてるんですか?」
「うん、それなんじゃけど、全く考えてない。キーボードの練習で精一杯」
「ならこうしたらどう? バンドの宣伝にもなるし」
良枝はの案を聞いた小次郎は、スマートフォンを取り出す。
「一応、弁護士に聴いておこう。それでいいかもしれんな」
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