なんでもいいからバンド名変えましょうボーイ

「変えましょう」


 バンド名を変えませんかというハッピーの提案に一切の躊躇を見せず賛同した良介は、もう一度強い口調で同じ言葉を吐いた。


「変えましょう。ぜひ変えましょう」

「しかし」


 反対の意を示したのはKOZYだ。


「なぜ急に。15LIFEでなじんでき」

「変えましょう」


 なにしろ15LIFEというのは年金生活者を暗に示したバンド名なのだ。15歳の若々しさをどうこうとか嘘をついて提案したのは良介だが、その時はやる気があるのかないのかわからない老人たちを軽んじていたという背景もある。

 ドラゴンにはバレていたが、今はヘラヘラ笑ってそんな名前をつけた自分を恥じていた。その過去も消したいがため、可及的速やかにバンド名は変更したかったのだ。だがその提案をするタイミングがなかなか訪れなかったのである。

 良介がいきなり「バンド名変えましょう」などと提案したところで、問答無用で却下されることは目に見えていた。

 なぜハッピーがこの段階でそんなことを言い出したのかは分からないが、これこそ渡りに船、地獄に仏である。


「わし、ガレージに『15LIFE』って看板」

「変えましょう」

「ホームページの発注もし」

「変えましょう」

「なんでマッスオはそんなに」

「変えましょう」


 聞く耳を持たない冷徹なマシンと化した良介は、義父の話を次から次へとぶった切っていく。

 様子を見ていたドラゴンが口を開いた。


「おれも変えたほうがいいと思うな。若い感じの今風な名前付けといて実際に出てきたのが老人だと笑われるけど」

「変えましょう」

「老人風の名前だと笑いが取れる。モボバンドとかな」

「そうですね。モボが何かは分かりませんが、変えましょう」

「モダンボーイの略な。我々は、老人であることを武器にした方がいい。これはどうあがいても他のバンドには真似できない」

「変えましょう」


 では何にするかという問題になる。ドラゴンはガレージ内のホワイトボードに足を進め、恐らく前から考えていたのであろうバンド名を書き殴った。


「奏魔刀」

「Old Holmes」


 の2つである。


「ドラゴン、1つ目のこれはなんと読むのですか?」


 ハッピーが興味深そうに聞く。


「これは、草薙の剣のようにかっこよく、なおかつ神話的な偉大さを秘めたものだな」


 もったいぶりドラゴンは一息ついて、読み仮名をふった。





 そ う ま と う





「却下じゃ!」


 KOZYの一喝が轟いた。


「それに変えましょう」

「やかましい! 貴様さっきからそれしか言わんじゃないか! そうまとうって言ったら普通、死ぬ間際に見る走馬灯じゃろうが! わしらはお笑いトリオじゃないぞ!」

「KOZY落ち着いてください。まあ、仏教的で私もあまり好きではありませんね。2つ目のこれは?」


 ドラゴンに全員の視線が向けられる。


「Old、すなわち老……だな。Holmesはシャーロック・ホームズのホームズ」


 説明し、三白眼で周囲を見返した。

 良介は表情を変えずにいることで精一杯である。

 地獄に仏かと思いきやこのジジイ、火中に栗を放り投げやがったと叫びたくなるものの、実際に出た言葉はやはり


「それに変えましょう」


 だった。


「そうですね、なんかナウくてエモい感じもします」


 ハッピーも受諾する。


 今度は全員がKOZYに注目した。やはりガレージを建て、場所を提供しているだけに発言力は高いのだ。皆が知らなかったことだが、勝手にホームページの発注もかけているらしい。


「老ホームズか。いいんじゃないか、知的で。音楽と探偵に何の関係があるのかは分からないが」


 今ひとつ飲み込みづらいような顔をしながらも、KOZYはオールドホームズオールドホームズと何度か呟いている。やがて納得がいったようで、


「それでいいかな。なんというか、しっくりくる」


 と重々しく賛成の意を表明したのである。


 ですよね、そりゃあまあ、しっくりくるはずですよねと良介は心の中で同意を示した。

 ちょっとホームページの発注かけてくるから、との理由で本日の練習は終了。KOZYもハッピーも荷物をまとめだした。来週はいよいよゲット・バックの一発録りをすることになったのである。

 ただ一人、ドラゴンだけはベースを降ろさなかった。それどころかKOZYに「あと1時間だけガレージ使っていいか」と頭を下げている様子が見える。KOZYは笑顔で快諾し、ガレージにはドラゴンと良介の二人になった。

 しばらく鏡を見ながらベースを練習していたドラゴンだったが、1分もしないうちにやはりベースを弾きながら揺れる首吊り死体と化した。二人きりだとあまり気分の良いものではない。

 ドラゴンは30分ほどでアンプの電源を落とした。良介は演奏をねぎらいながらお茶を渡す。


「しかしドラゴン、あのバンド名は」

「笑えるだろ?」


 礼を言ってお茶を飲んだドラゴンはほくそ笑んでいる。


「どんなのが出てくるかと待ってたら、最年少が78歳のバンドだ。名前負けはしていない」

「まあそうなんですが」

「KOZYは良いやつだけど、スカしてるところがあるからな。たまには一般人の目線に立った方がいいのよ」


 今晩の夕食が楽しみだなあ、と良介は重い溜息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る